https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-08-23-001
https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-12975.html
発表のポイント
- 擬一次元量子反強磁性体※1の磁区※2を光学的手法で簡便かつ短時間で可視化する方法を開発。
- 電場を与えると磁壁※3が移動することが判明。
- 磁区パターンの可視化および磁壁の制御は、反強磁性体を用いた次世代エレクトロニクスに展開できる可能性。
概要
反強磁性体、中でも擬一次元量子反強磁性体は、次世代エレクトロニクスへの応用が期待されるため、さまざまな研究が行われています。しかし、反強磁性体の磁区観察※4において擬一次元量子反強磁性体は磁気転移温度が低く、かつスピンの秩序化成分が小さいことから従来の手法※5での観察は難しいと予想され、これまで報告されていませんでした。
大阪公立大学大学院工学研究科の木村健太准教授(東京大学物性研究所客員准教授を兼任)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の諸見里真人大学院生、三宅岳志大学院生(研究当時、東京大学物性研究所)、東京大学物性研究所の益田隆嗣教授、東京大学大学院工学系研究科の木村剛教授らの研究グループは、擬一次元量子反強磁性体BaCu2Si2O7の方向二色性※6が現れる光の入射方向や波長などの条件を調べ、それに基づいて光学顕微鏡で観察したところ、明と暗の領域がそれぞれ異なる磁区に対応していることが分かりました。また、一定の外部磁場を与えた状態で電場を与えると、磁壁が移動することが判明しました。今回の観察手法をさまざまな擬一次元量子反強磁性体に適用することで、新たな知見が得られると期待されます。
本研究成果は、国際学術誌「Physical Review Letters」に、2024年8月22日(現地時間)にオンライン掲載されました。
研究の背景
物質の磁気的な性質を支配しているのは、ミクロな磁石である電子のスピンです。このスピン同士を互いに反対向きに並べようとする力(反強磁性相互作用)が働く物質を反強磁性体といいます。通常の反強磁性体では、磁気転移温度以上ではスピンの向きはバラバラですが、磁気転移温度以下になると、隣り合う電子のスピンは互いに反対方向を向くように秩序化します。このとき、図1の磁区Ⅰで示す状態と磁区Ⅱの状態はエネルギー的に等価であるため、単一の試料内に磁区が混在します。しかし、N極とS極の向きが決まっている棒磁石などとは異なり、秩序化してもスピンの向きは完全には定まっておらず、揺らいでいます。これを量子揺らぎといい、次世代エレクトロニクスへの応用などの観点から、現在活発な研究が行われています。量子揺らぎが顕著に現れる代表的な系が、擬一次元量子反強磁性体で、小さなスピン量子数※7(S = 1/2や1)をもった磁性イオンがチェーン状に配列した反強磁性体です。多くの擬一次元量子反強磁性体ではチェーン間に弱い相互作用があり、その相互作用の大きさで決まる非常に低い温度において、スピンは秩序化します。ところが、通常の反強磁性体とは異なり、スピンの量子揺らぎが顕在化するため、個々のスピンの秩序成分は著しく抑制されています。したがって擬一次元量子反強磁性体は、反強磁性磁区と量子揺らぎの関連性を探究するのに適していると考えられています。しかし磁気転移温度が低く、かつスピンの秩序化成分が小さいことから、従来用いられてきた手法で反強磁性体の磁区を観察することは難しいと予想され、これまで報告されていませんでした。
研究の内容
本研究グループは、一部の反強磁性体では方向二色性と呼ばれる光学現象を用いることで、磁区を可視化できることを2020年に世界に先駆けて報告しています。方向二色性とは、スピンの方向を反転すると物質の光吸収の度合いが変化する現象で、その発現には空間反転対称性と時間反転対称性の破れが必要です。本研究では、このような対称性の要件を満たす擬一次元量子反強磁性体として四半世紀もの研究の歴史をもつBaCu2Si2O7に着目しました。この物質では、最小のスピン量子数(S = 1/2)をもつ銅イオン(Cu2+)がジグザグのチェーン状に並んでおり(図2(a))、イオンのジグザグ配列とスピンの上下方向の配列が組み合わさることで対称性が破れ、方向二色性が発現すると考えました。これにより、試料に光を当てた際の透過光の強さの違いによって磁区Ⅰと磁区Ⅱを識別できることになります。この原理を利用すれば、光学顕微鏡という簡便な装置で磁区や磁壁の空間分布を可視化できると着想しました。
