おかげさまでこの連載は34話となり、もうすぐ開始から3年を迎える。当初は27話で終わるはずだったが、思いのほか好評だった「時間泥棒シリーズ」を11カ月も続けてしまったので、まだしばらくは終わりそうにない。

「二兎を追う者は一兎をも得ず」と言われ続けてきた

 いまさら私が、このことわざを解説する必要はないだろう。てっきり中国がオリジナルの故事成語だと思っていたが、どうやら古代ローマのことわざらしい(英文で書くと「If you run after two hares, you'll catch neither」、haresとは野ウサギのこと)。
 私たち人間の能力と体力と時間は有限なので、「同時に二つのことを欲張ると上手く行かないよ」という戒めだ。どうも私は昔から、一度にたくさんのことに手を出してしまい、中途半端になりがちだった。このため先輩からこの戒めの言葉を何度も頂戴したが、どうにかできるものではなかった。どうしても二兎、そして三兎を追いたくなるのだ。
 ただ、今の時代、「二兎を追う者は一兎をも得ず」などとのんきなことを言っていられないはずだ。それほど世の中は尋常ではないスピードで変化し続けている。現在の延長線上に未来はなく、将来を全く予測できない。そうなると、未来を自分で創るしかなくなってしまった。
 そんな焦る気持ちが、「あれもやれ」「これもやれ」という欲張りとなり、こんな会話が飛び交うのだ。
「営業が毎日、毎月の売り上げを稼ぐのと、半年先、1年先の売り上げを仕込むのと、どっちにしますか? 両方は無理ですよ。今月の売り上げを達成しなくても良ければ、喜んで1年先の仕込みをやります。どちらにするか決めてください」
「お客様の言うことばかり聞いて満足させれば、その分、売り上げが落ちるのは当たり前です。だって売り上げと満足度は正反対なんですから、営業が売り上げに注力するなら、お客様を満足させている暇なんかありません。売り上げか、満足度の向上かどっちか選んでください」
というように、営業責任者だったころ、私は何度もチームのメンバーに突き上げられた。
もちろん責任者である以上、「今日のために生きるのか、明日のために生きるのか? どっちかにしてくれ」という現場の苦しい声を無視していいはずがない。とはいえ、このまま何もしなければ未来がなくなり、やがて「死」を迎える。生き残るには両方を実現する必要があるのに、どうして分かってくれないんだ――。そんな危機感ばかりが募っていた。なぜみんなは、二兎を追うことをしないのか?

危機感をメンバーと共有したいのに

 あのピーター・ドラッカーも「Management: Tasks, Responsibilities, Practices:和書名は『マネジメント―課題、責任、実践』」の中で、「Management always has to consider both the present and the future, both short run and the long run.(マネジメントは現在と未来、そして短期と長期を常に意識しなければならない)」と「二兎を追え」と言っているなどと引用したこともあったが、机上の空論だと一蹴されてしまった。「二兎を追うのは飯室さんたちリーダーの仕事であって、現場に押しつけないでください」と返されて、グウの音も出なかったときもある。
 1909年生まれのドラッカーまでさかのぼらなくとも、LinkedInの創業者であるリード・ギャレット・ホフマン(Reid Garrett Hoffman, 1967年生まれ)も「Like throwing yourself off the cliff and assembling an airplane on the way down.(自分で崖の上から飛び降り、落ちながら飛行機を造るようなものだ)」と言っている。それくらいに経営者や責任者は、同時に二つのことを迫られるものだと思っていた。
 だからこそ、この危機感をチーム全員と共有したいのだ。業界の環境は楽観視できるものではなく、どこの組織も同じように危機にひんしている。であれば、自分たちの組織が危機をチャンスに変えられれば、一歩先に成長へと転換できるはずだ。
 例えば短期売り上げと中長期売り上げは同じ時間軸でつながっており、同じゴールを目指しているはずだ。今日がなければ明日もないが、明日がなければ今日を生きる意味もない。両方を満たせなければ死ぬだけだ、この危機感をメンバーと共有したいのだ。

