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東北大学未来科学技術共同研究センター
リサーチフェロー
福原 幹夫氏
全固体電池は、電子の蓄積や電子の移動を担うイオン伝導を実現する電解質が従来の液体でなく固体で構成された電池です。従来の電池では、電解質の蒸発、分解、液漏れなどの液体特有の課題があり、長期保管や電池性能向上の妨げとなっていました。
本状況下において2021年3月23日、東北大学の未来科学技術共同研究センターなどが発表した固体電解質に関わるリリースが話題になりました。それはセルロースナノファイバー(以下、CNF)による蓄電体の開発という内容で、CNFを利用した物理的高性能な電子吸着体とCNFに強力な蓄電効果があることを発見したというものでした。(参考文献1)
現在のリチウムイオン電池などの化学的な機構による二次電池は、電気エネルギーを直接的に蓄えることができませんし、化学エネルギーに変換しなければならないため、大量の電気を瞬間的に蓄えることもできません。
しかし、このCNFを蓄電体に利用する場合、物理的に電気エネルギーを瞬間的に蓄えることが可能と言います。CNFという材料は環境負荷の低い植物由来のため、脱炭素化の循環型社会で大きな可能性が期待されていますが、CNFを利用した蓄電体の技術、どんな内容でどんな可能性があるのでしょうか。この研究を主導した東北大学、未来科学技術共同研究センターのリサーチフェロー、福原幹夫氏にアモルファス物性の概要やアモルファス物性により蓄電効果が高まる原理についてお話をうかがいました。
アモルファス物性の研究開発から、エレクトロニクスに関する3つの現象を発見
──── 福原先生はアモルファスという物性について長くご研究されてきたそうですね。
福原氏(以下同):
そうです。ガラスのように元素の配列に規則性がなく、原子がクラスター状に集合し、完全な三次元結合のないものをアモルファス(非結晶)と言います。私はこれまで約20年、アモルファス合金、アモルファスセラミック、アモルファスポリマーを用いたアモルファスエレクトロニクスの研究開発をしてきました。
──── その中で今回のCNFに関係するご研究はどのあたりになるのでしょうか。
東北大学の金属材料研究所にいたころ、私はアモルファスのエレクトロニクスに関する3つの現象を発見しています。一つは固体電子蓄電体の技術、そして常温の量子ドットトランジスタ、さらに超電導ではないのですが-50°C以下の低温で電気抵抗がゼロになる弾道伝導(バリスティック伝導)です。
例えば、Ni-Nb-Zr(ニッケル-ニオブ-ジルコニウム)合金による常温量子ドットトランジスタ、Ti-Ni-Si(チタン-ニッケル-ケイ素)系のアモルファス合金の表面を陽極酸化させた乾式のキャパシター、陶芸の磁器として知られているアルミナを黒色のアモルファスにしてスーパーキャパシターとして強力な蓄電性をもたせた研究などですが、今回のCNFによる蓄電体の開発は、これらの研究をさらに進めたものになります。
アモルファス材料の凹凸を制御し、量子ナノサイズ効果で蓄電効果を高めることが可能
──── アモルファスによる蓄電体というのはどういうことでしょうか。
アモルファスは、結晶材料とはまったく異なるさまざまな種類の特性をもっています。例えば、アモルファス絶縁体の表面にナノメートルサイズの極微細な凹凸があると、そこに原子、イオン、分子の間に働くファンデルワールス力が生じて粘着したりしますし、卑近な例としてガラス面を垂直に登るヤモリの足の指先にも同じような分子レベルの凹凸があり、そこにファンデルワールス力が生じて登ることができます。(参考文献2)
こうした極微細な凹凸のあるアモルファス材料を人工的に作り出し、表面に電子を吸着させれば、そのアモルファス材料を蓄電体にできるというのがアモルファスによる蓄電体という研究です。例えば先述したNi-Nb-Zr(ニッケル-ニオブ-ジルコニウム)合金では、結晶のように規則正しく結合していないNi6Zr5Nb3クラスターから構成されてアモルファスになっています。
