2021年10月23日土曜日

水田の病害虫チェック、人間なら14万人必要→AI活用なら「年2万円」で実現?


2021年10月23日 05:41  Business Journal

Business Journal

写真「Getty Images」より
「Getty Images」より

 以前の記事『5万円でできるのに1千万円も費用投下?“過渡期のAI”導入がDXを遅らせる!』、そして『真のDX推進を実現する正しいAI導入のコツ…人間は人間にしかできない仕事をして利益を最大化』では、旧来の非効率なワークフロー、特に紙や黒板・白板に書かれた文字をテキスト化するようなAIが、本格的なDXを阻害しがちだ、と書きました。本格的なDX、言い換えれば、業務や取引のフルデジタル化とは、劇的に生産性、正確さを向上させ、ひいては数十倍速水準のスピードの向上や省力化を達成するものです。


 一方、「では正しいAI導入とは?」といわれたときに、「従来人間にできなかったことをAIにやらせる」というひとつの勝ちパターンがあることを具体例で示しました。人間には物理的に無理な稼働中のガス管や水道管に入り込んで管の内壁を検査する仕事とか、あるA4用紙1枚の文章と似ている記述を100万件の文章から漏れなく見つけ出す(その裏返しに不存在の証明=悪魔の証明も可能)とかです。


 今回は、人海戦術で莫大な時間、コストをかければできなくはなかったが、従来は【経済的に事実上不可能】だったのを、AIや周辺の自動化ツール群が可能にする事例を取り上げます。


従来は不可能だった水田の稲の予防的大規模検査

 前回、自動化の先にある課題として「人間は人間にしかできない仕事を」しましょう!と提唱。「AIには機械、道具(=AI)にしかできない高速・大容量の作業をさせよ!」の裏返しです。特に、「なぜ?」を5重、6重に問うて、因果関係を深堀りするなど、AIには不可能な課題を、拙著『AIに勝つ!』を引いて紹介しました。この『AIに勝つ!』の「第6章 新たに生まれる仕事群を楽しむ」には、AI導入以前には【経済的に事実上不可能】だった、おもしろい事例を詳述しています。少し長いですが、その全体を引用します。



AI利用の意義を水田農家の病害虫チェックの例で考える

 最近の講演で、数字を使って好んでプレゼンしているのが、水田の葉の病害虫を毎日チェックする、という仕事です。10ヘクタールの水田の稲の葉のほぼ全部を、何百種類もの病害虫にかかっていないか毎日チェックするのにどのくらい時間がかかるでしょうか。株式会社アスクの「たわら蔵」という米作りを解説したホームページに、計算に必要な数字がありました。一部引用します:


(ホーム>お米の話>お米を作る>葉・茎・根の成長


「こうして苗として植えられた一本の稲は数十本もの茎に増える。しかし、田植では一株として5~6本の苗を植えるし、株数も平方メートル当たり20株程度ですから、多くの分げつの芽は退化します。一本から7~8本の分げつが出るだけで、ふつう一株では30~35本くらいの茎に増


えます。


……中略…



 1平米当たりの稲の葉の枚数を、簡単な算数で計算してみましょう。


20株×33茎×12.5枚=8250枚


 1万枚に足りないくらいの数だとわかります。1アール(100平方メートル)当たりでは、82.5万枚、1ヘクタール(1万平方メートル)当たりでは、1億枚に近い8250万枚です。IoT農家がめざすべきレベルといわれる10ヘクタールなら10億枚に近い規模になります。仮に、数百種類のすべての病害虫に精通したスーパー農民が1人で1枚の葉を5秒でチェックできたとして(1茎分を1分間で精査できるとしても同じ)、41億2500万秒=1145万833時間=47万743日=130.8年


 これではもちろん、毎日水田のどこかに病害虫が忍び寄っていないかチェックするのにスピードが足りません。そこで、人海戦術をとってみましょう。1日8時間で完了するのに何人が必要か。上の計算式の途中を拝借して1回割り算すれば事足ります。


1145万833時間÷8時間=14万3229人


 彼らを収容する施設を用意して法人税、社会保障費の法人負担分を払うなどのコストを含めて1人当たり年間約1000万円のコスト増とすれば、年間経費が1兆4323億円増大します。これに対して、10ヘクタールの水田を耕作して得られる年収は700~1000万円(ブランド米以外)です。 (引用終わり)


 売上の10万~20万倍の経費をかけて持続可能なビジネスなど存在しません。上記は、【経済的に事実上不可能】な事例として間違いないでしょう。同じパターン認識(画像認識)AIでも、前々回紹介の悪い応用例と違って、経済的に正しく活用できる見込みがあるわけです。毎秒30コマ撮影できる8Kカメラ(約3000万画素)を搭載したドローンに8K動画の1コマ1コマでちょうど、みっしりと稠密に10haの水田を撮影できるように飛行させるのに、画角(広角~望遠)や速度にもよりますが、1コマが1平米を撮影するとして、10haは10万平米、1時間は60分ですから、10万÷30÷60 = 55分33秒。


 これを約1時間として、1日10時間、週7日稼働させれば、10haの農家を毎週70軒、カバーできます。学習済のAIが判定処理をするのは、そこそこの性能のコンピュータで、文字通り1瞬(0.02秒以下)で終えられるので、計算機のコスト、電気代などは、AIクラウド管理の人件費に比べれば無視できるくらいのコストで収まります。


 すると、初期投資は別として、1人フルタイムで雇ったとしても、年間1400万円でAIクラウド運営者は十分に利益が出ます。同じAIをコピーして700軒分の水田を1人で監視すれば農家1軒当たり、年間2万円。これで、10~20年に一度の凶作を予防したり、収量をアップしたりができるなら格安ではないでしょうか?



おわりに

 AIには、人間みたいな振る舞いをさせたい、鉄腕アトムをつくりたいという夢を抱く人が多いのはわかります。その裏返しとしての恐怖心を抱く人も、最近は減ってはいるものの、一定数いるのは仕方ありません(是非本連載を最初から読んで「怖くない!」と思い直してください(笑))。しかし、AI=道具を本当にうまく使いこなしたいと考えるなら、上記のように算盤はじいて活用するのが産業応用で成功する秘訣だと思います。高性能化した計算機上のAIの超高速性、自動化率大幅向上がもたらすのは低コスト化です。従来、人間がやるのは経済的に不可能だった仕事が、実施可能になるわけです。


 どうせAIをやるなら、知能、学習などのキーワードに惑わされずに、超高速性、自動化率大幅向上がもたらす経済性に着目し、算盤勘定をしませんか? それこそが産業界をリードする経営者の使命ではないかと思います。


(文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)


●野村直之


AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。84年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。05年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピンオフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他

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