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「Snapdragon X Elite」は第13世代Coreより2倍高速でApple M2よりマルチスレッドで50%高速なPC向けSoC
2023年10月27日 10:23
Qualcommは10月24日~10月26日(米国時間)の3日間に、同社の製品発表年次イベント「Snapdragon Summit 2023」を、米ハワイ州 マウイ島で開催している。この中でQualcommは、同社のPC向け最新SoCとなるSnapdragon X Eliteを発表し、2024年の半ばまでに出荷する製品に採用されると明らかにした。
その明らかになったSnapdragon X Eliteは、CPUがQualcommの自社開発してきたOryon CPU、GPUがこちらも自社開発のAdreno GPU、そしてNPUとしてHexagon NPUを搭載しており、AppleのMシリーズやIntelのCoreシリーズといった現行のPC向けSoCをCPU性能で上回るというのが大きなウリになっている。
そうしたSnapdragon X Elite、そしてそれを搭載したArm版Windowsデバイスの現状などについて解説していきたい。
Oryonについて詳細説明なし、シングルスレッド性能でApple/Intelを上回る
Snapdragon X Eliteに関する発表の詳細は以下の記事にまとまっているので、より詳しく知りたい場合は以下の記事をぜひご覧いただきたい。
Snapdragon X Eliteと従来の世代を比較すると、以下のような違いがある。
Snapdragon X Elite | Snapdragon 8cx Gen 3 | Snapdragon 8cx Gen 2(Microsoft SQ2) | Snapdragon 850 | Snapdragon 835 | |
---|---|---|---|---|---|
発表年 | 2023年 | 2021年 | 2020年 | 2018年 | 2017年 |
CPU名称 | Oryon | 新Kryo | Kryo 495 | Kryo 385 | Kryo 280 |
ベースデザイン | 自社開発(12コア) | Cortex-X1(4コア)+Cortex-A78(4コア) | Cortex-A76(4コア)+Cortex-A55(4コア) | Cortex-A75(4コア)+Cortex-A55(4コア) | Cortex-A73(4コア)+Cortex-A53(4コア) |
LLC | 6MB | 14MB | 10MB | 2MB? | ? |
GPU名称 | 新Adreno | 新Adreno | Adreno 680 | Adreno 630 | Adreno 540 |
メモリ/バス幅 | 8x16bit | 8x16bit | 8x16bit | 4x16bit | 4x16bit |
メモリ種類/データレート | LPDDR5x/8,533 | LPDDR4x/4,266 | LPDDR4x/4,266 | LPDDR4x/3,732 | LPDDR4x/3,732 |
理論帯域幅 | 約136GB/s | 約68.3GB/s | 約68.3GB/s | 約29.9GB/s | 約29.9GB/s |
NPU | 新Hexagon NPU | 新Hexagon | Hexagon 690 | Hexagon 685 | Hexagon 682 |
ISP | 新Spectra ISP | 新Spectra | Spectra 390 | Spectra 280 | Spectra 180 |
モデム | X65(5G) | X65/X62/X55(5G) | X24(CAT20, 2Gbps)/X55 5G(別チップ) | X20(CAT18, 1.2Gbps) | X16(CAT16, 1Gbps) |
PCI Expressコントローラ | Gen 4(8x) | Gen3 | Gen3 | - | - |
製造プロセスルール | 4nm(TSMC) | 5nm(Samsung) | 7nm(Samsung) | 10nm | 10nm |
Snapdragon X Eliteの最大の特徴は、Qualcommが自社開発したOryon CPUを採用していることだ。従来提供されてきたQualcommのPC向けSoCでは、ArmのCortex-XないしはCortex-AシリーズがベースになったArm CPU「Kryo」を採用していた。それに対して、今回発表されたOryonは、ゼロからQualcommが設計したArm CPUになり、最初から高性能狙った設計になっている。
ArmのCortexシリーズは、幅広いレンジの製品を狙っているという特徴があるため、x86プロセッサやAppleのArm CPU(AシリーズやMシリーズ)に比べ、ピーク時の性能で劣っているという弱点があった。
特にCortexシリーズの弱点だったのはシングルスレッド時の性能で、x86系のCPUやAppleのA/Mシリーズに比べて劣るため、マルチスレッドになっても追いつけなかった。
