2019年3月7日木曜日

中国“HIVに感染しない双子”で注目 夢の医療技術「ゲノム編集」でがんになるリスク

勉強の為に転載しました。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190218-00556685-shincho-sci

2/18(月) 7:00配信
デイリー新潮
 昨年11月、“エイズウイルス(HIV)に感染しない双子”が中国で誕生したニュースをご記憶だろうか。受精卵の遺伝子を改変した南方科技大学の賀建奎准教授に対し、世界中で批判の声が巻き起こった。

 当時、事実関係がはっきりしていなかったが、このほど中国当局の調査チームは、賀准教授が「ゲノム編集技術」を用いて双子の女児を誕生させたこと、そして別の女性1人が妊娠中であることを事実と認定。改めて波紋が広がっている。
 賀准教授に批判の声が噴出する理由の1つには、現在のゲノム編集技術がまだ成熟しておらず、精度に問題があるためだ。現在使用されている、主流のゲノム編集技術はクリスパー・キャス9(CRISPR-Cas9、以下クリスパー)と呼ばれるものだ。賀准教授もこの技術を使用して受精卵のゲノム編集を行ったとされる。

 クリスパーによってゲノム編集が可能になるということが発見されたのは、2012年のことだった。開発者は米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授と、スウェーデンのウメオ大学のエマニュエル・シャルパンティエ教授で、両者ともノーベル賞受賞が有望視されている。

 ゲノム編集技術自体は、クリスパー以前から存在した技術だが、従来のものに比べクリスパーは、精度と自由度が高く、簡便で、後述するように費用も安い。極めて画期的な技術だとされ、一気にこれを利用した病気の治療や農業分野での効率的な品種改良などが実現味を帯びるようになった。

 ところが、クリスパーには重大な欠陥があるとされている。それは、標的とするゲノム配列以外の部位に意図しない突然変異が導入される「オフターゲット効果」だ。オフターゲット効果の度合いが深刻であれば、細胞ががん化する危険性があるのだ。
中国ではすでに100人以上のゲノム編集ベイビーが生まれていた!?
 12年の技術開発以降、これまでクリスパーは、「夢の技術」「神の手」などと呼ばれもてはやされてきたが、本当に人間に対して使える技術なのだろうか。ここでは、ゲノム編集技術に詳しい東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授の濡木理(ぬれきおさむ)氏に解説してもらった。

「まず、今、問題になっている中国のゲノム編集についてです。私が昨年、上海に行ったときには“公表はされていないものの、ゲノム編集をした受精卵から生まれた赤ちゃんが100人から150人ぐらいいる”という話も聞いていました。なので、驚きはありません。

 もちろん、これはやってはいけないことです。ゲノム編集技術は、まだ安全性が確立されておらず、現在、日本でも遺伝子を改変した受精卵で妊娠、出産させることは国の研究指針で禁止されていますし、中国でも違法行為になるとのことです。

 ただ、一方で“人間(の体細胞)にゲノム編集を施すこと自体が倫理的に問題だ”という意見が出ていることについては、違和感を覚えます。遺伝子疾患を抱えている患者はたくさんいて、彼らには病気を治療する権利があるはずです。

 そして、実際にゲノム編集をした人間の受精卵から生まれた赤ちゃんが問題なく育つということが証明されれば、科学的にはこれを冷静に受け止める必要もあるのではないかと思います。中国の賀准教授にもそういう覚悟があったのかもしれません」

 受精卵のゲノム編集については、直接生まれる子供だけでなく、その子供の子孫にも影響する可能性があり、今後の経過を見守る必要がある。が、繰り返すようにそもそもゲノム編集は安全性が確立されていない。実際のところ、どの程度の危険性があるのだろうか。

 遺伝子治療そのものは1990年から実施され、新時代の治療法として大きな期待が寄せられてきたが、2002年に遺伝子治療を受けた患者に白血病が次々と発生し、研究が長らく停滞したという経緯がある。

 クリスパーに関しても、意図しない突然変異(オフターゲット)がそれまでに報告された値の10倍以上に相当する2千近くも実験用マウスに発生した、とする論文が2017年に発表された。これによって「クリスパーは終わった」という声が噴出し、関係者が一時パニック状態になるという騒動が起きた。なお、問題の論文は2018年になって撤回されるという不可解な展開を迎えてもいる。
ゲノム編集でがんになるメカニズム
 遺伝子治療で白血病の発症が相次ぎ、そしてクリスパーでも何やら問題の気配がある。こう聞くと、なんだか人類が踏み入れてはいけない領域の気配もするのだが……。濡木教授が続ける。

