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榊原謙 編集委員・沢路毅彦
社員への未払い残業代があったとして居酒屋大手ワタミが労働基準監督署から是正勧告を受けた問題で、この社員の労働時間を記録するための出勤・退勤時間の申告データを、上司が書き換えていたことがわかった。2日に社員側が記者会見で明らかにし、朝日新聞の取材に会社も認めた。
この社員は、高齢者らに弁当などを届ける「ワタミの宅食」の群馬県内の営業所に勤める40代女性。今年7月18日までの1カ月に、「過労死ライン」を大きく上回る175時間の残業をしたと主張している。先月15日付で高崎労働基準監督署(群馬)が是正勧告を出し、同28日にワタミ側は女性への謝罪と、渡辺美樹会長らの減給処分を発表。実際の残業時間を精査した上で、未払い残業代を支払うとしていた。
2日に会見した女性らによると、ワタミでは、出退勤の時間は社員各自がシステムに打ち込む。ワタミによると、この社員の上司にあたるエリアマネジャーが、社員が打ち込んだ土曜日の出勤記録を削除し、その分の労働時間を翌週に付け替えていたという。
会社側は、なぜ上司がこうした書き換えを行ったかについては明らかにしていない。ただ、女性は業務を回すために本来は休みの土曜や日曜も頻繁に出勤しており、そうした実態を隠そうとした可能性がある。女性によると、同社は過去に過労死問題を起こしたため、この上司からは「ワタミは労基署から目をつけられている」などと聞かされていたという。
同社は出退勤記録の書き換えについて、「絶対にやってはいけないことで、調査を続ける。真摯(しんし)に受け止め、会社をあげて改善していく」(広報)としている。(榊原謙)
経営理念「365日、24時間死ぬまで働け」
ワタミでは、以前も労働環境が問題になったことがある。
2008年6月、ワタミ子会社が展開する居酒屋「和民」の神奈川県横須賀市内の店に配属されていた社員(当時26)が、社宅近くで自殺した。4月に入社したばかり。月141時間の残業があったとして、12年2月に労働災害に認定された。
遺族は13年12月、ワタミや、創業者で当時代表取締役だった渡辺美樹氏らに損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。
遺族側は、亡くなった社員の働き方が、いかに過酷だったかを主張した。
店は深夜まで営業しているのに、終電以降でもタクシーは使えないため、始発まで店内で待機しなければいけなかった。深夜に帰宅後、早朝から東京の本社での研修に参加した。研修は、渡辺氏の言葉をまとめた理念集を丸暗記するもので、満点をとるまでテストが繰り返された。休日なのに、ボランティア名目の研修もあった――。
ワタミは当初、「始発まで拘束していたわけではない」「研修は任意」「課題は業務ではない」などと反論。法廷に姿を見せた渡辺氏は「道義的責任はある」としながらも、法的責任は否定していた。
しかし、15年12月、東京地裁で和解が成立。渡辺氏らは法的責任を認めて謝罪し、1億3千万円超を連帯して支払うことになった。労働時間を正確に記録するなどの対策をとることにも同意していた。
この裁判で遺族側が問題にしたのは、渡辺氏の経営理念だった。当時、ワタミの経営理念を表すものとして有名だった言葉が「365日、24時間死ぬまで働け」。渡辺氏は著書に「言葉の通りそうしろと言うのではない。そんな気持ちで、働いてほしいということだ」と書いている。
ワタミ側が和解に応じた背景には、ずさんな労務管理を認めざるをえなかったことがあるとみられた。ワタミが外部有識者に依頼した業務改善改革検討委員会が14年1月に公表した報告書によると、08年4月~13年2月に労働基準監督署から24件の是正勧告、17件の指導票を受けていた。
遺族側は詳しい内容を明らかにするよう求めたが、当初、ワタミ側は訴訟と直接の関係がないとして拒んでいた。結局、是正勧告の内容は法廷で明らかにされた。「就業規則を労働基準監督署に届けていない」「法定の休憩時間を与えていない」などの事案だった。
裁判当時、渡辺氏は経営を離れ、自民党の参議院議員だった。和解後も、渡辺氏の国会での発言が物議をかもしたことがある。
国会で「働き方改革」関連法案が審議されていた18年3月。公述人として出席した過労死遺族に、渡辺氏が「国会の議論を聞いていますと、働くことが悪いことであるかのような議論が聞こえてくる。週休7日が人間にとって幸せなのか」と発言した。これに遺族側は抗議し、渡辺氏はその後、「不適切だった」と謝罪した。
渡辺氏は19年夏の参院選には出馬せず、ワタミの取締役に復帰。10月には会長・グループCEOとなり、再び経営トップになっている。
ワタミには今も、長時間労働をよしとする雰囲気があり、それが今回の問題の引き金になっているのではないか。朝日新聞が会社に問うと、会社は「それは一切ない。以前の問題をうけ、改善を第一優先にやってきたし、社員を大切にすることを掲げてもきた。今回こうした内容が出てきたことは真摯(しんし)に受け止めたい」(広報)とした。(編集委員・沢路毅彦)
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