連載・脱炭素イノベーション#03
「実物は本当に薄くペラペラだなぁ」-。今春、大阪市北区のJR西日本本社。同社イノベーション本部地球環境保護推進(環境企画)の千田誠課長は次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」に初めて触れ、そう感じた。手元のそれは積水化学工業が開発し、担当者が持参した30㎝角のサンプル品だ。すでに製品のように仕上がったサンプル品に触れながら「実用化は間違いなく近づいている」と認識を深めた。「2050年に二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロ」を目指すJR西日本グループのツールとして、投入に向けた社内調整を進める意志を固めていた。
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JR西日本は8月、2025年の全面開業を予定する「うめきた(大阪)駅」においてPSCを採用すると発表した。一般共用施設としては世界初の計画で、積水化学が開発するPSCを試験導入する。約1年間の実証を通して発電量などを検証し、他の施設への採用拡大につなげる。JR西日本にとってこのPSC採用決定は創エネの新たな武器を手に入れることと、もう一つの狙いがある。(取材・葭本隆太)
※ペロブスカイト太陽電池:灰チタン石(ペロブスカイト)と同じ結晶構造を持つ有機無機混合材料でできた太陽電池。フィルムなどの基板に溶液を塗布して作製するため製造コストを安価にできると見込まれるほか、軽く柔軟な特性を持たせられる。直近7年で変換効率が約2倍に向上しており、次世代太陽電池の本命と期待される。国内では積水化学のほか、東芝やアイシンなどが研究開発している。
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イノベーションの実験場
「再生可能エネルギーの導入拡大の手段を模索する中で、太陽光発電について設置箇所の制約に課題を感じていました。それを解消する可能性のあるPSCが25年にも実用化されると知り、興味を持ちました」。JR西日本の千田課長はPSCの活用に関心を持った理由をそう説明する。
同社は21年4月、2050年にCO2排出量「実質ゼロ」を達成する目標を盛り込んだ「JR西日本グループ ゼロカーボン2050」を公表した。千田課長はこれを受けて、その目標を実現するための手段を模索していた。積水化学がPSCの研究開発状況や実用化時期のめどを公表した21年11月はちょうどそんな時だった。
「PSCの存在は従前から知っていましたが、(積水化学の発表では)具体的な実用化時期を明言されており、かなり実用化に近いところに来ているのだと知り、問い合わせました」
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一方、うめきた(大阪)駅は18年3月に公表した、20年後のありたい姿の実現を技術面から模索する「JR西日本技術ビジョン」の具体化に挑む未来駅として色々な実証実験を行っていた。ことし3月には多様な企業と共創するイノベーションの実験場「JR WEST LABO」の中心地としても位置付けた。また、同じ時期には未来駅として先進性を追求する上で「環境技術」は欠かせない要素と判断し、積極的に取り入れる決断もした。それらを背景に、千田課長が調査していたPSCが採用の候補になった。実用化と全面開業の時期が合致するといったことなどから、PSCはうめきた駅にふさわしい技術と判断し、導入を決めた。
共創の機会を広げる呼び水
今後は耐荷重の低い駅前広場の車寄せの屋根などを候補に、うめきた駅におけるPSCの設置場所を検討していく。設置後は発電量や施工性を踏まえたコストなどを検証する。約1年間の実証を通じて、他の施設の壁や柱などでの採用につなげる。
JR西日本にとってPSCはCO2排出量実質ゼロの実現に向けた創エネのツールだ。設置場所が広がれば、それによる省CO2効果は大きい。ただ、同社の期待はそれに留まらない。グループ全体の環境対応方針の策定などを担う同社経営戦略部環境経営室の大槻幸士担当課長が強調する。
「(PSCの採用を先んじて決め、環境対策に対する)積極的な姿勢を示すことで、共創の機会を広げたいと考えています。カーボンニュートラルの達成に向けて、今までできなかった新しい取り組みを行うチャンスの呼び水になると期待しています」サプライチェーンの連携強化へ
一方、JR西日本による採用決定は、積水化学に追い風を吹かせている。JR西日本による発表を受け、積水化学にはPSCの製品化に必要な部材・資材・装置メーカーから連携の提案が相次いでいるという。同社R&Dセンター先進技術研究所次世代技術開発センターの森田健晴センター長が力を込める。
「(JR西日本による採用が発表されたことで)PSCの課題とされた耐久性の問題が解決され、製造プロセスを含めて実用化が一気に近づいたという印象を持たれたと感じます。(今後、)事業化に向けて重要なサプライチェーン上の連携が強化できると考えています」
JR西日本の採用決定をきっかけに、次世代太陽電池の本命とされる「ペロブスカイト」の実用化とさらにその先の普及への道が鮮明になってきている。
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