今回Qualcommが発表した、Oryonのシングスレッドの性能(Geekbenchのシングルスレッド性能)は、Intelの第13世代Core Hも、そしてAppleのM2も上回っている。従来の弱点をOryonは払拭して、シングルスレッドで十分勝負になる性能を実現していること、それがポイントになる。
ただし、QualcommはOryonがなぜそうした性能を発揮するのかほぼ何も説明していない。CPUのフロントエンド(L1命令キャッシュや分岐予測、スケジューラなど)、実行エンジン(どんなパイプライン構造でどれだけの命令を同時に実行できるのか、整数や浮動小数点の実行ユニットの数など)、バックエンド(L1データキャッシュなど)に関して実質的に何も説明していない。IntelやAMDといったCPUメーカーがそうしたことを積極的に報道関係者や業界イベントなどで公開しているのに比べると、やや情報公開に後ろ向きの姿勢が透けて見える。
せっかく高性能をウリにしているのだから、そのあたりももう少ししっかりと公開した方がユーザーの支持や注目も集めやすいと思うのだが……。
Oryonは4つのCPUコアで1クラスタ、クラスタあたり12MBのL2、L3は6MBで合計42MBのキャッシュを搭載
ただし、SoCにそのOryonをどう実装したかは明らかにした。具体的には、OryonのCPUコアは4つで1つのクラスタとなっており、Snapdragon X Eliteではそのクラスタが3つ搭載さる形となる(なお、CPUはbig.LITTLEデザインではなく、パフォーマンスコアのみとなる)。
CPUコアそれぞれの動作クロックは、従来モデル(Snapdragon 8cx Gen 3)よりも高くなっている。Snapdragon 8cx Gen 3では4つのCortex-X1が3GHzで動作していた。それに対してOryonでは12コアのCPU全体が最大3.8GHzで動作する。さらに3つのクラスタのうち、最初の2つのクラスタそれぞれのうち1つのCPUコアが最大で4.3GHzにブーストアップできる設計になっている。
それにより、クロック周波数が性能に直結するシングルスレッド時の性能が大きく向上しており、前述のようなシングルスレッドでの高性能が実現されていると考えられる。
なお、キャッシュ階層に関しては「各クラスタにつき12MBのL2キャッシュを搭載している。そしてシステムレベルで6MBのキャッシュを搭載しており、合計で42MBとなる」と述べ、発表時に説明した「SoC全体で42MBのキャッシュ」の階層の内訳を説明した。
各クラスタで12MBということは、1つのCPUあたり3MBのL2キャッシュという計算になるが、それがクラスタ全体で12MBを共有しているのか、それぞれのCPUが4MBのキャッシュを持つのか、具体的な説明はなかった。しかし、省電力重視というOryonの設計思想から言えば、後者の可能性が高い。
システムレベルのキャッシュ(LLCないしはL3キャッシュ)は、従来モデルの14MBに比べると半分以下に減ることになるのが、その分L2キャッシュが増えているので、L2+L3と考えればOryonの方が増えている計算になる。
GPUは4.6TFLOPS、NPUは45TOPsという性能を公開したが、こちらも内部のアーキテクチャは説明せず
GPUとNPUに関しても、詳細を明らかにしていないのはOryon CPUと同じだ。QualcommはGPUとNPUはモバイル向けのGPUとNPUとアーキテクチャを共有しているとだけ説明しており、具体的にモバイル製品のどの世代と同じなのかなど、具体的なことは何も明らかにしていない。
GPUに関して明らかにされたのは、「4.6TFLOPS」という単精度浮動小数点演算時の性能だけだ。この性能から想像するに、モバイル向けのAdrenoから内部の演算器などを増やして性能を高めたGPUだと考えることが可能だ。
この4.6TFLOPSという性能は、AppleのM2が3.7TFLOPS、M1が2.6TFLOPS、第11世代~第13世代Coreに内蔵されているIris Xe(Xe-LP)が2.07TFLOPSと後継しており、生の演算性能ではIntelのXe-LPはもちろんのこと、Apple M2の内蔵GPUも上回っていることになる。
ただし、今回QualcommはCPUに関しては、Intelの第13世代Coreを上回っており、AppleのM2も上回っているという具体的なデータは公開したが、GPUに関しては第13世代CoreとRyzen 7000シリーズに内蔵されているRadeon 680Mを上回っているというデータを公開したものの、AppleのM2を上回っているというデータは公表しなかった。
つまり、実際の性能という観点ではSnapdragon X EliteはAppleのMシリーズは上回れていない可能性が高いのではないだろうか(仮に上回っているのなら、GPUでもM2を上回ったというデータを公開すればいいからだ)。
なお、AppleのM1/M2のGPUは、IntelやAMDの内蔵GPUと比べてもダブルスコアに近い性能を示しており、Snapdragon X EliteのAdrenoと比較してどうなのか、そこが注目ポイントになる。このあたりは、今後実際に製品でベンチマークを試せるようになったときに試してみる必要があるだろう。