──── アモルファス材料の表面に極微細な分子レベルの凹凸をつければ、電気が蓄えられるというわけですか。
そうです。アモルファスでなければ蓄電性は生じません。私たちが開発したアモルファス・アルミナは、その表面を陽極酸化させて凹凸を作っていますが、凸の径サイズは21nmです。そのため、本来は真っ白なはずのアルミナの表面が真っ黒になりますが、このサイズになるとかなり精度の高い原子間力顕微鏡でなければ観察できません。
このように凹凸の凸の部分の径をどんどん小さくしていくと、凸部の径のマイナス6乗でファンデルワールス力が働き、静電容量(キャパシタンス、電荷が蓄えられる量)が上がっていく現象のことを「量子ナノサイズ効果」という電子吸着現象と言い、凸が小さくなればなるほど蓄電量が上がっていくのです。<図1>
──── 電子が吸着される原理はどのようなものなのでしょうか。
固体表面上の電子は、例えば金属の原子と結合しているのですが、表面の凹凸がどんどん小さくなっていくと、電子と原子の結合の度合いが低くなり、表面に自由な電子が増えていきます。すると、この自由電子の運動エネルギーが増加し、静電ポテンシャルが増えていくのです。こうした現象を量子ナノサイズ効果と言うわけですが、この極微小な凹凸と金属表面の光沢には関係があり、私が作ったアモルファスの酸化アルミナの表面が真っ黒という理由もこの関係によるものです。
セルロースナノファイバー蓄電体の研究開発ストーリー
──── よく冬の乾燥した季節に衣服を脱ぐと静電気がパチパチしますが、あれも同じ原理なのでしょうか。
前述したヤモリの足の指の先に極微細な凹凸があるように、電気は細かい突起に溜まる性質があるのです。衣類の静電気も繊維の突起に溜まった電気ですし、いわゆる「セントエルモの灯」のように、航行中の帆船のマストの先が青白く光る現象も同じです。私はCNFに出合うまで、このような自然現象をエレクトロニクスの技術に利用できると思っていませんでした。しかし、考え直せば、バイオの世界にはエレクトロニクスに応用できる現象がたくさんあるのです。
──── 今回、発見されたCNFの蓄電効果も自然界のものを利用したというわけですね。
そうです。私はこれまで仙台高等専門学校の今野一弥先生の協力を得て、アモルファス・アルミナを使った固体量子蓄電体の研究をしてきました。アモルファス固体の表面に30nm以下の凹凸をつければ、前述したように凸の径サイズが小さいほど蓄電量は急増します。私たちは、凸の径サイズを15nmまで小さくできたのですが、それが限界でした。どうにかして凸の径サイズをもっと小さくできないかと考えていた2018年のことです。
私の趣味は卓球ですが、車で大学から練習のためいつもより早く帰宅する途中、カーラジオでNHK放送を聴いていたら、その番組に日本製紙のCNF研究所で以前所長をされていた河崎雅行氏が出演されていたのです。
──── CNF研究所の元所長さんのお話をカーラジオで耳にしたのですね。
河崎氏は、CNFの幅は3nmで面白い材料だが応用例はまだまだ少ないとおっしゃっていて、それを聴いた私は「これだ」とひらめきました。セラミックやポリマーなどでアモルファスの固体量子蓄電体の研究をしてきましたが、凸径を15nm以下に小さくできませんでしたし、まだサンプルサイズも大きくできなかったので工業的な実用化のための量産効果も未知数でした。しかし、植物由来のCNFは、最初から10nm以下の細かい繊維になっていますし、広い面積のシートの作製も容易です。レアメタルも用いないですみそうです。
私は早速日本製紙に連絡を取りましたが、最初は自社のCNFがエレクトロニクス、それも蓄電体に使えるという話をなかなか信用してくれませんでした。
──── それが今では共同研究もされ、先日日本製紙は、20平方cm、膜厚10umのCNF蓄電体で発光ダイオードの点灯検証に成功したと発表しています。このCNFもアモルファスなのでしょうか。(参考情報3)
