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榊原謙
「働き方改革関連法」が成立し、残業時間に上限を設ける規制が今春から企業や団体に順次導入され始めました。私立学校も規制の対象になりますが、現場の対策は進んでいません。長時間労働を強いられ、残業代も十分に支払われない先生たちは少なくなく、労働基準監督署から是正勧告を出される私立高校も相次いでいます。(榊原謙)
「働き方改革」半年
「部活動、寮の管理、体育祭や文化祭などの企画運営、学校ホームページや公式フェイスブックの更新。残業時間は毎月100時間ほど、ある月は170時間」
「膨大な授業準備と分掌業務、深夜に及ぶ寮の管理は過酷そのもの。明日が来ることに絶望と恐怖を覚えた」
「授業準備や定期考査の問題作成、採点はすべて時間外労働で手当も出ない。考査の前後は最低賃金以下で働いた」――
千葉県鴨川市の文理開成高校で、非正規教員として働いていた2人と今も働く1人(いずれも20代)の手記には、過酷な勤務の実態が生々しくつづられていた。
3人が加盟する労働組合「私学教員ユニオン」が8月、記者会見して示した。
先生兼「寮の管理人」
3人のうち、常勤講師だった2人は教員としての本業に加え、生徒が入る寮の管理を住み込みで担っていた。
どんな生活だったのか。
午前7時、寮で生徒を点呼。生徒を学校に送り出し、自らも急いで登校し、授業。合間に寮を掃除する。午後4時に寮に生徒を迎え入れ、学校に戻って部活動や授業準備に追われる。夜は寮の夕食の配膳や皿洗い、点呼、管理職へのメール報告などが消灯時間の午後10時まで続く。
消灯後も生徒が寮を抜け出せば、探し出して指導。生徒が体調を崩せば救急病院に連れて行く。深夜の寮内外の巡回などでほとんど眠れない日もあり、「24時間気が休まらなかった」。
これだけ働いても、賃金は月約22万円、手取りは月18万円ほどにとどまったという。
過労死ライン超え
学校側はどんな労務管理をしていたのか。
同校にはタイムカードがなかった。教員たちは朝、出勤簿という帳簿に判子を押すだけ。教員の勤務時間を把握するしくみに乏しく、残業代も十分に支払われなかったという。
耐えかねた3人は今年、私学ユニオンに加盟。時間外労働は最大で「過労死ライン」を大幅に超過する月177時間、未払い残業代は計約900万円まで膨らんだ、とユニオンは主張する。
業務にあらず?
ユニオンと3人は改善を求めて、4月から学校側と団体交渉を始めた。すると学校側はこう反論してきたという。
「部活や寮の管理はやれと言っていないので、労働時間ではない」
長時間労働の要因になっていた寮と部活動について、学校側は「具体的な指示を出していない」という立場で、残業代の支払い対象にならないという論理だったという。
だが元教員の1人は、寮の規則を作った校長(当時)から「このルールを守らない寮生には厳しくしろ」、「生徒募集につながるから、部活動に力を入れるように」などと「指示」を出されていたとし、業務と受け止めていた。
労基署が認定
同校を管轄する木更津労働基準監督署は調査の結果、労働基準法で定める労働時間を超える時間外労働や残業代の未払いがあると認め、6月に同校を運営する学校法人に是正勧告を出した。寮の管理と部活動も業務として認定されたという。
同校の校長(当時)は翌月、「ご心配とご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げます。このような事態となったのは全て私の不徳の致すところ」などとする謝罪文を公表。9月に引責辞任した。
残業代はなお未払いだが、学校側は取材に「相次ぐ台風で学校も相当に被害を受け、交渉が一時中断していた。交渉再開のメドはついており、今後、最終決着に向けて前進すると思う」とした。
相次ぐ是正勧告
5月には中高一貫校を運営する橘学苑(横浜市鶴見区)に、7月には商業高校などを運営する京華学園(東京都文京区)に対しても、残業代の未払いなどでそれぞれ労基署から是正勧告が出された。
京華の元非正規教員は「教師として生徒を応援するのは当たり前。ただ、学校に12時間いるのは職務のためだと認めてほしかった」と話す。
2割が「要改善」
教員の時間管理に特別な枠組みがある公立学校と異なり、私立学校には企業と同じように労働法制がかかる。教員に残業や休日出勤をさせるならば、労使で協定を結び、残業代を支払う必要がある。
さらに、働き方改革関連法の成立で、どんなに忙しい月であっても残業を月100時間未満に抑えなければ、罰則が科される。大企業には今年4月、中小企業には来年4月から義務づけられる。私立学校も同様だ。だが、対応はなかなか進んでいないようだ。
公益社団法人の私学経営研究会の2017年の調査では、回答した私立高の4分の1が教員の勤務時間の管理に関する調査を労基署から受けた。10・3%の高校が指導を受け、8・5%の高校には是正勧告が出た。2割弱の私立高が改善を迫られたことになる。
少子化が一因?
