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「もう止めたいと何度も思った」
外国人の不良グループ「外国人マフィア」の存在が注目を集めている。 群馬県や栃木県の農家に侵入して豚や牛、鳥といった家畜を窃盗していたベトナム人、東京・新宿にネパールタウンを形成し、深夜のパーティでは違法薬物を受け渡しているネパール人、中高年女性を狙ってロマンス詐欺を繰り返すナイジェリア人、日本の暴力団の“仕事”を請け負っては裏切ることまで平気でやってのけるフィリピン人、暴力団さえも手出しできず売春地帯を取り仕切るブラジル人――。
彼らはいった何者か。どのくらいの勢力が、どこで、どんなシノギをしているのか。警察ですら実態の正確な把握に苦慮する中、フリーライター真樹哲也氏の『ルポ外国人マフィア 勃興する新たな犯罪集団』(彩図社)が発刊され、話題を呼んでいる。真樹氏に話を聞いた。 同書は、書名にある通り「ルポ」である。真樹氏は、外国人マフィアとの接点を探り、見つけだし、直接会い、話を聞くことを繰り返した。もちろん取材は身の危険と隣り合わせだ。ネパール人マフィアからはハンマーで威嚇され、ベトナム人マフィアからは「殺すぞ」と脅され、巨漢のナイジェリア人マフィアには筋弛緩剤を飲まされた。 「実を言うと、途中で、もう止めたいと何度も思いました」と言う。やり方を間違えれば命そのものを失いかねない。本が出ればちょっとした印税が入るとはいえ、「割に合わない」と感じたのだそうだ。
彼はハンマーを振りかぶり……
――そもそも、なぜ外国人マフィアを取材してみようと思ったのですか。 数年前から外国人による犯罪がたびたび報じられるようになっていて、私の身の回りでも「外国人不良グループが暴れ回っている」という話が飛び交うようになっていました。犯罪そのものは悪ですし、許されることではありません。ただ、私はなぜ彼らが日本にいるのか。どうして犯罪に手を染めるのか。そこが気になっていたんです。それで実際に取材をしてみようと、2018年頃から動き出しました。 ――身の危険を感じるような局面もあったようですね。 一歩間違えたら命を落としていたな、という局面が何度かありました。でも、それ以上に驚きと発見もあったのです。 ネパール人マフィアが出入りしていると言われていた東京都内のネパール料理屋に一般客を装って行った時のことです。カレーを注文して席で待っていると、さっきまで私の隣で食べていたネパール人が立ち上がり、キッチンに入って汚れた皿を洗い始めました。またある客は食べ終えた後、会計もせずに出て行ってしまいました。店員はそれを咎めもしない。 後からわかったのですが、その店は彼らのアジトでした。看板と事務所を掲げる日本の暴力団と違い、ネパール人のマフィアは姿を隠します。飲食店を営んでいれば就労ビザが降りるし、飯が食えないネパール人の仲間がいれば店で飯を食わせることもできる。なるほどなあと。 新宿の新大久保といえばコリアンタウンで有名ですが、実は今、この街はネパールタウンの色合いが濃くなっています。取材で信頼関係を得たネパール人マフィアの1人から、新大久保の某ネパール料理屋で開かれるパーティのことを教えてもらい、行ってみることにしました。店内はライブハウス化し、ステージではネパール人歌手が熱唱、観客はハイテンションで盛り上がっていました。渋谷や六本木のクラブさながらの光景です。私は隅の席で1人飲んでいたのですが、不意に、ある場面を目撃してしまいました。白い袋と現金を交換する人たちがいるのです。とても慣れた所作で。おそらくは違法薬物でしょう。 ――それで、ネパール人マフィアの中心人物に直撃したのですね。 はい、2019年8月のことでした。「ネパール料理店から売上の一部をもらったり、薬物売買、ドラッグなどはやったりしませんか? 日本のヤクザと会うことはありますか?」と質問をぶつけました。 彼の表情はみるみる変わり、奥の部屋に消えていったかと思うと、右手にハンマーをもって帰ってきました。近くの女性が悲鳴をあげて制止したのですが、彼はハンマーを振りかぶり、そのまま私の顔の隣の壁にすごい勢いで打ち付けたのです。心臓が止まるかと思いました。彼は言いました、「帰ってくれ、日本人には悪いことはしない」と。私は、震える身体を抱きかかえるように店を出ました。
