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海外論文ピックアップ Lancet誌より
Lancet Infect Dis誌より極めて強力な多剤耐性腸内細菌がインド、英国に拡大インド亜大陸で入院歴のある渡航者からの分離目立つ
発見されて間もない薬剤耐性遺伝子「NDM-1」を保有し、ほとんどの抗菌薬に強い耐性を示す腸内細菌の感染が、インド亜大陸から欧州に広がっていることが分かった。インドMadras大学のKarthikeyan K Kumarasamy氏らが、Lancet Infectious Disease誌電子版に2010年8月11日に報告した。著者らは「プラスミド上に存在し容易に接合伝達されるNDM-1遺伝子は、公衆衛生上、世界的な問題になる危険性が明らかであり、国際的な監視が必要だ」と述べるとともに、近年盛んなメディカルツーリズムが感染拡大を加速させる危険性を指摘している。
近年、グラム陰性細菌による薬剤耐性獲得が増加しているが、その主な理由は、耐性遺伝子が乗ったプラスミドが様々な細菌に拡散していること、飛行機を利用した人の移動が増加していることだと考えられている。ひとたび登場すれば、耐性菌株のクローンは国境や大陸を超えて急速に広まっていく。
著者らは09年、インドのニューデリーを訪れ、多剤耐性を示すKlebsiella pneumoniaeに感染したスウェーデン人の患者から、βラクタム系抗菌薬に対する幅広い耐性を細菌に付与するNew Delhi metallo-β-lactamase(NDM-1)遺伝子(blaNDM-1)を持ち、耐性菌治療の最終兵器と見られているカルバペネムにも耐性を示すグラム陰性の腸内細菌を分離した。
そこで今回、著者らは、NDM-1遺伝子を有する多剤耐性腸内細菌の存在を主にインドと英国で調べた。
南インドのチェンナイと北インドのハリヤナで分離された腸内細菌と、03~09年に英国内で分離され、英国立リファレンス研究所(National Reference Laboratory)に薬剤耐性の評価を求められた株を対象に、PCRを行ってNDM-1遺伝子の存否を調べ、抗菌薬感受性を評価した。分離菌株間の遺伝的相同性はパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)により分析。接合伝達能力は、in vitroで大腸菌株J53を用いて確認した。英国の症例については、インドまたはパキスタンへの渡航歴と現地での入院歴を調べた。
カルバペネム耐性腸内細菌は、チェンナイで09年に分離された細菌株3521株の4%(141株)を占めていた。内訳は、Escherichia coliが75株、Klebsiella属が60株、その他の腸内細菌が6株。うち44株(耐性菌全体の1%弱。内訳はE. coliが19株、K. pneumoniaeが14株など)がNDM-1遺伝子を持っていた。同じ時期にハリヤナで分離されたカルバペネム耐性株は47株(198分離株中の24%)、うち26株(13%)はNDM-1陽性(すべてK. pneumoniae)だった。これらの細菌株は主に、市中獲得型の尿路感染症、肺炎、血流感染の患者から分離されていた。
一方、英国で保管されていたカルバペネム耐性腸内菌株を調べたところ、08年の分離株の中にNDM-1陽性細菌が存在していた。09年には全体の半分に近い44%(73株中32株)がNDM-1陽性を示した。08~09年のNDM-1陽性株は合計37株で、内訳はK. pneumoniaeが21株、E. coliが7株など。それらの菌株は29人の患者に由来し、尿(15人)や血液(3人)などから分離されていた。
27人中少なくとも17人はそれ以前の1年間にインドまたはパキスタンを訪れており、うち14人が現地の病院に入院していた。入院理由は、腎臓移植または骨髄移植、透析、脳梗塞、COPD、妊娠、火傷、交通事故、美容整形などだった。
チェンナイ、ハリヤナ、英国で分離された NDM-1陽性株は、コリスチンとチゲサイクリン(ワイス社「TYGACIL」、本邦未承認)以外の抗菌薬(イミペネム、メロペネム、ピペラシリン-タゾバクタム、セフォタキシム、セフタジダイム、セフピロム、アズトレオナム、シプロフロキサシン、ゲンタマイシン、トブラマイシン、アミカシン、ミノサイクリンについて評価)に強い耐性を示した。チゲサイクリン感受性株の割合は、英国が64%、チェンナイが56%、ハリヤナが67%、コリスチン感受性株はそれぞれ89%、94%、100%だった。
PFGEパターンは、ハリヤナで分離されたK. pneumoniae株がすべて同一クローンであることを示した。一方、英国とチェンナイの分離株は複数のクローンからなっていた。
ほとんどの株でNDM-1遺伝子はプラスミド上に存在していた。英国とチェンナイの株ではプラスミドの接合伝達が容易に起きたが、ハリヤナの株では接合は見られなかった。
上記以外に、インドの9都市、パキスタンの8都市、バングラデシュの1都市から分離された細菌についてもPCRによってNDM-1陽性細菌の感染が確認されており、この耐性遺伝子は既にインド亜大陸全体に広まっていると考えられた。
著者らは、「インドとつながりの深い英国の国内のあちこちでNDM-1陽性細菌が分離されたことは驚きではないが、インド滞在中に待機的な手術を受け、耐性菌に感染した英国人がいたことに注意しなければならない」と述べている。さらに、英国のみならず欧米の人々のインドへのメディカルツーリズムが増加していることから、「コストの安い医療を求める人々の移動が感染拡大を加速させる危険性がある」と警鐘を鳴らしている。
なお、わが国ではコリスチンの経口薬が使用可能だ。ただし、現時点では、適応は「コリスチン感受性の大腸菌・赤痢菌による腸管感染症」に限られている。静注薬は未承認だ。
原題は「Emergence of a new antibiotic resistance mechanism in India, Pakistan, and the UK: a molecular, biological, and epidemiological study」、概要は、Lancet Infectious Disease誌のWebサイトで閲覧できる。
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