2020年6月12日金曜日

市川市が目指した「来なくてすむ市役所」プロジェクトのLINEアプリとは?What is the LINE app for Ichikawa City's "City Hall That Does Not Come" project?

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ITmedia ビジネスオンライン

 ここまでの連載では、ローコード開発ツールの登場により自治体とITの関係性が変わり、内製という選択肢が現実的なものになったこと、その実例として神戸市が取り組む内製による全庁的な業務改革について紹介した。 市川市・高山市の「窓口改革」から学ぶポイント ITで変化する自治体の今 ・第1回:「DXか死か」を迫られる自治体の現状――RPAへの“幻滅”が示す問題の本質とは? ・第2回:DX最先端都市、神戸市の挑戦 戦略と泥臭さの融合が動かす「弾み車」  連載第3回となる本稿では、自治体の主要業務でもある「窓口業務」「行政手続」の改革に、内製の手法で取り組んでいる事例を紹介したい。神戸市の事例は、全庁的に内製文化を醸成していくために踏むべき「ステップ」にフォーカスし、ボトムアップで取り組むためのエッセンスを抽出した。  本稿で取り上げる千葉県市川市、岐阜県高山市は、トップによるプロジェクト実行の指示のもと、現場においても高速なサイクルで成果を出している事例だ。これらの取り組みから、自治体において高速なITプロジェクトはどのように実現されるのか、その手掛かりに迫りたい。

「来なくてすむ市役所」市川市が挑む住民サービス改革

 初めに、市川市の「来なくてすむ市役所」プロジェクトについて紹介しよう。市川市では住民サービス改革を掲げる村越祐民市長の就任を機に、本プロジェクトが発足した。  その基本的な方向性は、市民が行政手続を行う際、役所に来ることなく、スマートフォン等のモバイルデバイスから、あらゆる手続ができるようにするというものだ。現在でも、多くの行政手続は自治体の窓口に行かなければ行うことができない。また、郵送で申請できる手続もあるが、手間が掛かり民間企業が提供するサービスと比べて利便性は著しく低い。  まず実施したことは、庁内の各部署から職員を起用したプロジェクトチームの結成だ。このプロジェクトチームで「来なくてすむ市役所」を実現するための具体的な方策が検討された。そこでチームが目を付けたのは、国内最大のSNSサービス「LINE」である。  これまで、多くの自治体が独自の住民向けアプリを開発・公開してきたが、軒並み低い利用率となっている。その要因として、自治体の独自アプリを住民に認知させ、スマートフォンにアプリをインストールさせるハードルが高いためだ。そこで、市川市は国民が広く利用しているLINEを活用することで、この問題をクリアすることとした。すでLINEを利用している市民であれば、市川市が提供する公式アカウントを「友達」として登録するだけで、オンライン申請等の機能を使い始めることができる。導入障壁が下がるというわけだ。  次に検討を進めたのは、申請を受理するためのデータベース機能である。LINEはメッセージングツールであり、データベース機能は提供していないため、別途データベースを準備した上で、LINE経由のオンライン申請を受け取れるよう連携させる必要があった。  市役所には、住民票の申請など、数百の行政手続が存在するため、個別にデータベース開発を外注しようとすれば、莫大な費用と時間がかかる。その上、業務の変化に応じて弾力的にデータベースを改修することが難しい。そこで目を付けたのが、ローコード開発ツールによる内製である。  ローコード開発ツールの多くはサブスクリプション型のPaaS(Platform as a Service)として提供されており、契約で定められた上限まで、いくつでもデータベースを作成できる。つまり、数百もの手続のオンライン化に用いるデータベースを、職員が自ら作成することによって、外注と比較したときに大幅にコストを引き下げ、かつ高速なサイクルでの開発を実現できる。  2019年3月、市川市はLINEによる住民票のオンライン申請を実証実験として開始した。LINEのチャットボットから送られる質問に対して回答していくだけで、住民票の申請ができる。また、住民票は自宅に郵送されるため、申請から受け取りまで役所に足を運ぶ必要はない。本人確認は身分証明書の写真をLINEで送ることによって行い、手数料の支払いはLINE Payで行うものとなっている。  この実証実験を通じて、LINEとローコード開発ツールの組み合わせには住民票のオンライン申請にとどまらず、さまざまな手続に活用できる汎用性があると結論付け、他の手続への横展開を開始した。その後、2~3カ月に1度のペースで新しいオンライン申請がリリースされていることからも、内製によって素早くプロジェクトが進行していることが分かる。なお、20年4月現在、市川市では以下の手続がLINEから申請できるようになっている。 ・駐輪場の使用許可申請 ・大型ごみ処理の申込・支払い ・り災証明書交付申請 ・飼い犬に関する手続 ・道路・公園等の損失を発見した市民からの情報提供  市川市は、世界最先端の電子国家として知られるエストニアとの交流を深めていることからも、日本のDXを市川市がリードするという意思を感じる。あらゆる手続がスマートフォンから行える未来をいち早く体現しようとする市川市の取り組みに、今後も期待したい。

