【発表のポイント】
- 合成の難しい天然有機化合物(天然物)を、他の天然物そのものの化学構造を変換することで有用な化合物の創製に成功しました。
- ゲノムマイニングと異種発現を基盤とする合成生物学的手法と有機合成化学を融合した新しい分子創製アプローチの提案です。
- ポリケチド-ペプチド融合型マクロ環化合物からなるDNAエンコードライブラリーの構築法を確立しました。
【概要】
植物や微生物が作り出す天然有機化合物(天然物)は、医薬品、香料および染料など様々な用途に利用されてきましたがその合成には困難さがありました。近年、遺伝子資源の中から望みの天然物の生合成(注1)に関わる遺伝子を探すゲノムマイニング(注2)が可能となり、その生合成遺伝子を異種発現(注3)させることで、所望の天然物を安定的に供給する合成生物学(注4)を用いる手法が開発されました。
東北大学大学院薬学研究科の浅井禎吾教授の研究グループは、糸状菌のマクロライド天然物(注5)を合成生物学的に供給し、それらを化学変換することでポリケチド部品(注6)として調製し、別途合成したペプチドと二点での独立した連結反応により、ポリケチド-ペプチド融合型マクロ環化合物(注7)の創製に成功しました。さらに、DNAタグを付加したペプチドとマクロライド由来のポリケチド部品との環化反応を達成し、新規ポリケチド-ペプチド融合型マクロ環DNAエンコードライブラリー(注8)の創製法の基盤を構築しました。今後、これらの化合物のライブラリーを創製することで、医薬品の候補となる化合物の発見に繋がることが期待されます。
本論文は、合成生物学と有機合成化学を融合した新しい分子創製のコンセプトを提案する成果であり、2024年10月16日付で科学誌 Organic Lettersにオンライン掲載されました。
【用語解説】
注1. 天然物の生合成:天然物は生体内で一次代謝物を原料として、連続的な酵素反応によりつくられる。その過程を生合成と呼ぶ。また、天然物の生合成は多段階の酵素反応からなり、その変換経路を生合成経路と呼ぶ。全ての天然物に固有の生合成経路があり、その情報は生物のDNAにコードされている。
注2. ゲノムマイニング:生合成研究の情報をもとに、目的の生合成遺伝子をデータベースなどの遺伝子情報から探索する方法。生合成研究の飛躍的な発展により、遺伝子情報から生産される化合物の特徴がある程度予想できるようになった。一方で、未開拓な生合成遺伝子が豊富に存在することも明らかとなり、新規天然物の生合成に関連した遺伝子が数多くゲノム上に隠されていることもわかってきた。
注3. 異種発現:遺伝子機能を解析する手段の一つ。糸状菌の遺伝子機能を調べるホストとしてAspergillus oryzae (麹菌) が良く用いられている。導入した外来遺伝子がホスト内で発現し、それによって生じたタンパク質の機能を、表現型を通じて解析する手法。天然物生合成経路に関わる遺伝子を異種発現することで、生合成経路を再構築することができ、導入した遺伝子にコードされる生合成経路で作られる天然物を生産することができる。遺伝子情報を天然物へと変換できる強力なツールとしても利用されている。
注4. 合成生物学:目的の機能を有する生物を設計し構築する学問領域。天然物の領域では、生合成遺伝子を導入することで目的の天然物の生産能を有する微生物や植物を作り出す目的で実施される。遺伝子情報を天然物へと変換する強力な手法である合成生物学的手法は、天然物研究の歴史と天然物の複雑な構造による新規性の欠如、安定供給や構造展開の困難さなど、天然物創薬のボトルネックを解消し、天然物を再び創薬に利用可能にする学術領域として期待されている。
注5. マクロライド天然物:ポリケチド天然物の一種。糸状菌では、高還元型ポリケチド合成酵素によって作られた炭素骨格がチオエステラーゼによって環化されることで生じる大環状化合物である。炭素数や官能基の違う多様な構造が存在する。高還元型ポリケチド合成酵素とチオエステラーゼを指標としてゲノムマイニングすることができる。公開データベース上には、数百ものマクロライド化合物の生合成を担うと予想される高還元型ポリケチド合成酵素とチオエステラーゼが存在する。すなわち、ゲノムマイニングと異種発現を利用すれば多様なマクロライド化合物を取得することが可能な状況にある。
注6. ポリケチド部品:ポリケチド天然物はポリケチド合成酵素によってつくられる連続した炭素鎖からなる天然物である。注5のマクロライド天然物もポリケチド天然物に含まれる。炭素数や修飾様式はポリケチド合成酵素はポリケチド合成酵素ごとに違う。ポリケチド合成酵素は遺伝子資源の中に膨大な数が存在している。つまり、ゲノムマイニングと異種発現を利用すれば膨大な数のポリケチドが得られる。また、異種発現では、ポリケチドを様々な用途に利用するのに十分な量が供給できるため、ポリケチドを加工して、様々な分子創製に組み込むことができる。このようにポリケチドをあたかもものづくりの部品のように利用できる。
注7. ポリケチド-ペプチド融合型マクロ環化合物:ポリケチド天然物とペプチドが融合した天然物の一種。抗生物質や抗がん剤として期待される生物活性を有した天然物も報告されており、これら天然物に類似した構造を網羅的に探索することによって、医薬品の候補となる化合物の発見が期待される。
注8. DNAエンコードライブラリー:近年注目されている創薬手法の一つ。各化合物に固有の塩基配列を有するDNAタグを付与した化合物からなるライブラリー。標的タンパク質とDNAエンコードライブラリーを混合し、洗浄を繰り返したのち残った化合物のDNAタグをPCRによって増幅し、次世代シーケンサーで解析することで、標的タンパク質と親和性の高い化合物を特定することができる手法である。そのため、化合物ライブラリーを混合物のまま効率よく評価することができる。独創的な化合物からなるDNA-エンコードライブラリーの構築が望まれている。
【論文情報】
タイトル:Semi-synthesis of a DNA-Tagged Polyketide−Peptide Hybrid
Macrocycle Using a Biosynthetically Prepared Fungal Macrolide as a
Synthetic Component
著者:Soya Koremura, Akihiro Sugawara, Yohei Morishita, Taro Ozaki, Teigo Asai
*責任著者:東北大学大学院薬学研究科 教授 浅井 禎吾
掲載誌:Organic Letters
DOI: 10.1021/acs.orglett.4c03588
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
教授 浅井 禎吾
TEL:022-795-6822
Email:teigo.asai.c8*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
総務係
TEL:022-795-6801
Email:ph-som*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
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