2023年2月14日火曜日

「常識はずれ」な光触媒を開発~太陽光と水と酸素で 過酸化水素(H2O2)を合成~

https://tiisys.com/blog/2019/07/02/post-28366/


2019-07-02 大阪大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 過酸化水素(H)は漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であり、燃料電池発電の燃料となるエネルギーキャリアとしても有望視されているが、水素ガス(H)を原料とするエネルギー多消費型のプロセスにより合成されており、地球上に豊富に存在する原料から再生可能エネルギーを用いて合成する方法が期待されていた。
  • 今回、塗料や接着剤として用いられる汎用のレゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂(絶縁体であるため、これまで半導体光触媒には用いられてこなかった)を、独自の高温水熱法により合成することにより、太陽光エネルギーを用いて水と酸素(O)からHを最大効率で生成するRF光触媒樹脂の開発に成功した。
  • をオンデマンドで生成する抗菌・殺菌デバイスの実現、並びにHをエネルギーキャリアとする新エネルギー社会の実現に向けての社会実装が期待できる。

大阪大学 太陽エネルギー化学研究センターの白石 康浩 准教授、平井 隆之 教授らの研究グループは、太陽光照射下、水と酸素(O)を原料とする非常に高いH合成活性を示す新規光触媒として、レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)光触媒樹脂を開発しました。

は漂白剤や消毒剤として重要な化学物質であるほか、酸化剤や還元剤として燃料電池発電の燃料にも利用できるため、近年は再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリア注1)としても注目されています。従来のH合成は、HとOを多段階で反応させるエネルギー多消費型のプロセスにより行われています。これに対して光触媒注2)反応では、太陽光エネルギーにより水と酸素ガス(O)からHを製造する(HO+1/2O→H)ことが原理的には可能であり、省エネルギープロセスとして期待されています。しかし、通常の光触媒では、水の四電子酸化(2HO→O+4H+4e)と、Oの選択的な二電子還元(O+2H+2e→H)を進めることは難しく、新しい光触媒の開発が求められていました。

研究グループでは、塗料や接着剤として用いられる汎用の合成高分子、レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂注3)に着目しました。RF樹脂は、本来、絶縁体であるため、これまで半導体光触媒の候補として考えられたことはありませんでした。研究グループは、高温水熱法注4)で合成する独自の方法により調製したRF樹脂粉末が半導体光触媒として働くことを初めて見いだしました。この「常識はずれ」な発見により合成したRF光触媒樹脂(図1)は、これまでに報告された粉末光触媒による太陽エネルギー変換反応としては最大の効率でHを合成することができます。

開発した光触媒樹脂は1µm程度の球状粒子であり、取り扱いも容易なため、さまざまな加工により社会実装が期待できます。また、今回の光触媒設計を応用することで、さらに高活性なH合成触媒が創製できると期待できます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Materials」のオンライン版にて2019年7月1日16時(日本時間7月2日0時)に公開されます。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「再生可能エネルギーの輸送・貯蔵・利用に向けた革新的エネルギーキャリア利用基盤技術の創出」(研究総括:江口 浩一 京都大学 大学院工学研究科 教授)の研究課題「太陽光により水と酸素から過酸化水素を製造する革新的光触媒の開発」(研究者:白石 康浩 大阪大学 太陽エネルギー化学研究センター 准教授)の支援で実施されました。

<研究の背景>

は漂白剤や消毒剤として不可欠な化学物質です。またHは燃料電池発電のための燃料として使えるため、近年、再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリアとして注目されています。しかし、従来のH合成は、HとOを多段階で反応させるエネルギー多消費型のプロセスにより行われています。

これに対して光触媒では、太陽光エネルギーにより水とOからHを製造する(HO+1/2O→H)ことが原理的には可能であり、省エネルギープロセスとして期待されています。しかし、通常の光触媒では、水の四電子酸化(2HO→O+4H+4e)と、Oの選択的な二電子還元(O+2H+2e→H)を同時に進めることは困難です。また、通常、光触媒として用いられる金属酸化物半導体では生成したHが分解してしまいます。そのため、新しい光触媒の開発が求められていました。

<研究の内容>

研究グループでは、これまでに有機半導体に注目した光触媒開発を進めてきました。RF樹脂は、レゾルシノールとホルムアルデヒドが縮合した汎用の合成高分子であり、塗料、接着剤、鋳型として幅広く利用されています。この樹脂を一般的な合成温度(~100℃)よりも高い温度(>200℃)で水熱合成することによってRF光触媒樹脂を開発しました。開発した触媒は、600nmを超える長波長の光を吸収し(図2)、太陽エネルギー変換効率注5)で0.5%以上という、一般植物による天然光合成(~0.1%)を大幅に上回る非常に高い効率でHを合成することができます(図3)。光触媒による太陽エネルギー変換では、水分解による水素製造(HO→H+1/2O)などが古くから研究されていますが、この0.5%という変換効率は、これまでに報告された粉末光触媒による太陽エネルギー変換反応としては最大の効率です。

