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スポットライトリサーチ
第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源(じゃん いえん)博士にお願いしました。
依光研究室では、主に遷移金属を触媒とする斬新な有機反応やヘテロ原子の特性を活かした新反応の開発を研究されています。本プレスリリースの研究内容は多置換アルケンの合成法についてです。本研究グループは、単純なアルキンを原料として、フローマイクロリアクターを用いてアルキンへの電子注入と置換基導入を制御することで、多置換アルケンの一つの異性体のみを狙いすまして合成することに成功しました。この研究成果は、「Nature Synthesis」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Yiyuan Jiang, Takashi Kurogi and Hideki Yorimitsu
Nat. Synth 3, 192–201 (2024).
研究室を主宰されている依光 英樹教授より、江博士についてコメントを頂戴いたしました!
有機合成反応を効率化・開発するためは、基質や反応剤などがどの
ように衝突し反応していくのかを直感的かつ論理的に頭の中でイメ ージする必要があります。短寿命不安定活性種を活用して新しい化 学反応を開発するためには、より一層正確なイメージが必要です。 有機合成化学者の最大の武器である「反応のイメージの描写」に、 江博士のハイレベルなセンスを感じていました。当然、そのセンス は数多くの実験と真摯な研究姿勢に裏打ちされています。 今後も大活躍間違いないです。 江博士は京都大学工学研究科の永木愛一郎先生と吉田潤一先生の薫
陶を受け、博士後期課程から私の研究室に来てくれました。私の研 究室にフロー合成を定着させてくれたキーパーソンであり、彼なく してこの研究は実現できなかったでしょう。今となっては、研究室 で数名がフロー合成を駆使して、電子注入を起点とする斬新な反応 を続々と開発中です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究ではアルキンのボリルリチオ/ナトリウム化を高い立体選択性で実現し、続く自在な求電子剤導入を可能にしました。
反応には一電子還元剤としてアルカリ金属アレーニドを用いており、「炭素―炭素三重結合への二回の電子注入」と「二種類の置換基の導入」で計4ステップの素反応からなります。細かく分解すると、(i)還元、(ii)求電子剤との反応、(iii)還元、(
このような不飽和結合の還元反応は古くからありますが、この4ステップの素反応を制御することは困難であり、求電子剤の選択に大きな制限がありました。本研究での一番の鍵はこの4ステップを(i)-(iii)で止めて中間体を高効率に発生できるという点です。これにはフローマイクロリアクターの高速混合により瞬時にアルキンと一電子還元剤を均一にすることで、アルキンを即座に還元できることが肝と考えています。
バッチ型反応器を用いて検討を行うと、目的生成物は思うように得られません。これは本反応が非常に速い反応であり、バッチ型反応器では溶液が均一になる前に反応が次々と進んでしまうためだと想定しています。
このようにして活用が困難だったボリルリチオ/ナトリウム化中間体を発生させることで、ステップ(iv)で自由自在に別の求電子剤を導入することが可能になりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
様々な求電子剤を導入できると分かった時やアルデヒドやケトンを導入して綺麗に環を巻けた時、左右非対称のアルキンを用いて高い選択性が発現したときなど本研究には多くの思い入れがあります。中でもテーマの着想には一番思い入れがあります。自分が修士課程までに学んだフローマイクロリアクターに関する考え方や知識、博士課程以降で学んだ強還元の化学など学んできたすべてが重なり合って着想できたテーマでしたので、最終的にうまく反応が進んだときは格別の思いでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
論文化の際のストーリーライン作成に一番苦労したように思います。これまで遷移金属を用いたアルキンのボリル化はかなり盛んに研究が行われている分野であり、こういった莫大な研究と対峙する必要があります。そのため論文の価値を説明するにはかなり詳細にステップを踏んでこれまでの研究ではできないということを説明する必要がありました。研究の推したい点はあれもこれもありすべて言いたくなるのですが、それでは焦点がずれてしまいます。実際はじめは、「フローマイクロリアクターを強調して、複雑な素反応からなる逐次反応を制御できる」や、「古典的な還元反応の素反応を途中で止めて、別の求電子剤を導入できる」など様々なことを推したかったのですが、最もインパクトのある点は何かを考えると、「アルキンのボリルリチオ/ナトリウム化中間体を立体制御して発生できる」という点でした。この点こそがこれまでの研究ではなしえなかったことであり、フローマイクロリアクターを用いてこそ実現可能な点で、これにより多種多様な求電子剤が導入できます。最終的にはうまくイントロを書くことができたように思います。実験に邁進するのは最も基本的で重要なことですが、自分のテーマを如何にアピール、知ってもらうかも重要です。こういった何かを伝える際のストーリーラインの作り方はアカデミアに限らず様々なところで役に立っていくのではと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は現在化学メーカーの研究開発職として新製品開発に携わっています。どうしても自由度という点でアカデミアとの差は感じますが、一方で事業部に所属しているので実際に自分が製品を開発して上市するまでのプロセスに携わるのも興味深いです。学生時代はとにかく世の中を驚かせられるような新反応を開発したいと考えて実験をしてきましたが、企業人になってもそのような「新しく革新的なものを作り出したい」という欲求は変わらないままです。自分のキャリアはまだ長く始まったばかりですが、この思いは変わることはなく化学と付き合っていくことになりそうです。あと、現在残念ながらフローマイクロ化学に携わることができてはいませんが、またどこかのタイミングでまた関わっていけたらと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
有機合成化学の醍醐味は、試薬さえあれば今日昨日思いついた実験をすぐに実行できる点にあるかと思います。もちろん自分のテーマでなくてもいいですし、むしろそういったテーマを思いついては少し試してうまくいったら先生と共有するとかそういったことが本当に楽しかったです。学生時代からそのような時間は大切にしていきたいと考えて堪能したつもりでしたが、企業人になり結局その自由度はとてもうらやましく感じます。ぜひとも学生のみなさんには精一杯目いっぱい好奇心の赴くままに化学を追求していってほしいと思います。将来どのような道に進もうときっとその過程で得た知識や経験が活きてくるのは間違いないと私自身もそう信じています。 最後に、私をフローマイクロ化学に誘ってくださった吉田潤一先生、フローマイクロ化学の基礎からどれだけ面白いかまで教えてくださいました永木愛一郎先生、私が博士課程で自由に研究できる環境を整えて常に励ましてくださった依光先生、私の手の届かない領域の様々なところで手伝っていただきました黒木先生、そのほか関わってきた多くの方々のおかげで今の自分があると思っております。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
また、このような貴重な機会を設けてくださったケムステスタッフの皆さまに、厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:江 迤源(じゃん いえん)
経歴:
2018年3月 京都大学工学部工業化学科卒業(吉田潤一先生)
2020年3月 京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻 修士 (永木愛一郎先生)
2023年3月 京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士(依光英樹先生)
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