https://news.yahoo.co.jp/articles/2a8307dc78bd5857fc958674c251e6d3874b2c69
AI技術は、電気、インターネットに続いて産業構造に変化をもたらす「第四次産業革命」の中核として注目されている。 この変革の波のなかで、新たな職種が生まれており、その最前線に立つのが「MLエンジニア(機械学習エンジニア/Machine Learning Engineer)」だ。MLエンジニアの需要は、IT産業に留まらず、金融、医療、小売など、従来はAI技術とは縁遠いと思われていた幅広いセクターでも急速に高まっている。
アメリカのリクルーティングプラットフォームの「Greenhouse」によると、MLエンジニアは最も需要の高い職種の一つであり、その給与中央値は前年比25%増の約22万7,000ドル(約3,500万円)に達している。
AI技術による企業のDX戦略
この需要の高まりは、企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)戦略と密接に関連している。AI技術の導入は企業にとってはもはや選択肢ではなく、生き残りをかけた必須の戦略になっているからだ。 目的は、競争力の更なる強化であり、AI技術は顧客ニーズ予測、業務プロセスの最適化と自動化、新製品開発の加速など、多岐にわたって競争力の優位性を確保する。さらに経営判断をサポートする上で不可欠なツールとなりつつあるのが、データ駆動型意思決定である。膨大なデータから有意義な洞察を導きだし、迅速かつ正確な判断を下すことから、競争力向上に直結する手法と言われている。 その他にも、資産運用やカスタマー・エクスペリエンスの向上など、AI技術を活用した新たな取り組みも進んでいる。 AI技術によるDXの真の価値は、単なる効率化や自動化にとどまらないところにある。例えば、製造業が予測保全サービスを提供し、製品販売からサービス提供へとビジネスモデルをシフトさせるなど、ビジネスの概念そのものを再構築し、顧客との関係性を根本から変える可能性がある。こうした変革は、企業の収益構造を大きく変え、新たな成長機会を創出している。
そんな企業のDXの中心的役割を担うであろうMLエンジニアには2つのスキルが必要だと言われている。それは「技術的スキル」「非技術的スキル」である。 技術面では、高度なプログラミングスキルはもとより、アルゴリズムへの本質的理解、機械学習モデルの設計・最適化に必要な数学的知識、データの適切な解釈、結果の信頼性を評価するための統計学の深い理解が不可欠である。特に、深層学習や強化学習などの先端技術に関する知識と実装能力は、今後ますます重要になると予想される。また、大規模なデータ処理や分散コンピューティングの技術、クラウドプラットフォームの活用能力、AIモデルの運用や保守、継続的な改善を行うためのMLOps(Machine Learning Operations)の知識と経験も重要性を増している。 非技術面では、ビジネス課題を理解し、AI解決策を提案する能力、複雑な技術を非技術者に説明するコミュニケーション能力が問われる。さらに、AI技術の急速な進化に追随するため、常に最新動向を学び続ける姿勢が求められる。特に近年、AI倫理への注目が高まっており、公平性、透明性、説明可能性、プライバシー保護などに対する深い理解は欠かせない。加えて、AI技術が社会に与える影響を多角的に分析し、持続可能な開発を推進する視座の高さも求められる。 つまり、MLエンジニアには、高度な技術力だけではなく、ビジネス感覚、コミュニケーション能力、学習能力、倫理観など、領域横断的なスキルセットが求められることが分かる。技術を追求する従来のソフトウェアエンジニアとは一線を画す「ハイブリッド型人材」であり、この複合的なスキルセットの希少性に加え、企業におけるAI技術の重要性が給与を押し上げる要因となっている。
AIの社会実装が生む新たな人材需要
AI関連の人材需要は、MLエンジニアにとどまらず、テクニカルリクルーターや施設管理者といった新しい職種も創出している。 テクニカルリクルーターとは、企業のAI・技術チームを強化するための優秀な人材を見つけるのが役割だ。エンジニアの能力を評価するため、リクルーターも当然ながらAI技術に関する深い理解と、候補者を評価する能力が求められる。テクニカルリクルーターの給与も上昇傾向にあり、前年比で約20%増加したとの報告もある。 施設管理者は、AIやIoT技術を導入したスマートビルディングなどの施設で最新のテクノロジーを理解し、効率的に施設を管理できる人材を指す。施設管理者には、エネルギー管理、セキュリティ、環境モニタリングなど、AI技術を活用した様々なシステムを統合的に管理する能力が要求される。 その他に、AI技術の開発や運用における倫理的問題を分析し、ガイドラインを策定するAI倫理スペシャリスト、AIプロジェクトの計画立案から実行、評価までを統括し、技術チームとビジネス側のニーズを調整するAIプロジェクトマネジャーなど、AI技術の社会実装に対応する職種も誕生している。
AIはヒトの置き換えにはならない
2023年のLinkedInの調査によると、MLエンジニアは最も需要の高い職種のひとつだと報告されている。世界経済フォーラム(World Economic Forum)でも、データサイエンティストとAIのスペシャリストが今後5年間で最も需要が高まる職種の上位として挙げている。
技術の急速な進歩に加え、高度な専門性を必要とすること、教育機関の対応の遅れや実務経験を持つ人材が少ないことなど複合的な要因で、人材は世界的に不足しており、この状況は今後しばらく続くと予想されている。
AI技術に伴う人材需要の変化は、冒頭で述べたような産業構造の長期的な変化を反映しているのは明らかだろう。AI技術が人間に置き換わるのではという見方もあるが、AIが新たな汎用技術(General Purpose Technology)になるなら、置き換えではなく、人間ならではの創造性、批判的思考力、倫理観を活かして、むしろ機会は増幅すると言えるのではないだろうか。
このような状況下で、企業や教育機関は、この人材不足を量的な問題ではなく、むしろ質的な問題としてとらえ、高度な専門性と広い知識と人間性のバランスがとれた「T型人材」(高度な専門性と広い知識をもった人材。「T」の縦棒が特定分野における深い専門性、横棒が他分野にわたる幅広い知識や理解を指す)の育成に取り組むべきだと思う。AI時代における人材育成は、単なる技術習得を超えた、社会全体の課題として取り組むべき重要なテーマであると言えるのではないだろうか。
文:水迫尚子/編集:岡徳之(Livit)
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