まずBaCu2Si2O7の光学的性質を調べ、方向二色性が現れる光の入射方向や波長を突き止めました。そして、この条件のもとで光学顕微鏡を用いて単結晶試料を観察した結果、図2(b)に示すような明瞭なコントラストが確認されました。明と暗の領域はそれぞれ異なる磁区に対応しています。また、異なる磁区の境界すなわち磁壁は直線状となっており、その方向はジグザグ鎖の方向(図2 c軸)と一致していることが分かりました。さらに、一定の外部磁場を与えた状態で電場を印加すると磁壁が動き、その運動の前後において磁壁の方向が保たれていることを発見しました(図3)。擬一次元量子反強磁性体の磁区パターンの観察と、磁壁の制御に成功したのは本研究が初めてです。
期待される効果・今後の展開
量子揺らぎが顕在化する擬一次元量子反強磁性体の磁区パターンについて、方向二色性を原理とした光学的手法で可視化できることが分かりました。本研究では電場により磁壁が動くことも運動前後の画像の比較から明らかになりましたが、今回用いた光学顕微鏡による観察は非常に簡便かつ短時間で済むため、今後、磁壁が動いている様子をリアルタイムで可視化することも期待されます。
反強磁性体は、従来の強磁性体よりも磁気的な外乱に強く、素子の高密度化や高速動作が可能といった特徴があるとされ、次世代メモリなどへの活用が期待されています。そのような用途では、磁区や磁壁の性質を理解することが重要になります。今回の観察手法をさまざまな擬一次元量子反強磁性体に適用することで、量子揺らぎが反強磁性磁区の形成や磁壁の運動に与える影響についての新たな知見が得られ、反強磁性体を用いた次世代エレクトロニクスの設計に役立つと期待されます。
資金情報
本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究「量子液晶の物性科学」(JP19H05823)、科学研究費助成事業(JP19H01847、JP21H04436、JP21H04988、JP24K00575)、文部科学省科学技術人材育成費補助金(卓越研究員事業)、村田学術振興財団、池谷科学技術振興財団の助成のもと行われました。
論文情報
- 雑誌名 : Physical Review Letters
- 題名 : Imaging and control of magnetic domains in a quasi-one-dimensional quantum antiferromagnet BaCu2Si2O7
- 著者名 : Masato Moromizato, Takeshi Miyake, Takatsugu Masuda, Tsuyoshi Kimura, and Kenta Kimura* (*責任著者)
- DOI : 10.1103/PhysRevLett.133.086701
用語解説
- ※1 擬一次元量子反強磁性体 :
- 小さなスピン量子数※7をもった磁性イオンがチェーン状に並んだ反強磁性体。実際の物質ではチェーン間にも相互作用があるため、先頭に「擬」の文字が付される。
- ※2 磁区 :
- 磁性体の内部は一般に、スピンの向きが互いに180度反転した2種類の領域に分かれている。この領域のことを磁区と呼ぶ。よく知られている例として、強磁性体における強磁性磁区(磁化の向きが互い反対の領域)が挙げられる。
- ※3 磁壁 :
- 異なる磁区を隔てる境界のこと。
- ※4 反強磁性体の磁区観察 :
- 反強磁性体は正味の磁化をもたないため、磁気光学効果による磁区の可視化は一般にできない。そのため、反強磁性磁区の観察には、高強度レーザーを用いた非線形光学イメージングや放射光を用いた磁気共鳴回折イメージング、漏洩磁場に敏感な探針を走査する走査型プローブ顕微鏡などが用いられる。
- ※5 従来の手法 :
- マクロな磁化をもつ強磁性体の磁区はファラデー効果やカー効果といった磁気光学効果を用いることで比較的容易に可視化できる。
- ※6 方向二色性 :
- 磁性体において発現する特殊な光学現象。光の入射方向あるいは磁性体のスピンの向きを反転すると、物質の透過率(あるいは吸収係数)が変化する。この現象が現れるためには、物質の空間反転対称性と時間反転対称性が共に破れている必要がある。
- ※7 スピン量子数 :
- スピン角運動量の大きさを特徴づける量子数で、素粒子の種類ごとに決まった値をとる。電子のスピン量子数は1/2である。磁性イオンに複数の不対電子があるとき、スピン量子数は合成されて1, 3/2, 2,…といった値を取りうる。この合成スピン量子数が各磁性イオンのもつスピン量子数といえる。磁性イオンのスピン量子数が小さいほど、スピンの量子揺らぎの効果は顕在化しやすい。
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