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不動産投資法人が受益権を取得したマンションを巡り、元施工会社にタイル剥離の責任を追及する裁判が起こった。裁判所は従来のタイル剥離・剥落訴訟とは異なる判断を採用し、元施工会社の責任範囲を限定した。(日経アーキテクチュア)

タイル張りのマンションから多数のタイルが剥離、元施工の建設会社が訴えられた。国内で数多く発生しているタイル剥離・剥落訴訟だが、ここ数年の建築訴訟で定番化していたものとは異なる判断方法を採った例が出た
タイル張りのマンションから多数のタイルが剥離、元施工の建設会社が訴えられた。国内で数多く発生しているタイル剥離・剥落訴訟だが、ここ数年の建築訴訟で定番化していたものとは異なる判断方法を採った例が出た
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 今回取り上げるのは、タイルが剥がれた建物を巡り、発注者や所有者ではなく、事故発生時点における受益権者などが当初の建設を手掛けた建設会社を訴えた事案だ。

 概要を見ていこう。問題の建物は東京都板橋区に完成した陸屋根の地上14階建て鉄筋コンクリート(RC)造で、延べ面積は約5250m2。用途は共同住宅・事務所だ。ほぼすべての外壁がタイル張りだった。2008年4月に竣工し、建設会社が当時の発注者(訴外)に引き渡した。

 発注者は引き渡し後間もなく民事再生手続きを開始。建物の所有権について、A銀行と信託契約を締結し、受益権化した。3年後の11年に受益権はB投資法人が23億2400万円で取得した。

 受益権売買から約5年後の16年、この建物で100枚以上のタイル剥離が発覚、建築紛争が巻き起こった。B投資法人は17年内に、A銀行は18年内に、それぞれ建設会社を相手取り、損害賠償を求めて東京地方裁判所へ提訴した。

 マンションはA銀行が受託者となり、B投資法人が受益権を持つものなので、この両者のいずれかに損害賠償請求権がある、とする訴えだ。

 請求額はそれぞれ約1億300万円。うち9000万円以上が補修工事の代金だ。原告2者は、タイル剥離の原因は当初工事の瑕疵(かし)にあり、建設会社は不法行為責任を負う、と主張した。

「基本的な安全性」が問われた

 建設会社は「原告2者の請求は長期修繕費用を押しかぶせようとするものだ」などと反論、全面的に争った。この裁判で東京地裁は22年3月23日、建設会社の注意義務違反を認定し、B投資法人へ約1800万円を損害賠償するよう命じる判決を下した。請求を大幅に減額したものだ。A銀行の損害賠償請求権に関わる債務はB投資法人がタイルの補修工事を完成させたことで弁済され、すでに消滅しているとして、A銀行の請求は棄却した〔図1〕。

〔図1〕歩道沿いのタイル浮きがきっかけで大規模補修に
〔図1〕歩道沿いのタイル浮きがきっかけで大規模補修に
事件の概要。当初の発注者が引き渡し前後で経営不振に陥り、建物の所有権はA銀行へ信託された。この経緯により、建設会社は工事報酬の8割を受け取れなかったと主張した。ただし、施工ミスに起因する不法行為責任はそうした金銭面とは関係なく追及される(資料:判決文を基に日経アーキテクチュアが作成)
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 建物のタイル剥落は深刻な問題であり、歩行者の死傷事故が起こったこともある。建築訴訟における不法行為責任の要件「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵」(最高裁判所07年7月6日判決)の典型例と言える。

 最高裁は11年7月21日判決で「これを放置するといずれは居住者等の生命、身体または財産に対する危険が現実化することになる場合」も、前出の「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当すると判示している。裁判ではこうした瑕疵について、設計・施工時の注意義務違反によるものなのかが争われる。