企画から半年で25部署を巻き込む、高山市の「おくやみ窓口」プロジェクト

 次に、高山市の事例を紹介する。高山市では、ローコード開発ツールを用いた「おくやみ窓口システム」の作成に取り組んでいる。おくやみ窓口システムとは、住民が死亡した際に遺族が行う行政手続を効率化するためのものだ。  死去に伴う各種手続は、本人が亡くなっているため、親族が必要な手続を確認しなければならない。自治体側の関係部署が多岐にわたるため、一度の役所訪問で完了できないケースも多く、親族にとって大きな負担となっている。社会的に死亡者数の増加が予測されており、自治体側の対応コストも含めて、多くの自治体で共通の課題である。  そこで高山市は、市民の死亡届が提出されたタイミングで、遺族にとって必要となる手続を関係部署に回答させることで集約し、市役所訪問時にワンストップでの手続を可能とするシステムの構築を目指すことにした。利用者の利便性向上を実現し、全国の自治体が導入しやすいモデルケースの創出を掲げている。  そのシステムの基盤としてもローコード開発ツールが選択された。市職員がシステムの作成、25にも及ぶ関係部署への操作説明を行い、実証実験にこぎつけた。この実証実験を通じ、市民の待ち時間を最大約40%削減と大幅な効果があると結論付け、本番稼働に向けた準備が進んでいる。  驚くべきは高山市のスピードだ。本実証実験を企画した職員がローコード開発ツールを知ったのは19年10月である。その後11月に企画を立案し、市長に事業提案を行い承諾を得る。12月には実証実験を実施する旨の意思決定を行い、翌年1月6日には市長自らが記者向けに発表。1月に高山市職員によるシステム構築や関係部署への操作説明等を実施、2月に実証実験を実施した。さらに、3月に効果検証を終え、成果報告と今後の展望をプレスリリースしている。ここまでのプロセスを半年間でやりきっている。

