2021年7月30日金曜日

「量子コンピュータはスパコンより速い」のウソと本当 日本設置の意義は

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2021年07月30日 08:11  ITmedia NEWS

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写真川崎市に設置された量子コンピュータ「IBM Quantum System One」
川崎市に設置された量子コンピュータ「IBM Quantum System One」

 米IBMの商用量子コンピュータが7月27日に神奈川県川崎市に設置され、稼働を始めたことを多くのメディアが報じている。中には「スーパーコンピュータ超えの性能」といった見出しや、米Googleの研究結果を基に「スパコンで1万年かかる計算を3分20秒で解ける」と紹介する報道も見受けられるが、これらを文字通りに受け取ってしまうと、今回のニュースを正しく捉えられなくなる。



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 量子コンピュータを巡る過熱報道には、研究者たちが以前から苦言を呈している。大阪大学の根来誠准教授(量子情報・量子生命研究センター)もその一人で、「スパコン超えの性能」という報道に対し「タイトルがなあ……」とこぼす。



 今回のニュースに対し「スパコン超えの性能」や「1万年かかる計算を3分20秒で」という認識がいけないのはなぜか、簡単に整理しよう。



●今回のマシンは「1万年かかる計算を3分20秒で解いたマシン」ではない



 量子コンピュータの性能を見る指標はいくつかあるが、その中の一つが「量子ビット」の数だ。他の要因があるため一概にそうではないのだが、この数が多いほど複雑な問題が解けるようになる、と考えていい。



 「スパコンで1万年かかる計算を3分20秒で解いた」というのはGoogleが2019年に発表した研究論文が基になっているのだが、Googleの量子コンピュータは53量子ビットで、今回IBMが設置した量子コンピュータは27量子ビット。Googleのマシンに比べれば量子ビット数は少ないといえる。



 IBMは27量子ビットで「1万年かかる計算を3分20秒で解いた」とは発表していないため、今回のマシンスペックとしてこの表現をするのは適切とはいえない。



 なお、IBMは20年に65量子ビットのプロセッサを開発済みで、21年は127量子ビットの実現に向けて開発を進めている。



●どんな複雑な計算でも短時間で解けるわけではない



 「でも1万年かかる計算を3分20秒で解けるマシンがあるなら、その半分くらいとしてもやっぱりスパコンよりすごいのでしょう?」という声もあるかもしれない。これにも誤解がある。



 Googleが研究成果として発表したのは、「ランダム量子回路のサンプリング」という特定の計算だった。これは「スパコンにとってはめちゃくちゃ苦手だが、量子コンピュータにとってはめちゃくちゃ得意」という問題設定にしたら量子コンピュータが勝った、という話だ(ちなみにその後、この問題はスパコンでも2日半程度で解けるとIBMが反論している)。



 つまり、理化学研究所のスパコン「富岳」がやっているような新型コロナの飛沫シミュレーションや、AWSなどの巨大なクラウドサーバが日々さばいている各種の演算を、現在の量子コンピュータが超高速で計算できると分かったわけではない。それでも、量子コンピュータの得意領域で量子コンピュータがスパコンに勝てたのはすごいことではあるのだが。



 Googleの論文の査読に携わった、大阪大学の藤井啓祐教授も「次はスパコンでも1万年かかる量子計算を富岳で1ミリ秒とか出てくるんですかね」と認識の危うさを指摘している。



●それでも量子コンピュータの日本設置が重要なワケ



 この量子コンピュータの日本設置は、東大が産官学連携の協議会を作りつつ、旗振り役となって実現したものだ。27日の稼働開始の発表会には東大の藤井輝夫総長、慶應大の伊藤公平塾長、萩生田光一文部科学大臣、日本アイ・ビー・エムの山口明夫社長、みずほフィナンシャルグループの佐藤康博会長など、産官学のそうそうたるメンバーがそろった。



 スパコンより速いわけではないのなら、なぜ量子コンピュータの設置にこれほどのメンバーが取り組んでいるのか。



 これは「理想的な量子コンピュータ」ができれば、スパコンでも解けない問題が解けるようになることが理論的に示されており、他にもそのような計算があるのではないかと期待されているからだ。



 最も有名な量子アルゴリズムの一つが、因数分解を効率的に行える「ショアのアルゴリズム」だろう。現代の暗号の一つである「RSA暗号」は、十分大きな素数同士の積を因数分解するのは(従来のアルゴリズムや計算機では)不可能という前提で使われているが、「理想的な量子コンピュータ」でショアのアルゴリズムを実行すればこの前提を破れる可能性がある。



 ただし、「理想的な量子コンピュータ」はまだ世界のどこにもない。今の量子コンピュータはノイズに弱く、量子ビットにノイズが乗った際にそのエラーを満足には訂正できない。ショアのアルゴリズムで実用的な計算をするには量子ビット数自体も約1万は必要とされており、“理想”に対してはまだまだ足りないのが現状だ。



 だからこそ、理想的な量子コンピュータが登場したときにそれを使いこなすためのソフトウェアを今のうちから開発し、量子人材を育成し、今の量子コンピュータで何ができるのか、可能性を探らねばならない。



 これまでも米国にある量子コンピュータをネットワーク越しに利用することはできたが、世界中の研究者が利用するため、順番待ちがある状態だった。今回のマシンは日本の企業や大学が専有して利用できるため、研究の加速が期待できる。



 マシンリソースの確保と、研究・人材育成の促進が今回の日本設置の意義といえるだろう。



●量子コンピュータ研究は“子育て”



 慶應大の量子コンピューティングセンター創設者でもある伊藤塾長は、量子コンピュータ研究を子育てに例える。



 「人間でいえば少し前まではよちよち歩きだったが、今は運動会くらいには出られる状態」(伊藤塾長)



 足が速い子どもは、今は大人ほど速くなくても、育ち方によっては将来オリンピックで金メダルも取れるかもしれないし、人類未踏の記録を打ち立てるかもしれない。量子コンピュータにはそんな期待が掛けられている。


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