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 電解質のすべてに固体材料を用いた電気自動車(EV)向けの全固体電池もしくは、液体材料と固体材料を組み合わせた半固体電池の本格量産が間近かに迫ってきた(図1表1)。

(a)清陶能源の酸化物系固体電解質
(a)清陶能源の酸化物系固体電解質
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(b)(a)を樹脂と複合化して作成した膜
(b)(a)を樹脂と複合化して作成した膜
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(c)ProLogiumのEV向け電池
(c)ProLogiumのEV向け電池
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(d)ProLogiumとGogoroの二輪向け電池
(d)ProLogiumとGogoroの二輪向け電池
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(e) SESの容量107Ah、重量エネルギー密度413Wh/kgの大型セル「Apollo」
(e) SESの容量107Ah、重量エネルギー密度413Wh/kgの大型セル「Apollo」
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(f)Factorial Energyの40Ahセル
(f)Factorial Energyの40Ahセル
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図1 海外の全固体電池は大型の“板型”が多い
清陶能源が開発した、ファイバー状または顆粒状の酸化物粉末(a)と樹脂による複合型固体電解質膜(b)。116Ahの大型セルで重量エネルギー密度368Wh/kgを達成したとする。ProLogiumはEV向けバイポーラー型全固体電池(c)のほか、Gogoroと組んで二輪用の交換式電池(d)も試作した。SESが開発した107Ahと大容量の半固体電池セル(e)。負極側電解質は固体だが、正極側は液体電解質を用いている。Factorial Energyが試作した40Ahのセル(f)。充放電サイクル寿命が推定で5700回と長い。(写真:各社)
表1 大容量全固体Liイオン2次電池を量産予定、または量産に近いパイロット生産を始める予定のメーカーとその電池の概要
(並びは量産時期が早い順、赤字は特に注目の成果や動き。公開情報を基に日経クロステックが作成)
表1 大容量全固体Liイオン2次電池を量産予定、または量産に近いパイロット生産を始める予定のメーカーとその電池の概要
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 これまで製品化されている全固体電池はほとんどが民生機器向け、あるいは電子回路基板に載せるような小容量品だった。EV向けの大容量品の製品化はこれからだ。その量産第1号の有力候補の1社が中国のセラミック系材料メーカーだったQingTao Energy Development(清陶能源)である。

 同社の製品では、セラミック、つまり酸化物系材料と樹脂を組み合わせた複合材料を固体電解質として利用する。最新の試作セルでは重量エネルギー密度が368Wh/kgと高い。同社は既に2020年に1GWh/年規模のパイロット製造ラインを稼働させているが、10GWh/年規模の量産工場の建設を22年2月に始めた。早ければ22年内に稼働する見通しだ。

NIO採用の電池は衛藍製

 固体電池の量産で清陶能源に対抗するのが、中国WeLion New Energy(衛藍)だ。衛藍は清陶能源に先立つ22年2月に、半固体電池の量産工場の建設開始を発表していたが、同3月になってその出荷先が、米Tesla対抗のEVメーカー筆頭ともいわれる中国NIO(蔚来汽車)であることが判明した(図2)。

(a)衛藍の電池製造の様子
(a)衛藍の電池製造の様子
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(b)NIOのEV向け全固体電池パックのイメージ
(b)NIOのEV向け全固体電池パックのイメージ
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図2 航続距離1000kmの150kWh電池パックを造るのは衛藍
2021年に中国NIOが発表した、航続距離1000kmのEV「ET7」の容量150kWhの電池パックのメーカーは同WeLion New Energy(衛藍)と判明。衛藍は2022年2月、中国山東省の工業団地に大型の電池工場の建設を始めた。年内に竣工し、2022年末~2023年前半に稼働するという。電池は固体と液体の電解質の両方を用いた“セミソリッド”タイプである。(写真:(a)は衛藍、(b)はNIO)

 NIOが2021年1月に航続距離が最大1000kmというEV「ET7」を発表してからというもの、中国やその他の海外メディアで、ET7に搭載する固体電池の150kWh電池パックをどのメーカーが提供するのか話題になっていた。衛藍は当初から下馬評に挙がっていたメーカーだ。

 衛藍の量産規模は20GWh/年と、清陶能源を上回る。出荷開始は22年末から23年前半とする。NIOはET7の発売を既に始めているが、標準装備する電池は100kWh。150kWhの電池パックについては「早ければ22年中に量産する」(NIO)としていたのにちょうど符号する。

 最近、衛藍には中国Xiaomi(小米)や同Huawei Technologies(華為)といったIT機器系大手メーカーの出資も相次いでおり、今後、世界でも無視できない存在になってきそうだ。

電池メーカー2社目はどこか

 NIOに電池を提供する電池メーカーとしては、中国Gotion High-Tech Power Energy(国軒高科)なども最近まで下馬評の有力候補だった。国軒高科の電池の出荷先は一応、中国Great Wall Motor(長城汽車)となっている一方、清陶能源の電池の出荷先は今のところ明らかになっていない。中国には同国外ではあまり知られていないEVメーカーが多いのも確かだが、NIOの電池の複数調達先に国軒高科や清陶能源がなる可能性も捨てきれない。

サイクル寿命5700回の電池も

 その他のEV向け電池メーカーにも大きな動きがある。台湾ProLogium Technology(輝能科技)だ。同社は22年3月、二輪向け電池交換式サービスに使う大型の全固体電池を台湾Gogoroと共同で試作したと発表した(図1)。ProLogiumは全固体電池を最も早く製品化したメーカー。量産は22年末を予定するが、規模は1GWh/年とやや控えめだ。

