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巨大リスクに引き換え、リターンが小さい──。
2023年、巨大な不正事件が発覚したビッグモーター。その顛末は、保険会社も巻き込んだ一大スキャンダルとなった。
倒産の瀬戸際にあった同社の買収に踏み切ったのは、意外にも大手総合商社の伊藤忠商事だった。
今も裁判が続くなど巨大なリスクがあるうえに、そもそも中古車業界で利益を出していくのは至難の業だ。
そのため、これまでの歴史を振り返っても大手が参入することのなかった業界なのだ。
そんな中古車業界にあえて飛び込んだ伊藤忠に、勝算はあるのか。
再建のキーパーソンに直撃すると、ビッグモーター買収を通じて狙う野望が次々に飛び出した。その言葉に、耳を傾けてみよう。
INDEX
- 岡藤会長の「行け!」
- 他社は絶対参入しない
- データ経営と、「当たり前のこと」
- これからは「整備」の時代
- コードネームは「ガメラ」
岡藤会長の「行け!」
──ビッグモーターの再建を手掛けようと決めたのは、いつですか。
吉田 2023年7月にビッグモーターの不正をテレビのニュースで見たときです。その場ですぐに2~3人の知り合いに電話をしました。
そのうちの1人がジェイ・ウィル・パートナーズの社長で、すぐに話がまとまりました。その話を伊藤忠商事に持っていき、3社のプロジェクトになりました。
ここまではニュースが出てから2日程度で決まりましたが、その先が長かった。
複数の会社が再建に名乗りを上げ、我々が独占交渉権を獲得したのは11月でした。そこから2024年4月まで、デューデリジェンスをしながら買収のスキームを固めていきました。
最初はドタ勘で「やるぞ!」と走り出しましたが、その後は伊藤忠グループの財務や法務、リスク管理部門などグループを挙げてビッグモーター社を分析し、詰めていきました。
最終的に、WECARS(ウィーカーズ)の発足を発表できたのは5月になってからでした。
時間はかかりましたが、最後までたどり着けたのは、岡藤(正広)会長の存在が大きかったと思います。
ビッグモーターの話を最初にしたときも、即答で「行け」と。
トップの一言で、進み方は大きく変わります。岡藤会長は、とにかく「最後まで行け」と。
そしてゴーサインを出してからは、一切、口を出しませんでした。だから他の陣営よりもスピード感を持って進められたんです。
他社は絶対参入しない
──岡藤会長が「行け」と後押しした理由は何ですか。
「天才系」の経営者なので、何かしらの確信があったのでしょう。それに、彼は上がってきた案件にむやみにダメ出しをしたりしません。
もちろん、案件が勝ち残るまでには色々なチェックが入るので、最終的に断念することはあります。
ただ、やる前から諦めていたら何も起きない。だから「行け」というタイプなんです。
厳しいけれど、自由にやらせてくれる。いちいち報告を求めることもない。これだけ権限を委譲してくれるトップはあまりいないと思います。
その意味でも、 岡藤会長は次元の違う経営者です。
──とはいえ、ビッグモーターは不正で世間をにぎわせた会社です。買収によって、伊藤忠のブランドが毀損するとは思わなかったですか。
それはよく言われるのですが、そうした発想は1ミリもありませんでした。
ビッグモーターを立て直せたら、困った人たちを助けられます。中古車は社会に必要なものなので、きちんと流通させなければいけない。
自動車業界は新車メーカー、部品のサプライヤー、中古車などいくつものレイヤーがあります。中古車産業は、その中でも裾野に近い産業です。
他の商社はこの領域を触ろうとしませんが、われわれは住宅のリフォームや物流など裾野産業をたくさんやってきましたし、私は伊藤忠でダメになった会社をいくつも立て直してきました。
だから、ブランドが毀損するとは、まったく思わなかった。
──これまでは、どんな会社の再生を手掛けてきたのですか。
まず、アメリカの釘やネジなどの建材卸の会社を立て直しました。
その様子を見ていた岡藤会長から、次はアメリカのフェンスの会社を再生してほしいと言われました。
伊藤忠の米国法人が投資した案件なので、アメリカ側で見ていたのですが、もう何年も赤字が続いていました。それで本社が関与することになり、立て直しを任されたんです。
もともとリストラの再建プランがあったのですが、それをひっくり返してトップライン(売り上げ)を伸ばして利益率を上げる方向に切り替えました。大変な作業でしたが、結果的に正しい判断でした。
ただ、再建を進めるためには、まずはしっかり膿を出し切る必要があり、かなりの損を出すことになりました。
岡藤会長にそれを報告に行くと、そのときも、一言「やれ」と。あの勘所や度胸は、本当にすごいと思いますね。
データ経営と、「当たり前のこと」
──具体的に、どのように会社を再建していったのですか。
20年近く放置されていた基幹システム(ERP:財務や会計、生産管理など基幹部門の業務を管理するシステム)を作り変えました。
それまでは「どこでもいいから売る」といった雑な経営でしたが、どんな商品が売れているか、どんな仕入れ先だったら利益が出るかなど、データに基づいた経営に切り替えたのです。
その結果、今ではフェンスを含む北米の建材事業は安定して200億円を超える純利益を出しています。
また、イギリスでも再生案件を手掛けました。タイヤ小売り大手の「クイックフィット」です。
買収の視察で初めて店舗に行ったとき、ひどい場面に遭遇しました。
おばあちゃんのお客さんがモジモジしながら「タイヤを直して」と言っているのに、タトゥーの入った店員は電話をしていて、おばあちゃんの顔を一瞥してどこかに行ってしまった。
