https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04085/
日産自動車(以下、日産)の経営が再び厳しい状況に陥っている。2020年3月期(2019年度)決算は、リーマン・ショック以来の11年ぶりの赤字に転落。同社は新型コロナウイルスの影響を強調するが、主因は世界的な販売不振だ。今や世間の注目は、同社が打ち出すリストラ策「事業構造改革(リカバリープラン)」に集まっている。1999年にカルロス・ゴーン氏〔後に同社の社長兼最高経営責任者(CEO)、会長を歴任〕が打ち出した「日産リバイバルプラン」以来のリストラを断行しなければ、業績復活は見込めないとみられているからだ。
日産リバイバルプランで2万1000人の従業員の雇用を犠牲にしてまで業績の「V」字形回復を図った日産が、なぜまた大リストラを要するほど弱体化してしまったのか。トヨタ自動車(以下、トヨタ)からの視点で見てみたい。
まず、直近では日産が販売台数を追いすぎたことだ。成長を見込める新興国で販売台数を稼ぐべく、新興国の生産拠点に資金をつぎ込みすぎた。半面、新型車の開発への投資を軽視し、「世界的に見て、これは売れるなと思えるクルマがほぼない。フルモデルチェンジまでの期間が長い、いわゆる車齢の長いクルマばかりで特徴に欠ける」と、元トヨタの技術者でA&Mコンサルト経営コンサルタントの中山聡氏は言う。こうした中、日産は特に大きな収益源である米国市場で無理な値引き販売に陥り、利益を減らして、ブランドを毀損(きそん)してしまった。
かつてトヨタも渡辺捷昭社長時代(2005~2009年)に、世界一になる看板を掲げて販売台数を積極的に追ったことがある。だが、2008年に発生したリーマン・ショックの影響を受けて赤字転落した上、開発・生産面での無理がたたって、後の大規模リコール問題へと発展した。この時の反省から、トヨタは販売台数の明言は避け、現在の豊田章男社長は「いいクルマをつくろう」というスローガンに変えている。
技術だけでは売れない
トヨタ関係者は異口同音に「日産の技術力は高い」と評価する。昔から日産は「技術の日産」を前面に出してきたが、その看板に偽りはないというのだ。だが、技術だけでは売れないと指摘するのが、元トヨタの技術者で愛知工業大学工学部客員教授の藤村俊夫氏である。
トヨタでもさまざまな新技術を開発する。だが、それらの技術を織り込んだクルマが世界で売れるとは限らない。「世界の各地域によって顧客のニーズが異なり、欲しいと思われる車種と要らないと思われる車種は違う。従って、そうした地域ごとの詳細なニーズを踏まえたグローバルな営業戦略をしっかりと立てないとクルマは売れない。技術があれば売れるというのは大間違いだ」(藤村氏)。
現在、トヨタ自動車の戦略はモジュラーデザインである「トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー(TNGA)」を基に進められている。複数のセグメントをまたいで共通化する部分で、走行性能や視認性といったクルマの基本的な機能・性能を引き上げる。一方で、それ以外の非共通部分を可変にし、ここに「地域によって“味付け”を変えた技術を盛り込む」(同氏)という発想だ。
「競合企業ばかり見ていた」
競合企業を意識しすぎた点を指摘するのは元トヨタ自動車技術者でHY人財育成研究所所長の肌附安明氏だ。かつて、日本の自動車メーカーはいすゞ自動車とトヨタ、日産の3社で拮抗(きっこう)していた時代があったと話す。それが、2代目「クラウン」を発売した1962年以降、トヨタが頭1つ抜け出し、徐々に日産との差を広げていったという。
当時、両社は「技術の日産、販売のトヨタ」と呼ばれていた。だが、自動車業界で後発のトヨタを、日産は非常に意識していたと肌附氏は振り返る。「日産はトヨタを指して『田舎者にクルマなんか造れるか』などと口にし、トヨタに負けてはならないというプライドの高さを感じた。われわれは日産を意識したことがない。だが、日産はトヨタばかり見ていたように感じる」(同氏)という。
その証拠として、同氏は車種展開を挙げる。「トヨタがクラウンを出すと日産は『セドリック』を、『コロナ』には『ブルーバード』と対抗車種を造ってきた。われわれはお客さまを見て、そのニーズにいかに応えるかでクルマを造ってきた。この差は大きかったのではないか」(肌附氏)。
経営体力に大きな差が生じているにもかかわらず、なおトヨタを意識してクルマを造り続ける点は、かつてゴーン氏も日産の課題として指摘しており、社内に解消するように指示したと語っていた。だが、業績を見事に回復させ、成長軌道に乗る際に、ゴーン氏自身が再びトヨタの姿を視界に入れたのではないか。
象徴的なのは2010年の電気自動車(EV)「リーフ」の市場投入だ。トヨタがハイブリッド車(HEV)で成功を収めると、ゴーン氏は対抗する環境車として「日産はEVに力を入れる」と大々的に発表。だが、航続距離が短く、充電に手間がかかる点を顧客に敬遠され、販売計画は大きく下回った。
経営戦略が立てられない
企業統治(コーポレート・ガバナンス)に難があり、落ち着いて経営戦略が立てられない点を指摘する声もある。目下、日産には、保釈条件に違反してレバノンへ逃亡したゴーン氏との訴訟問題や、アライアンス相手である仏ルノー(Renault)との合併・買収問題、さらに完成検査不正問題などがくすぶっている。
ゴーン氏を逮捕に追い込んだ際に、検察との司法取引を行った日産の手法に対しても肌附氏は眉根を寄せる。「もちろん、ゴーン氏には問題がある。だが、社長が会長を訴えるという、社内で身内を相手に訴訟を起こす行動に出ることなど、トヨタでは考えられない」とあきれる。
おまけに、ゴーン氏を社内から追い出した後、同氏を逮捕に追い込んだ、当時日産社長兼CEOだった西川広人氏も不正で辞任。株価連動型報酬制度「SAR」を利用した不正報酬の取得と、またも金がらみの不祥事だった。そこから再出発を図った日産は社長兼CEOに内田誠氏が就任したものの、今度は同氏の「右腕」と目された日産副最高執行責任者(COO)に就任した関潤氏が、就任直後に日本電産へ電撃移籍した。
現在、日産が実行しているリカバリープランは関氏が手掛けたものだ。関氏がいなくなった社内で実行が可能なのかと記者から問われた社長の内田氏は、「既に実行フェーズに入っているから影響はない」と回答した。だが、日産の経営陣が一枚岩でないことは明らかだ。
かつて日産には、「労働貴族」とも揶揄(やゆ)された、元自動車労連会長でありながら日産の経営を牛耳った塩路一郎氏という人物もいた。「課長に昇格すると、まず塩路さんにあいさつしなければならないという異常な状態だった」と元日産役員は明かす。「日産の企業統治に問題があるのは、最近の話ではない。こうしたごたごたを許してしまう社風から刷新しないと、日産は落ち着いて経営戦略を練られないかもしれない」(肌附氏)。
「ボードメンバー(取締役会の役員)が腰を据えていないと、しっかりとした経営戦略が立てられない。上層部がどのようにしてクルマを販売して利益を出すか、どうしたらお客さまに良い製品やサービスを届けられるかをそっちのけにして、外部とのアライアンスや社内人事のごたごたにリソースを注がなければならない。そんな状態で利益を出せる会社にできるはずがない」と、藤村氏は手厳しい。
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