「二鳥を得る」ための方策を考える

 もちろん、全く別の二つのことを実行しようとすると、人手も時間もお金も2倍かかるだろう。かといって手をこまぬいて今まで通りのやり方のままではいずれ死ぬ――などと悩んでいたときのことだ。「時間泥棒」シリーズの「権限委譲」に登場した営業本部長が、私に耳打ちしてくれた。
「飯室、おまえが言うてることは正しい。でも誰もがおまえさんと同じように考えるわけじゃないんや。おまえさんみたいに二つ三つのことをホイホイと同時にはできんのやから、二つのことを同時にやれ言っても誰もついてこんぞ。それよりも、おまえが考えにゃあいかんのは、なにか一つを実行すれば二つの成果を得られるようにする工夫やろ」
確かに、全く別の二つのことを実行する(つまり、別方向に逃げる2匹のウサギ=二兎を追う)のは人手も時間もお金も限られている状況では無理がかかるし、追えと言われた人間には精神的に追い詰められる。そうした指示を受け入れることは難しいし、そんな理不尽なことを言う私へのアクセプタンス(受容度)も低いはずだから、メンバーは何も動かなくなる。
作画:mii
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 しかし、もしも一つの行動の結果で二つの成果を得られるなら一番いい。それがリーダーの、経営者の工夫のしどころなのだ。
 それからどんな戦略も実行プランも、二つのことを同時にやる(二兎を追う)のではなく、いつも「一石二鳥」となる、つまり一つの行動で二つの利益を得る(二鳥を得る)ことはできないかと考えるようになった。
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作画:mii(編集部注:鳥獣保護管理法により、許可を受けたり規定を満たしたりすることなく鳥獣を捕獲することはできません)
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 一石二鳥には「たまたま、偶然、予期しなかった利益」という意味があるが、そういう意味ではない。一つのアクションで二つの利益を予期した方策をデザインするのが経営者(責任者)の腕の見せどころであると気がついたのだ。
 私がグローバルのデジタルマーケティングの全世界統括責任者になったときもそうだった。5年以上も遅延していたWeb更新プロジェクトを、追加の予算も人員もなしで2年以内に完成させろと任された。(1)人も(2)金も余計に使わずに(3)遅れを取り戻せという、3重の責め苦を受けるような状況に追い込まれた。
 そこで日本、欧州、米国にいるメンバーが連携して8時間ずつの時差をうまく利用して、3交代制で24時間連続して稼働する環境を整えた。この結果、2年の予定だったプロジェクトをその3分の1の8カ月で完了できた。
 追加の人もお金も使わずに遅れを取り戻すどころか予定の3倍に加速した功績が認められて、チームには4億円の予算が追加され、次のプロジェクトでも成果を出せた。誰もが無理だと思っていたことで、ちょっとした工夫をしただけで二鳥、三鳥を得たような気分だった。もちろんそれは全世界にいる50人のチームメンバー全員が知恵を出し合って、試行錯誤をして得られた成果だ。
人手が足りない、お金が足りない、時間が足りないと嘆いていても仕方がない。どれだけ不必要で無駄な仕事に人手を、お金を、そして時間を浪費しているのか考えてみる。
 「なぜ、これをするのか?」と尋ねても誰も知らない盲目的なルーチンワークがあちこちに転がっているはずだ。そうすれば8割の仕事は、お客様にとっての価値になっていない無駄で不必要で切り捨てるべき仕事であることが分かるだろう。
 そういう仕事が消えてなくなれば、これまでそこにかけていた人手は、豊富な人財へと変わる。他部署との協力も考えよう、社外との提携も考えよう、外注にまわせないか?自動化できないか?AIに任せられないか?そうできれば人材は無限だ。時間も予算もあり余るはずだ。
 その豊富なリソースをどううまく活用して、一つの行動で結果を2倍、3倍にするか考えることこそが工夫であり、「一石で二鳥」を得られる状況を生み出す。
 このように、効果的に「成果を得る」という工夫ができる意識、価値観、行動様式を組織の文化として育てていくことこそが責任者の仕事なのだ。
 例えば「短期で売り上げを高め、中長期でも売り上げを高める」という二つのことを同時にやる必要があるなら、その二つに共通点がないか考えよう。共通点があれば、そこを土台にして、どうすれば一つの施策で二つを実現できるか工夫するのだ。
 正反対で同時にこなすと衝突すると思われている二つのことがあるなら、先に一つを達成してからもう一つも連鎖させて達成する方法はないかと考える。「二兎を追う」指示をするのではなく、「二鳥を得る」工夫を考えるのだ。

経営者のあなたがとるべきアクションとは

 経営者となると、いつでも二者択一を迫られる。これからもずっとだ。例えば「働き方改革で実質的な作業時間を減らしつつ、前年比2桁成長を目指す」ことが求められる。
 こうしたときは、「二鳥を得る」ために、脳みそがちぎれるくらいに考えるのだ。もちろん、あなた一人で考えるのではない、現場のこれまでの経験で高めてきたスキルと究極の技能を駆使できる社員がたくさんいるはずだ。「二鳥を得る」ためのHOWの部分は実務を知っている社員全員で工夫するのだ。
 これからは、二兎を追えと叱咤するのではなく、一石で二鳥を得る工夫をするゴールを示し、そのための文化を創っていくのがあなたの責任なのだ。
飯室 淳史(いいむろ・あつし)
B2Bファシリテータ
飯室 淳史(いいむろ・あつし)元米GEヘルスケア・ライフサイエンス社で、営業とマーケティング両方のトップマネジメントから日本の統括責任者および執行役員までを経験。マーケティングやセールスのデジタルツールを駆使し、グローバルデジタルマーケティングリーダーとして、全世界における同社のデジタルマーケティング戦略を日本から統括した異例のマーケティング実務経験者でもある。2016年に独立、https://www.b2bhack.com を中心にB2B企業向けのビジネスファシリテーション活動を行っている。
撮影:篠部 雅貴

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