https://news.mynavi.jp/techplus/article/20231220-2844777/
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理化学研究所(理研)、筑波大学、東京大学(東大)、慶應義塾大学(慶大)の4者は12月15日、1次元と2次元という異なる次元性を持ったナノ半導体間の界面において、「バンドエネルギー共鳴」によって励起子の移動が増強する現象を発見したことを共同で発表した。
同成果は、理研 開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室の方楠基礎科学特別研究員(現・客員研究員)、同・加藤雄一郎主任研究員(光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム チームリーダー兼任)、筑波大 数理物質系ナノ構造物性研究室の岡田晋教授、東大大学院 工学系研究科 マテリアル工学専攻の長汐晃輔教授、慶大 理工学部 物理学科の藤井瞬助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
単層カーボンナノチューブ(CNT)に代表される1次元半導体や、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)などに代表される2次元半導体などの“低次元半導体”は、半導体素子の微細化の限界が見えてきている現状を打開できる可能性があるとして期待されている。
単層CNTと、TMDの一種である「セレン化タングステン」(WSe2)という、異なる次元性を持つこれら2つの低次元半導体を接合させたヘテロ構造では、CNTの大きなバンドエネルギー変調を利用することで、原子数層程度の極薄半導体構造でのバンドエンジニアリングを実現できる可能性があるという。
しかし、次元性が異なる構造を持つナノ物質を組み合わせて清浄で欠陥の少ないヘテロ構造を構築することは、技術的な困難が伴う。特に、幾何構造を同定したCNTと特定の層数を持つWSe2を正確な位置に配置して接合させる技術は、未だ確立されていないのが現状だ。そこで研究チームは今回、理研が独自開発した手法である「アントラセン媒介転写」を用いて、CNTとWSe2を組み合わせた異次元ヘテロ構造の作製を目指したとのことだ。
まず、キラリティ・オン・デマンド測定と同様に、基板上に合成したCNTの位置と幾何構造をデータベース化し、所望のCNTが選定された。WSe2の層数は光学顕微鏡で特定できることから、あらかじめ層数が判明しているものを、選定したCNT上に転写することで、異次元ヘテロ構造が作製された。
次に、「フォトルミネッセンス励起分光」により、異次元ヘテロ構造の光吸収と発光の特性が評価された。(9,8)CNT上に単層のWSe2を転写する前後における分光データからは、ヘテロ構造を形成する前のCNTだけに由来するスペクトルで、吸収ピーク(E22)が明確に観測されている。一方で転写後のスペクトルでは、1.673電子ボルト(eV)に位置する高エネルギーのピークが現れる。このピークは、WSe2内で励起されたA励起子(EA)がCNTへ移動する過程が存在することを示唆しているという。
続いて研究チームは、励起子移動の起源を明らかにするため、いくつかの異なる幾何構造のCNTと2層および3層のWSe2から作製されたヘテロ構造における発光励起スペクトルを調査。まず、(10,5)のヘテロ構造では強いEAピークが観測され、(9,7)と(11,3)のヘテロ構造では明確なEAピークが確認されるものの、(10,5)のヘテロ構造ほどではなかったとする。一方、(12,1)のヘテロ構造ではEAピークが見られず、励起子移動が強く抑制されていることが判明したとのことだ。
(9,7)、(10,5)、(11,3)、(12,1)のCNTでは、この順にバンドエネルギーが大きくなる。CNTの幾何構造に依存する現象は、異次元ヘテロ構造でのバンドエネルギーの相対的な配置の変化が示されていることが考えられるといい、(9,7)、(10,5)、(11,3)のヘテロ構造で励起子移動が起きるのは「タイプIヘテロ構造」である一方、(12,1)では抑制されているのは「タイプIIヘテロ構造」であるとすると、実験結果の説明がつくとしている。特に(10,5)のヘテロ構造においてEA励起ピークが顕著に増強されているのは、2つの異なる材料のバンドエネルギーが一致して共鳴的に励起子移動が起きた結果と考えられるといい、このように、バンドエンジニアリングにおいて大事な役割を担うバンドエネルギーの不連続性と相対的な配置を解明することができたとする。
今回の研究で見出された異次元ヘテロ構造での励起子移動を利用することで、効率よくCNTの発光を得ることが可能になるという。通常、異なるE22エネルギーと偏光角度を持つCNTを複数同時に励起することは困難だが、WSe2のA励起子を介した励起であればその限りではないとする。(8,7)、(9,8)、(10,5)、(10,5)のCNTでは、A励起子のエネルギーで励起することにより全CNTが発光し、観測されたレーザー走査像では励起領域が広がっていることが確認可能だ。これは、A励起子の拡散があるため、空間的にずれた位置からもCNTを励起して発光させることができていることが理由である。
研究チームは今回の成果について、半導体工学において有用な概念であるバンドエンジニアリングが原子層デバイスにも適用できる可能性を示すものだとし、原子レベルで構造が定まったナノ物質を構成要素とした半導体デバイスへの応用に貢献することが期待できるとする。そして今後、原子精度ナノ物質の異次元ヘテロ構造ではさらに新たな量子効果や革新的な機能が発現する可能性があるほか、さまざまなナノ物質の組み合わせによるヘテロ構造への展開も考えられるとしている。
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