「金だけ持って逃げやがった」
――日本の暴力団は外国人マフィアをどのように見ているのでしょうか。「繋がっている」とも「敵対している」とも言われます。 新宿を拠点にしているある暴力団員は、私の取材に「ネパールの奴らには本当に困っている。あいつら、日本のヤクザのルールなんてお構いなしだからな」と吐露していました。 結論を言えば、ある部分では繋がり、ある部分では敵対し、またある部分では日本のヤクザがコケにされているのです。 20年3月、ある料亭で暴力団員に話を聞いていた時のことです。急にふすまが開き、カジュアルな格好をしたフィリピン人2人が「ハーイ」と言いながら入ってきました。暴力団員は私に言いました。「彼らがフィリピン人グループをまとめている。うちの組が面倒を見ている」と。 するとフィリピン人の1人がすかさず「俺たちは、下じゃない」と噛みつくように言ったのです。暴力団員は黙り込み、部屋には重い空気が流れました。しばらくして口を開いたのは暴力団員の方で、彼はフィリピン人2人に「ところで、仕事はどうなってる?」と尋ねました。気まずかったのでしょう。するとフィリピン人の1人は答えました。「ちゃんとやってるけど、地元のヤクザがうるさい。でも、うちらフィリピン人は人数いるから大丈夫。うまくやるよ」と。 どうやらこの暴力団員の組は、西日本に拠点を構える暴力団の縄張り(シマ)に進出するにあたって、フィリピン人マフィアを“鉄砲玉”として使おうと画策していたようなのです。今や日本の暴力団は暴力団対策法や暴力団排除条例によってほとんど身動きできなくなっていますから。 ところが今年に入って、その暴力団員は泡を食いました。「あいつら、金だけ持って逃げやがった」というのです。フィリピン人マフィアは、日本の暴力団抗争を利用し、金だけ取って逃げたというわけです。
外国人を「クズ」呼ばわり
――暴力団ですら手を焼いているわけですね。これからの裏社会は暴力団ではなく外国人マフィアに牛耳られるでしょうか。 その可能性は高いだろうと思いますが、私は、外国人マフィアの「本音」にも耳を傾けたいと思っています。ネパール人マフィアの中心的人物が言ったように、彼らには「日本人には迷惑をかけない」というルールがあります。実際、彼らは暴行事件を何度も起こしていますが、被害者はだいたいネパール人だけです。 家畜窃盗事件で捕まったベトナム人の不良グループのほとんどは、日本の技能実習制度で来日していました。その1人は私の取材にこう答えています。「ベトナム人、みんなお金に困っている。真面目に長い時間働いても、給料は少ない。ベトナムの家族に送金したら、食事するお金も残らない」と。技能実習制度は発展途上国の人々に日本の技術を学んでもらう制度ですが、現実には、お金を稼ぐために「実習」をしているベトナム人が多く、そこには、外国人に「実習」という名の「労働」をさせることで人出不足を補いたい日本の産業界の隠れた本音もあるのです。 外国人を建設現場などに送り込む人材派遣会社の幹部は、「最初はクズみたいな人間を送り込んでピンハネすることに抵抗はありましたけど、すぐに慣れました」と、外国人を「クズ」呼ばわりしていました。 繰り返しますが、犯罪はどんな理由があろうと悪です。人を傷つけることは許されない。でも、なぜ彼らが悪の道に迷い込み、マフィア化するのか、その根本理由を直視しなければ、外国人犯罪は増えるいっぽうだろうと私は思うのです。 危険な目に遭いながらも私が取材を続けようと腹をくくったのは、外国人マフィアが置かれた実情をしっかり取材し、それを記録として世に出したいと、そう強く思ったからです。 デイリー新潮取材班 2021年8月10日 掲載
新潮社
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