2つの事例から学ぶ、自治体が高速なプロジェクトを実現する秘訣

 自治体のITプロジェクトでは、通常はこのようなスピード感で物事は動かない。RFIや予算要求、プロポーザルの実施などのステップを踏むため、準備だけで1年以上かかってしまうケースがほとんどだ。  一方で、市川市は2~3カ月に1度のサイクルで新たなLINEでのオンライン申請サービスをリリースし、高山市は着想からわずか半年で25もの部署を巻き込む実証実験に成功して、本運用に向けた準備フェーズに入っている。社会の変化が激しい現在においては、素早く対応できることが自治体の強みとなるだろう。そこで、これらの自治体が短期間のうちにアウトプットを出している要因は何か、3つの観点から考察したい。  1つ目は、民間企業と連携した「実証実験」の戦略的な活用である。市川市、高山市ともに、最初から本番運用とせず、実証実験による効果検証を行っている。行政機関である自治体は民間企業との契約にあたり癒着等が生じないよう、公平な競争環境の担保が求められる。そのため、入札やプロポーザル等のプロセスを経て契約先企業の選定を行う必要がある。  それ自体には一定の合理性があるが、プロジェクトを素早く動かしていく上では足かせになっている側面もあるだろう。特定の企業の技術を利用したいという目算が自治体側にあったとしても、所定の調達プロセスを経ねば契約できないためだ。  民間企業側がリソースを無償提供する形の実証実験であれば、契約行為が発生しないため、任意の企業とタッグを組むハードルが下がる。もちろん、住民に説明できる合理的な理由は必要であるが、基本的には自治体と企業による覚書の締結の簡易なステップで進めることができる。  さらに、実証実験の主たる目的は効果の「検証」であるため、失敗への許容度が大きい。自治体は公金で運営されていることもあり、政策の失敗があれば議会等で糾弾されやすい。そのため、役所内部では新しいチャレンジよりも失敗しないことを優先する風潮や圧力も存在するが、実証実験という体裁を取ることはこのような圧力を回避する策としても有効だ。  2つ目はトップによる号令である。市川市は村越市長就任後、トップダウンの指示によってプロジェクトが発足したため、庁内関係者を巻き込みやすい流れができていただろう。一方、高山市のおくやみ窓口システムは行政経営課職員の着想からスタートしているが、市長自ら記者に対して実証実験を行うことを事前に発表している。実は市長が発表したこの時点では、まだ実証実験に用いるシステムの構築も終わっていない状況であった。一見すると、成功の確証がないことについて市長が対外的に発表するのはリスクを伴うようにも感じられるが、この効果は何であろうか。  高山市は、17年度に市の窓口業務改革を目的に設立された庁内ワーキンググループを中心に、関係する25もの部署を巻き込んで実証実験を行った。これだけの関係部署があれば、協力依頼に対して後ろ向きな部署があってもおかしくないが、トップ自らが実施を宣言することで、庁内全体での「実験ではなく、実現させるという意識」の創出に成功したと考えられる。並列関係の複数部署に協働を求める場合、特に調整の難航が予見される場合には、上位者というカードをうまく使うことも選択肢に入れておくのが良いだろう。  なお、高山市は実証実験の開始だけでなく、成果報告についても即座にプレスリリースを出している。通常、さまざまな調査や実証実験は、「やりっぱなし」となることが非常に多い中で、なぜ高山市はこのような対応を行っているのか。  この狙いは、常に最新の情報を市民に周知して理解を得る、つまり主権者たる市民からの評価を獲得することだ。新しい取り組みを始めるにあたり、内部で反対する職員がいたとしても、雇用主である市民から評価されていることが分かると賛成派に変わらざるを得ない。つまり、対外的に実証実験の成果を発信することは、問い合わせやメディアへの掲載、さまざまな方面からの講演依頼が増加することにつながり、外部の味方を増やし、内部の意識を醸成させて、取り組みを加速させる上でも有効である。  3つ目は、システム部門と現場部門のITキーマンがタッグを組んで進めることだ。ローコード開発ツールを用いて業務システムを内製化する際には、2つのアプローチが考えられる。1つは現場職員が自らシステムを開発する方法、もう1つはシステム部門がシステムを開発して現場に提供する方法である。  多くの自治体において後者の手法は困難であろう。理由として、自治体においてはシステム部門の職員もジョブローテーションによって数年ごとに入れ替わっていく上、人員も少ないため、庁内のシステム開発を一手に引き受け続けるのが困難だからだ。現場の職員が自らシステムを開発する方法を採りつつ、人事異動があってもシステムが持続的に活用されるためのルールを決めて運用するのが現実的である。  その際に、IT導入を推進するシステム部門の目線に立つと、現場部門のITに強い人といかにタッグを組めるかが重要だ。表計算ソフトの関数やマクロを得意として、業務効率化を行ってきたような職員は、ローコード開発ツールについても習得が早い。その上、現場の業務も知っているため、業務フローの再設計とシステム開発の双方を担える人材である。このようなキーマンを巻き込みつつ、システム部門がサポートするという体制にすることで、プロジェクトのスピードと成功確率を高めることができるのだ。

DXの本質はテクノロジーではない

 本連載では、DX先進都市として神戸市、市川市、高山市の3つの事例を紹介した。3市に共通するのは、組織としてDXに関するビジョンを発信し、体制を作り、人を動かすためのアナログな施策を行っていることだ。  これらの土台を作った上で、それを支えるテクノロジーとしてローコード開発ツールを採用している。この順序を誤り、アナログな施策がないまま「ツールありき」で進めるDXには未来がない。DXの本質は組織そのもののアップデートであると位置付けて取り組むことが大切であり、この本質は行政だけでなく民間企業にも通じるものといえるだろう。  本連載の第3回までは、ローコード開発の登場による「内製」に着目してきた。次回のテーマは、昨今大きな社会課題となっている児童虐待防止である。個人情報保護の観点から情報が分散しがちな現場において、複数機関でクラウドを活用することで、情報を共有する方向に舵を切った自治体の事例を紹介する。

著者プロフィール・蒲原大輔

サイボウズ株式会社 営業戦略部。新卒で品川区役所に入庁し、約5年7カ月自治体職員として勤務。自治体の業務の非効率性や組織人事・風土の問題を解決するため、2016年にサイボウズに入社。18年に鎌倉市に働き方改革フェローとして派遣。IT(ローコードツール)を活用して自治体とともに業務効率化に取り組みながら、公務員コミュニティーの運営や新しい人事モデルの提唱を行っている。「公務員の仕事をもっと面白く」がモチベーションの源泉。
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