さらに、RF樹脂の光触媒活性が高温水熱合成により飛躍的に向上する原因を明らかにしました。高温水熱法では、レゾルシノールのベンゼノイド体(電子ドナー)とキノイド体(電子アクセプター)が連結したドナーアクセプター(DA)対が形成され、これらが積み重なることにより半導体バンド構造注6)を形成します。光触媒樹脂の価電子帯および伝導帯バンド準位は、それぞれ、水の酸化(2HO→O+4H+4e)と、Oの還元(O+2H2e→H)に適切な準位であるほか、有機高分子であるため、生成したHの分解には低活性です。これらの特徴により、非常に高いH合成活性が実現されることが明らかになりました。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

太陽エネルギーの化学エネルギーへの変換は古くから研究されていますが、貴金属の使用が不可欠でした。本光触媒樹脂は、汎用高分子であるRF樹脂を“簡便な高温水熱法により処理するだけ”で合成できます。金属は一切含まれず、汎用の原料から高活性な半導体光触媒を調製することができます。樹脂を水に懸濁させて空気存在下で太陽光を照射するだけの簡便な操作により液体燃料を製造できる特徴は、太陽エネルギー変換に対する考え方を革新する新材料となるはずです。また、今回の光触媒設計を応用することで、さらに高活性なH合成触媒を創製できると期待できます。開発した光触媒樹脂は、1μm程度の球状粒子であるほか取り扱いも容易なため、さまざまな加工により社会実装が期待できます。現在、企業と連携しながら、(1)生活環境における高機能材料やデバイス(抗菌殺菌機能を持つ塗料や容器など)、(2)エネルギーキャリアとしてのHの製造・貯蔵・輸送による水素エネルギー社会の構築に向けて社会実装を進めています。

<研究者のコメント>

RF樹脂は、本来、“絶縁体”であるため半導体光触媒の候補として考えられたことはありませんでした。今回の「常識はずれ」な発見は、汎用の材料を半導体光触媒として、太陽光、水、空気から液体燃料を製造できる可能性を示すものであり、太陽エネルギーの化学エネルギーへの変換に対する新しい考え方を導くものと考えています。産官学の力を集結し、エネルギー製造技術の革新を進めることができれば幸いです。

<参考図>

図1 RF光触媒樹脂の(a)基本骨格構造および(b)積層構造の概略

図1 RF光触媒樹脂の(a)基本骨格構造および(b)積層構造の概略

レゾルシノールのベンゼノイド体(電子ドナー)とキノイド体(電子アクセプター)が連結して架橋し、それらが上下方向に積層している。

図2 RF光触媒樹脂の吸収スペクトル

図2 RF光触媒樹脂の吸収スペクトル

本光触媒樹脂は可視域の光をよく吸収して光触媒反応を進める。

図3 疑似太陽光照射による照射時間と過酸化水素生成量および太陽エネルギー変換効率の関係

図3 疑似太陽光照射による照射時間と過酸化水素生成量および太陽エネルギー変換効率の関係

過酸化水素は光照射に伴い継続的に生成し、長時間の反応でも0.5%以上の太陽エネルギー変換効率を安定的に示す。

<用語解説>
注1)エネルギーキャリア
エネルギーの輸送・貯蔵のための化学物質。特に、アンモニアや有機ハイドライド、ギ酸、Hなど、海外など再生可能エネルギーが豊富な地域で得た電気エネルギーを化学的に変換して消費地まで貯蔵・輸送するのに用いられる化学物質を指す。
注2)光触媒
光を吸収することにより生ずる正孔と励起電子により、それぞれ酸化・還元作用を示す物質。代表的な光触媒として、二酸化チタン(TiO)が知られている。本研究で開発したRF光触媒樹脂は、正孔による水の酸化(2HO→O+4H+4e)と励起電子によるOの還元(O+2H+2e→H)によりHを生成している。
注3)レゾルシノール-ホルムアルデヒド(RF)樹脂
レゾルシノールとホルムアルデヒドを、室温~100℃程度の温度で縮合させて合成する合成高分子。1989年に初めて合成され、現在でも接着剤、塗料、鋳型として幅広く利用されている。
注4)高温水熱法
密閉容器内での熱水中により行われる化合物の反応。通常の水熱反応は~100℃の温度で行われるが、本合成法では200℃以上の温度で行うことを特徴としている。
注5)太陽エネルギー変換効率
太陽光または疑似太陽光により照射した光エネルギーのうち、化学エネルギーに変換された割合。
注6)半導体バンド構造
半導体において、電子で占有されたバンドを価電子帯、空のバンドを伝導帯といい、それぞれのエネルギー準位が物質を酸化、還元するために重要である。なお、価電子帯と伝導帯の幅の大きさをバンドギャップという。
<論文情報>
タイトル:“Resorcinol–formaldehyde resins as metal-free semiconductor photocatalysts for solar-to-hydrogen peroxide energy conversion”
(太陽光-過酸化水素エネルギー変換を実現するレゾルシノール-ホルムアルデヒド半導体光触媒樹脂)
著者名:Yasuhiro Shiraishi, Takahiro Takii, Takumi Hagi, Shinnosuke Mori, Yusuke Kofuji, Yasutaka Kitagawa, Shunsuke Tanaka, Satoshi Ichikawa, and Takayuki Hirai
DOI:10.1038/s41563-019-0398-0
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

白石 康浩(シライシ ヤスヒロ)
大阪大学 太陽エネルギー化学研究センター 准教授

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

大阪大学 基礎工学研究科 庶務係

科学技術振興機構 広報課

 

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