NPUに関しても詳細が明らかにされていないのは同じで、モバイルで採用されているHexagon NPUのどれかの世代が採用されている。ただし、こちらもNPUの性能指標の1つであるTOPs(Tera Operations Per Second、1秒あたりに実行できる命令数、単位がTera)の数字を公開しており、NPU単体で45TOPs、Qualcommのミドルウエアである「Qualcomm AI Engine」を利用して、CPUとGPUも合わせて利用すると75TOPsに達すると明らかにしている。
なお、Microsoftの「Surface Laptop Studio 2」に搭載されているIntelの単体NPUとなるKeem Bayは、スペック上は7.1TOPSとなっているので、NPU単体で言えば約5倍の性能を持っていることになる。
ただし、Intelが12月14日に投入するCore UltraではKeem Bayの次世代のNPUをSoCに統合する計画で、より公平にSnapdragon X EliteのNPU性能を評価するにはCore UltraのNPUの性能がどの程度なのかを見てからということになるだろう。
SKUは1つのみ、TDPは可変でどのデザインポイントでデザインするかはOEMメーカーの選択次第
こうしたSnapdragon X Eliteだが、SKU(スキュー)は存在せず、1ラインアップしかないとQualcomm Technologies 上席副社長 兼 コンピュート・ゲーミング部門事業部長 ケダル・コンダップ氏は説明する。
「競合メーカー(具体的にはIntelやAMDのこと)には、性能や消費電力で複雑なSKUを用意しているが、我々のSKUは1つしかない。それをOEMメーカーが自分の作りたい製品に合わせてクラムシェルにしたり、2in1にしたり、タブレットにできる」と述べ、同社が従来製品と同じように1つのSKUのみの設定で、複数の製品カテゴリに対応すると明らかにした。
たとえば、Intelの第13世代Coreは、TDPが55WのHXシリーズ、同45WのHシリーズ、同28WのPシリーズ、同15WのUシリーズと、どのデザインに対応するかでシリーズを分けている。HXならデスクトップリプレースメント、Hなら大型ノートPC、Pならスタンダードクラムシェル、Uなら薄型ノートPCといった具合に、だ。
それに対してQualcommが1SKUしか用意しないという意味は、そのTDPが可変(Intel的な言い方をすればcTDP)になっており、1つの製品で、たとえば45WのHに対抗するような大型ノートPCにも対応できるし、29WのPシリーズも対応できるし、ファンレスにも対応できる、そうした意味になる。
Qualcommによればレファレンスデザインでは、ファンレスのデザインが12W、そして薄型ノートPCは23Wに設定されて設計されており、45Wのような高いTDP設定もOEMメーカーの選択次第で可能だと説明した
。
ただ、1つのSKUしかないということは、値段はそこまで細かく設定されていないということになる。IntelやAMDではCPUコアを1つないしは2つ削ったバージョンを下位SKUとして提供することで、歩留まりの向上とバリュー向けの提供という2つの目的を実現している。
これに対して、Qualcommでは、より大きなシリーズとして下位バージョンを提供する計画のようだ。たとえば、CPUは3つのクラスタから構成されているが、下位のモデル(現在で言えばSnapdragon 7cxやSnapdragon 7cに相当する製品)では、CPUのクラスタを1つないしは2つ削って歩留まりを挙げ、低価格版として提供するのが可能ではと問われるとコンダップ氏は「ノーコメント」と答えており、事実上そうした計画があることを否定しなかった(計画がないときには計画はないと答える。報道相手にノーコメントと言及するときには事実上計画はあると認めたことと同義だ)。
Arm版Windowsのアプリケーション互換性問題は進化
そしてエンドユーザーのレベルでは何よりも重要なことは、Arm版Windowsに対応するネイティブ・アプリケーションが、徐々にではあるが増えてきて、買ったのはいいけれど、従来のWindowsと同じように使えないという状況の改善が進んでいることだ。
既にWeb会議アプリであるTeamsも、Zoomも、Arm版Windows向けのネイティブ・アプリケーションが提供されているし、Microsoft OfficeもArm64版(正確にはARM64EC版)が提供開始されており、Armネイティブないしはx64バイナリートランスレーションで快適に利用できるようになっている。
今回のSnapdragon SummitでQualcommは、カジュアルゲームもSnapdragon環境で動くという様子をデモしている。Snapdragon X EliteのAdrenoはDirectX 12に対応しており、DirectXで動作するゲームが動作するようになっている。
従来のSnapdragon 8cx Gen 3などではGPUの性能が低かったため、そうしたゲームは動かないものと理解されてきたが、今後はArmネイティブ版を出すゲームパブリッシャーも徐々に増えていくことが期待できる。
また、これまでAdrenoのドライバのバージョンアップは提供されてこなかったが、今後はバージョンアップできるようにしていくとQualcommでは説明しており、たとえばゲームで互換性に問題が発生した時などに、ドライバのバージョンアップで解消されるなども期待できる。
