半導体戦争 公式要約版#11Photo:ASML

米インテルはEUVリソグラフィ装置を市販化し、量産できる企業を探し始めた。アメリカにそんな企業は存在しない、というのが同社の出した結論だった――。半導体を巡る国家間の攻防を描き、週刊東洋経済の「ベスト経済書・経営書2023」にも選ばれたクリス・ミラー著『半導体戦争』では、最先端の半導体露光装置の製造がたった1社に独占されていく背景も深掘りしている。特集『半導体戦争 公式要約版』(全15回)の#11では、露光装置の分野で世界をリードしていたキヤノンやニコンはなぜオランダのASMLに敗れたのかに迫る。

止まらない集積回路の微細化競争
インテルが巨額投資を始めたEUV

 1992年、カリフォルニア州サンタクララにある米インテル本社の会議室に腰を下ろしたジョン・カラザースは、CEOのアンディ・グローブへの2億ドルの要求が、これほどすんなり通るとは思っていなかった。インテルの研究開発活動のリーダーである彼にとって、大博打は慣れたものだった。成功もあれば失敗もあったが、インテルの技術者たちの打率は業界全体の誰にも引けを取らなかった。

 しかし、カラザースの要求は、通常の研究開発プロジェクトの域をはるかに逸脱していた。彼は既存のリソグラフィ手法では近い将来、微細化した次世代の集積回路をつくれなくなる、とわかっていた。リソグラフィ装置メーカーは、波長248ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)や193ナノメートルの深紫外線を使った装置を発売していたが、半導体メーカーがいっそう高い精度を求めるようになるのは、おそらく時間の問題だった。

 そこで、彼が狙いをつけたのが、波長13.5ナノメートルの「極端紫外線(EUV)」である。波長が短くなればなるほど、より微細な形状をチップに刻み込める。ただ、ひとつだけ問題があった。実現できると考える人がほとんどいなかったのだ。

「君は成功するかどうかもわからないものにお金をかけようと言うのかね?」とグローブは半信半疑の様子で訊いた。「そのとおり。アンディ、それを研究というんだ」とカラザースは言い返した。グローブはいまだにインテルの顧問を務めていた元CEOのゴードン・ムーアのほうを向き、「ゴードン、どう思う?」とたずねた。「ほかにどんな選択肢があるというんだ?」とムーアは訊き返した。

 答えは明白だった。ない。

 こうして、グローブはEUVリソグラフィ装置の開発費用として、カラザースに2億ドルを渡した。最終的に、インテルは研究開発に数十億ドル、EUVを用いてチップを形成する方法の研究にさらに数十億ドルを費やすことになる。