心底、ひどい会社だなと思いました。
しかし一方で、うまく改善できればいい会社になるとも確信しました。
最初は、制服をきちんと着てもらう、お客さんが来たらおしゃべりを止めるといった本当に当たり前のところから始めました。
時間はかかりましたが、ここもしっかり立て直すことができました。
こうした経験があるからこそ、ビッグモーターもやる気になりました。今回の買収は伊藤忠グループのM&Aの経験が生きているんです。
これからは「整備」の時代
──そうした立て直しの経験は、今後どんなところに生きてくるのでしょうか。
クイックフィットの事例を日本で展開すれば、勝算は十分あります。
クイックフィットはタイヤの小売店ですが、タイヤやブレーキといった部品の簡単な修理もやっています。
最近は特に整備に力を入れていて、英国に4つの整備士の養成所もあります。欧州の新車メーカーの動きを見ていて、これからは整備が重要になるとみているからです。
新車メーカーはブランドごとに店舗が必要なので、10個のブランドがあれば、10個のディーラーが必要になります。しかし、店舗を出すには大きな投資が必要です。
一方で、テスラのようにインターネットでクルマを売るメーカーも出てきています。
インターネットで直販するなら、店舗は要らなくなります。しかし、納車ポイントや整備工場は依然として必要です。
実際、ある自動車メーカーから「ネットでクルマを売るので、クイックフィットで納車や整備をできないか」といった話が来ています。
この話を聞いて、これからはしっかりと整備ができるところに商売が流れてくるなと感じました。
この流れは日本にもくると考えて、去年8月にはナルネットコミュニケーションズという自動車のメンテナンスや整備を手掛ける会社に出資しました。
──ビッグモーターの不正が問題になった頃ですね。
はい。ビッグモーターは全国に250の店舗と充実した整備工場を130カ所持っています。これにナルネットなどの整備工場を合わせれば、一大整備チェーンができるかもしれません。
そう感じたことも、ビッグモーターの買収に魅力を感じた大きな理由です。
それに、(伊藤忠子会社の)われわれ伊藤忠エネクスには4つの事業があり、自動車関連の「カーライフ」が一番の稼ぎ頭です。
日産のディーラーからガソリンスタンドまで、様々な自動車関連事業を手掛けています。
デューデリジェンスのときに、ビッグモーターとエネクス、伊藤忠グループの自動車関連事業の現状をまとめました。
エネクスの事業にビッグモーターの事業を加えると、自動車のアフターマーケットを幅広くカバーできます。
さらに、伊藤忠グループのICT事業や輸入車のヤナセ、データを活用したWebマーケティングなどが加われば、自動車関連事業をほぼ全てカバーできます。
──具体的に、どんなシナジーが考えられますか。
例えば、レンタカー事業です。
今、全国のガソリンスタンドに伊藤忠エネクスが開発したレンタカーのシステムを提供して月額課金を得ています。これをウィーカーズの店舗に導入することも考えています。
エネクスのカーライフ事業よりウィーカーズのほうが規模も利益も大きいので、エネクスの事業をウィーカーズに持っていくぐらいのイメージを持っています。
コードネームは「ガメラ」
ちなみに、デューデリジェンス中は、ビッグモーターのプロジェクトを「GAMERA(ガメラ)」と呼んでいました。
──なぜ、ガメラなんですか?
なんとなく、イメージで(笑)。
ビッグモーターの看板の文字が「GAMERA!」という感じがしたのと、ロゴが亀みたいに見えるので「ガメラ」で行こうと。
──5月のウィーカーズ設立発表から3カ月が経ちました。立て直しの課題はどこにあると感じていますか。
ビッグモーターには月次決算する会計システムもなければ、人事評価制度も、ERPのような基幹システムもありませんでした。今、それらをゼロからつくってもらっています。
フェンスの会社を再建したときの経験からも、ERPは立て直しのカギを握ると思っています。
5600人いた従業員も今は4000人ほどですが、新規採用はしていません。教育システムがまだないので、採用する段階ではないと考えているからです。それらを整えてから進めていくことになるでしょう。
以前は、採用をしても6割が自然離職していました。5000人いたら3000人が辞めていたわけです。教育をせずに厳しいノルマを課すので、離職率が高かったのです。
不正を根絶するためには、精神論だけでなく、不正ができない仕組みが必要です。
例えば、事故に遭った瞬間に車載カメラなどで記録を残せば、事故以外で生じた故障の請求といった不正をなくせます。
水没したクルマは光で検知できるようにしたり、技術によって不正を防ぐ仕組みはつくれます。
正しい業界にしていくことが、われわれの使命です。ただ、簡単なことではないので、軌道に乗るまでに3年はかかるとみています。
──お客さんの反応はどうですか。
ピーク時と比べると最悪の時期は売り上げが1割まで落ちました。それが今は4~5割まで戻っています。
買い取りも8割まで回復しています。数字は毎月改善しているので、焦らずやっていくことが大切です。
多くの企業から「一緒にやろう」といった提案も受けています。こうしたパートナーの多さも伊藤忠の強みです。
中古車業界は不正が心配という声があるので、ウィーカーズが扱うクルマは伊藤忠グループが総力を挙げて「伊藤忠認定」と言えるようなところまで持っていくことが必須だと思っています。
取材・執筆:北川 文子
取材・編集:キアラシ ダナ
デザイン:國弘 朋佳
取材・編集:キアラシ ダナ
デザイン:國弘 朋佳
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