 この他にも米Factorial Energyや米SESの開発成果も見逃せない。Factorialは電池の特性データをほとんど公表していないが、唯一公表した充放電サイクル寿命が、「673サイクルで容量維持率97.3%」(Factorial Energy)だ。これは容量維持率80%になるまでに約5700サイクル、とも換算でき、固体電池系では群を抜いて長寿命である。

 このProLogiumとFactorialにはEVメーカーの出資が相次いでいる。特にドイツMercedes-Benzは両社に出資。ProLogiumには役員も派遣する。

 一方、SESは107Ahと大容量で重量エネルギー密度が417Wh/kg、体積エネルギー密度が935Wh/Lという業界トップのセルを発表。米General Motors(GM)のほか、多数のEVメーカーの出資を受ける。2021年には台湾Hon Haiと電池材料開発で提携した。

大面積の“板型”は高出力狙いか

 これら電池メーカーとしては新参の企業に共通するのが、セルが大面積の“板型”である点だ。電解質として、イオン伝導率では硫化物系固体電解質に劣る酸化物系材料、もしくは酸化物系材料と液体電解質を組み合わせて用いる例が多いが、サブセルを大面積にしてそれを直並列に積層する“バイポーラー型”にすると、出力を稼ぎやすくなるからであると考えられる。

純Si負極電池が実現へ

 既存の大手電池メーカーの中では、業界第2位の韓国LG Energy Solution(LG ES)の開発成果が興味深い(図3)。LG ESは2021年9月、米University of California San Diego校(UCSD)と共同で、Siが99.9重量%の負極の全固体電池を開発した。

図3 LGがほぼ100%のSi負極にめど
図3 LGがほぼ100%のSi負極にめど
University of California San Diego校の研究者とLG Energy Solutionが開発した全固体電池の素子構成と、それを充電した場合の負極の変化のイメージ。負極は、粒径が5µm前後と微細なSi粒子(マイクロSi)から成る。炭素材料は用いず、99.9重量%のSiである。固体電解質Li6PS5ClとSi負極が反応し、その界面にLi2S層が形成されるが、これが良好な特性の不動態層(SEI)として働く。加えて、Si粒子間にあるすき間が、充電時のSiの膨張のスペースになっている。これで、充放電サイクル500回で容量維持率80%を実現したという。(図: University of California San Diego校の図に日経クロステックが加筆)
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 これまでSi負極は充放電でSiの膨張収縮が大きいことでそのままでは使えず、炭素材料と混ぜることでその影響を抑え込んでいた。これではSiの高容量密度を十分に生かせない。

 一方、今回は、Siを粒径5µm前後の微粒子にした上で炭素材料は使わず、固体電解質としてアルジロダイト型硫化物系材料であるLi6PS5Clを選んだ注1)。すると、Siの微粒子間のすき間が膨張収縮を吸収。さらに、最初の充電時にSi負極と電解質の界面で化学反応が起こり、Li2Sの不動態(SEI)が形成された。これが、電池の長寿命化にプラスに機能して、充放電サイクル寿命500回を実現したとする。

注1)論文によればこのアルジロダイト型硫化物の調達先は、後述する三井金属鉱業ではなく、米NEIという米国の材料系ベンチャーである。

 重量エネルギー密度は300Wh/kgと、斬新な負極の割には控えめだが、電解質を減らしたり、正極材料を高容量材料に変えたりする工夫をすれば、より高い値も実現する可能性がある。LG ESは25~27年ごろに全固体電池を量産する計画で、今後の開発を注視していく必要がありそうだ。

 一方、トヨタ自動車など日本の自動車会社は全固体電池をEVに採用する時期を少しずつ後ろ倒しする傾向にある。仮に、NIOなどの中国メーカーが予定通りに採用を進めれば、固体電池の採用時期に5年以上の差が開くことになりそうだ。

日本では材料系企業が前進

 そんな中、日本で成果を上げているのは材料系のメーカーだ(図4)。三井金属鉱業は、粉体のLi6PS5Clをシート状にする技術を開発。これで全固体電池の製造が容易になるとする。

(a)バイポーラー型セルを5層重ねて作製
(a)バイポーラー型セルを5層重ねて作製
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(b)固体電解質「A-SOLiD」とそれを基に作製した固体電解質シート
(b)固体電解質「A-SOLiD」とそれを基に作製した固体電解質シート
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(c)日本電気硝子の全固体Naイオン2次電池セル(左)と電池パック
(c)日本電気硝子の全固体Naイオン2次電池セル(左)と電池パック
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図4 日本のメーカーも技術で対抗
三井金属鉱業が2022年3月の展示会「二次電池展」に出展した全固体電池パック(a)。バイポーラー型セルを5層直列に重ねて作製した。電圧が20V前後と高い。同社が独自開発した硫化物系固体電解質(Li6PS5Cl)の粉体「A-SOLiD」はそのままでは電池メーカーが使いにくいため、シート状に加工した(b)。この展示会では、日本電気硝子が全固体Naイオン2次電池を動態展示した。2Ahの電池パック1個の出力は1.5Aで、それを10個使ってロボット型掃除機を動かして見せた。セル1枚は薄いガラス状で、これを直並列に接続して電池パックにした(c)。(写真:日経クロステック)

 日本電気硝子は以前から開発している全固体ナトリウム(Na)イオン2次電池(NIB)を展示会に出展し、サブセルを初めて公開するとともに、10個を使ってロボット掃除機を駆動してみせた。同電池の出力特性の高さを示す狙いだとみられる。