ただし、依然としてアプリケーションの互換性問題が残っているのも事実だ。たとえば、AdobeのCreative Cloudでは「Photoshop」、「Lightroom」、「Lightroom Classic」、「Acrobat」、「Fresco」、「Camera Raw」の6つのアプリケーションしか提供されていない。Premiere Proもなければ、Illustratorもない……という状況は、引き続きQualcommがAdobeに働きかけるなどして改善していく必要がある。
今回Adobeからは何も新しい発表はなかったが、Blackmagic Designが提供するDaVinci Resolveは、2024年にArmネイティブ版をリリースすると今回のSnapdragon Summitで明らかにしており、これまで課題だったクリエイター系ツールも徐々にArm版Windowsで使えるようになってきている。
残るは日本語環境だけの特有の問題だが、32bitのx86版しかないIME(具体的にはジャストシステムのATOK)が、64bitのArmとx64エミュレーションでは使えないという課題の解決も期待したい(OS標準のMS-IMEを使う場合には問題ない)。
こちらはジャストシステム自身が64bit版を出すか、OS側でx86/32bitのIMEでも64bit Armおよびx64エミュレーション環境で使えるように改善する必要がある(このためATOKの動作環境には明確に「Arm版Windowsは動作保証外です」と書いてある)。この点は、依然として日本語環境では大きな問題で、ジャストシステムなりMicrosoftなりの努力で改善することに期待したい。
結局こうしたアプリケーションの互換性問題は、典型的な「鶏と卵」問題だ。インストールベースが増えないから、対応するアプリケーションが増えないということの裏返しであり、今回Oryonのような強力なCPUを搭載したSnapdragon X Eliteという「鶏」が登場することで、状況に変化が出てくる可能性がある。
COMPAL、Quanta、Wistron、Inventecの4社がODMメーカーに、HONORが搭載PCを来年の半ばに出荷開始予定
その意味では、より多くのOEMメーカーからSnapdragon X Eliteを搭載したPCがリリースされるような状況になることが、Arm版Windowsの普及、そしてSnapdragon X Eliteの普及には何よりも大事だ。
今回Qualcommは、そうしたSnapdragon X Eliteを搭載したPCのエコシステムが徐々に出来上がりつつあることを盛んに強調した。
たとえば、ODMメーカーではCOMPAL、Quanta Computer、Wistron、Inventecの4社を紹介し、実際にCOMPALとWistronの2社が製造したレファレンスデザインを公開した。中小のPCメーカーにとっては、そうしたODMメーカーがある程度の製品を用意してくれていることは大事で、そこから外装などをカスタマイズして自社製品とするのが一般的だ。
これまでQualcommのPCビジネスは、Acer、ASUS、HP 、Lenovoといった“ティアワン(Tier 1)”の大手PCメーカーだけをターゲットにしており、そうした中小のメーカーは正直あまりターゲットではなかった。しかし、今回明確にODMメーカーの話をしたということは、そうした中小のメーカーも徐々に視野に入れてきていることを示している。
そうした“ティアツー(Tier 2)”以下のPCメーカーをきちんとサポートできるようになっていくか、それもQualcommにとって大事なポイントとなる。特にPCビジネスは複雑怪奇で、PCメーカーの利益計算の中にはCPUメーカーからのリベートも含まれている。そうした点を含めてきちんとやっていけるのかが、PCメーカーからすると注目ポイントとなる。その意味で、ロゴプログラムの存在を示唆する「Snapdragon X Elite」のロゴシールがきちんとPCに貼られているのは良い兆候かもしれない。
Qualcommは今回Snapdragon X Eliteを搭載した製品は、2024年の半ばまでに登場する予定だと明らかにした。今回のSnapdragon Summit 2023において、Snapdragon X Eliteを搭載したPCをその時期までにリリースすると明らかにしたのは、中国のHONORの1社だったが、ほかにもAcer、ASUS、HP、Lenovo、Microsoft、Samsungなどが採用に前向きなコメントを寄せるなどしている。
それらのメーカーのうち、Lenovo、Microsoft、Samsungは、Snapdragon 8cx Gen 3を搭載した製品をリリースしており、Snapdragon X Eliteの採用も期待できるメーカーだと言える。その3社に加えて、Acer、ASUS、HPの3社が前向きなコメントを寄せたことは、従来よりもArm版Windowsデバイスが登場することを期待できるという意味で、大いに期待できるというところではないだろうか。
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