「じつは、クリスパーをはじめとするゲノム編集と2000年代までに行われていた遺伝子治療はまったくの別物なのです。簡単に言えば、昔の遺伝子治療は遺伝子組み換え技術を使っていました。遺伝子組換えでは、新しい遺伝子をゲノムのどこでもいいから無理矢理に突っ込むという乱暴なところがあって、一応、病気の治療はできたけれども、狙い所が悪ければ、がんになる可能性がありました。

 一方、クリスパーは、狙った遺伝子を潰したり、あるいは遺伝子の配列を変えたりできる技術。こちらにも、確かにオフターゲット効果のリスクはあります。

 詳しく説明しましょう。細胞には、細胞ががんにならないように制御しているタンパク質がありますが、これがクリスパーのオフターゲット効果によって潰れてしまい、制御が効かなくなるということは十分、ありうるのです。クリスパーを病気の患者に使用する場合には、特に重要な問題になってきます。そこで我々が試みているのは、クリスパーによるゲノム編集の精度と自由度を向上させ、できるだけオフターゲット効果が現れにくくなる方法の確立です。オフターゲット効果を防ぐ一番の技術は、クリスパーの改良です。現在はオフターゲット効果がほとんど起きない、というところまで技術は進歩していて、問題が克服されつつある。おそらくあと2、3年のうちに、クリスパーも心配しないで使えるようになるのではないかと思っています」

 このあたりの説明は専門的なので深く立ち入らないが、濡木氏が社外取締役を務める、創薬ベンチャー企業のエディジーンでは、遺伝子を切断するのではなく、狙った遺伝子の働きのオンオフを切り替える「クリスパー・ガンダム」と命名した独自技術を活用。オフターゲット効果を抑制する手法を開発しているそうだ。

 また、遺伝子を切断しない技術には、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学が共同で運営するブロード研究所の研究者がクリスパーを改良して開発した「一塩基編集」という方法もある。こちらも詳細は省くが、遺伝子を構成するA、T、G、C、4種類の塩基を1つずつ修正でき、オフターゲット効果を抑制できるという。

 さらに今月に入ってから、クリスパーを開発したダウドナ教授らのグループが、「クリスパー・キャスX」と名付けた、従来よりも小さな酵素を使い、より正確に遺伝情報を操作できる手法を開発したと発表し、話題になっている。
中国ではすでに33万円でゲノム編集をしてもらえる!?
 これまでの動物実験で、クリスパーを用いてがんを発症した例はない、とも濡木教授はいう。

「オフターゲット効果によって遺伝子に変異が起きた場合、その多くは細胞そのものが死滅しています。なぜがんにならないのかは、今のところ、よく分かっていません。おそらくそう簡単にはがんにはならない、ということなのだと思います。がんというのは、1個の遺伝子が間違っただけでは起こりません。がんによっては、複数の遺伝子変異が積み重なって初めて起こるものであって、クリスパーによって起こるオフターゲット効果程度のものでは、がんにはなりにくいというわけです。人間の遺伝子に変異が起きてがんになるまでに、通常、2年から3年かかりますが、クリスパーの治験は、2016年から始まっていますので、もうそろそろ結果が明らかになるはずです」

 無事、重篤な副作用もないと確認されれば、クリスパーも認可され、市場に投入されることになるが、技術とはべつの問題がある。最近の医薬品業界では、医薬品の高額化が問題になっている。例えば、がん免疫治療薬「オプジーボ」も保険適用された当初、患者1人あたりの薬代は年間3500万円程度とされ、「公的医療保険制度が維持できなくなる」と問題視されたが、ゲノム編集医薬品も同じ道をたどるのだろうか。

「クリスパーを使った治療法で治験が多く実施されているのが、免疫に大きく関係している細胞をゲノム編集でパワーアップさせ、がん細胞を攻撃させる『CAR-T細胞療法』と呼ばれるものです。このやり方の一つにスイスの大手製薬企業ノバルティスの『キムリア』というがん免疫療法(? )があって、すでにアメリカで認可されています。1回の投与で5千万円を超える価格がつけられました。一方、中国で行われている治験では、わずか33万円で治療を受けられるそうです。日本人の白血病の患者さんもそれを聞いて中国で治験を受けて、元気になって帰ってきたという話を聞きます。だから、実費でいえばクリスパーも33万円程度でできるのでしょう。もっとも、製薬会社は開発費と利益を乗せて販売しなければ営業を継続できませんから、なかなか難しいところです」

 遺伝子が原因で起こる疾患は、6千を超えるとも言われているが、クリスパーが実用化されればその多くが根治できる可能性がある。「夢の技術」であるクリスパーの今後の動向に一層の注目をしたい。

取材・文/星野陽平(フリーライター)

週刊新潮WEB取材班

2019年2月18日 掲載
新潮社

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