なぜ学校現場の長時間労働は減らないのか。
埼玉大の高橋哲准教授(教育法学)は「私学は少子化で経営が厳しくなる傾向にある。人件費削減のため教員数を減らし、結果的に残った先生の業務負担が増えている。経営者の力が強い学校も多く、経営陣に労働条件の改善などを要求しにくい雰囲気もある」と指摘する。
そのうえで「教員は長く『聖職者』とされてきた。確かに一般の労働者とは違う専門性がある。だが、最低限の待遇や労働条件は守られるべきだ。校内に問題や不正があれば、先生たちも団体交渉をしたり、労基署など外部に是正を求めたりするべきだ」
埼玉大の高橋哲准教授(教育法学)の話
――私立高校の先生の長時間労働が問題になっています。
「私学は少子化で経営が厳しくなる傾向にある。人件費の削減のために教員数を減らし、結果的に残った先生の業務負担が増えている。また私学でも学習指導要領の適用がほぼ前提になっており、プログラムの増大が多忙化につながっている。子どもの数を確保するための広報活動や、学校の特色を出すための補習授業、進学率を上げるための取り組みなど、プラスアルファの活動が増え続けている現状がある」
――私学特有の問題はありますか。
「私学は経営者の力が強いことが多い。一族支配の場合、教員が組合に入ることを事実上抑制させたり、労働チャンネルを使って経営陣に労働条件の改善などを要求しにくい雰囲気があったりする」
――非常勤の教員が正規教員になるために、長時間労働に耐え忍んでいるという例もありました。
「民間企業でも、身分保障が安定していない非正規労働者が、労働者の権利を主張しづらいケースはよくあり、それは教員の世界でも同じだ。私学の場合、採用の際に、学校側の裁量が大きいことが特徴で、理事会のさじ加減で労働条件が決まり、教員側には『嫌われたら正規になれない』というプレッシャーがかかってしまう」
――長時間労働の大きな要因である部活動について、労基署が「労働時間」と認定するケースが出ています。
「部活動も学校の指揮監督下で業務としてやられており、労働時間と当然に見なされるべきだ。公立校では、部活動が校長の指揮監督下ではなく教員の『自発的な活動』とされ、文部科学省は労働時間として認めてこなかった。だが、私学で部活動が労働時間と認められているのに、公立では認められない、では理屈に合わない。労基署が部活動を労働時間と認めたことは当然だと考えるが、一方で、公立の部活動の問題に照らして考えれば画期的だ」
――是正勧告が私学に相次いで出されていることの受け止めは。
「当然のことだ。教員は長く『聖職者』とされてきた。確かに教員には一般の労働者とは違う専門性がある。だが、最低限の待遇や労働条件は守られるべきだ。校内に問題や不正があれば、先生たちも団体交渉をしたり、労基署など外部に是正を求めたりするべきだ」
私立学校には企業と同じ規制がかかる
○残業に関わる罰則
企業 月100時間以上の残業など※
私立学校 月100時間以上の残業など※
公立学校 規定なし
※大手は今春、中小は来春導入
○残業代
企業 所定の割増賃金
私立学校 所定の割増賃金
公立学校 残業代はなく、月額給与の4%を一律支給
○主な根拠法
企業 労働基準法
私立学校 労働基準法
公立学校 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法
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