結晶構造の解析にはX線や電子線による回析が使われますが、結晶相の場合、X線を照射するとブラッグ反射という現象に対応したシャープなピークが多く現れます。一方CNFの場合は、2つのブロード(広いなだらかな)なパターンが現れ、電子線では結晶の場合規則的な原子配列による同心円状の解析像(デバイ・シェラー環)が見えるのに対し、CNFではぼんやりしたハローリング(光輪)を示します。このブロードなピークやハローリングが、CNFがアモルファスであることを表しています。<図2>
セルロースナノファイバーが高い蓄電性をもつ理由は、アモルファス構造と量子効果にあると考察
──── なぜ、植物由来のCNFに蓄電効果があるのでしょうか。
CNFの分子構造には、炭素(C)と水素(H)と酸素(O)、そしてナトリウム(Na)の原子が少し入っています。この分子構造のうち、C6-C5のボンド軸が回転するかしないかによって蓄電効果が出てきたり出てこなかったりします。結晶の場合、この部分が固定してしまって回転しませんが、CNFはアモルファスなのでこのC6-C5のボンド軸が回転するのです。
そして、仙台高等専門学校の武田光博先生に依頼してCNFに真空中100kVから200kVまでの強力な電磁線を照射させると、C3-O6の原子間の距離が2%ほど縮みました。この部分をマックスウェル(Maxwell)圧縮応力(電磁場の応力)という計算式に当てはめると、1.98 GPa(ギガパスカル)という蓄電による力が生じていることがわかります。これがCNFのアモルファスに蓄電効果が出る理由の一つです。<図3>
<図3>CNFの分子構造とC6-C5、C6=O6の部分。強力な電子線を照射させると、分子構造の左部分にあるC3とO6の距離が縮み、電子線が強いほど蓄電により圧縮される(提供:福原幹夫氏)
──── やはり、アモルファスであることが重要というわけですね。
そうです。そしてもう一つは、分子構造の側鎖の部分にC6=O6という二重結合(=)があり、この部分に正の双極子モーメント、つまりプラスのチャージが溜まり、外から電子が来ると中和しようとして電子を引きつけるのです。これは東京大学の磯貝明先生たちが、化学的にカルボキシル基を使って作ったCNFの二重結合部分で生じている現象です。
さらに、静岡大学の藤間信久先生にもっとも基本的な原理に基づく計算「第一原理計算(First Principles)」の実施、構造確定を行って頂いたところ、DOSという電子の状態密度のシミュレーションでナトリウム(Na)が入ることにより、本来なら何も生じない黄色の部分に、マイナス4.5 eV(エレクトロンボルト)という巨大な孤立電子が生じることがわかりました。<図4>
つまり、何もない砂漠にオアシスが生じるように、量子効果によってCNFという絶縁物質の中にマイナスの孤立電子が生じ、静電作用でそこにプラスのチャージができるというわけです。これは、普通の結晶では現れないアモルファス特有の現象と考えられます。
極微細な凸部分に電気が吸着されるという自然現象を利用し、固体蓄電池に応用しようというアイディアはカーラジオからという福原氏。後編ではセルロースナノファイバー蓄電体の特性や用途、その可能性についてご紹介します。
文/石田雅彦
▽参考文献
参考文献1:「セルロースナノファイバー(CNF)による蓄電体の開発 アモルファスセルロースナノファイバーを利用して創成した物理的高性能電子吸着体の発見」(東北大学プレスリリース・研究成果)、2021年3月
参考文献2:Kellar Autumn, et al.「Adhesive force of a single gecko foot-hair」(Nature Vol.405, pp681-685 (2000))
参考文献3:「セルロースナノファイバー(CNF)による蓄電体の開発に向けてCNF蓄電体開発の一環で、LED点灯検証に成功」(日本製紙株式会社ニュースリリース)、2021年12月
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