発表のポイント
◆ ウレタン結合を水素分子(H2)によって分解する水素化分解に有効な触媒を新たに開発しました。従来の水素化分解では再利用に際しての汎用性が高い部位(カルボニル基)が分解されてしまいますが、本手法ではカルボニル基を保持したままホルムアミドとして回収できます。
◆ ウレタン結合は一般にエステルやアミドよりも反応しにくいことが知られていますが、本水素化分解ではエステルやアミドなどが混在してもウレタンを選択的に分解します。
◆ 合成樹脂のなかでも汎用されており大量に生産されているポリウレタンのリサイクルは重要な社会課題です。本触媒を用いることで、汎用のポリウレタンフォームを分解できることが明らかとなり、廃棄物のケミカルリサイクルへの応用が期待されます。
今回開発したウレタンの水素化分解の概略図
概要
東京大学大学院工学系研究科の野崎京子教授、岩﨑孝紀准教授、山田悠斗大学院生、内藤直樹技術補佐員(研究当時、現:ハーバード大学大学院生)の研究グループは、独自に開発した触媒(注1)により、水素分子を用いてウレタン(注2)を選択的に分解できることを明らかにしました。従来の水素化分解(注3)ではウレタンのカルボニル基(注4)はメタノールまで水素化分解されるのに対して、カルボニル基を含む分解生成物(ホルムアミド(注5))が得られる点で新規性があり、ポリウレタン(注6)の新たなケミカルリサイクル(注7)手法になると期待されます。
実際に、今回開発した触媒をポリウレタンの分解へと応用したところ、水素分子の付加によってウレタン結合を切断し、リサイクルが容易な化合物へと分解できることを明らかにしました。
なお、本研究成果は日本時間8月9日にアメリカ化学会が発行する「Journal of the American Chemical Society」の速報版としてジャーナルHPに公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
ポリウレタンは、衣類からベッドのマットレス、自動車のシートや建築用断熱材まで快適な日常生活を支える汎用の樹脂材料です。ポリウレタンは大量に生産される一方で、そのリサイクルは困難とされています。ウレタンはカルボニル化合物の中でも特に安定で反応性が低いため分解されにくいことが、その理由の1つです。カルボニル化合物は、そのカルボニル基に結合する2つの置換基によって反応性が大きく異なります。カルボニル化合物の1つであるケトンでは炭素が2つカルボニル基に結合していますが、炭素を酸素(エステル)や窒素(アミド)に置き換えると反応性が低下します(図1)。さらに、2つの置換基を酸素と窒素で置き換えたウレタンは、両方の置換基を窒素で置き換えたウレアと並んで分解することが難しいカルボニル化合物です。
図1:カルボニル化合物の反応性の一般的な序列
このようなカルボニル化合物の反応性の序列は、廃プラスチックのケミカルリサイクルにおいてもしばしば問題となります。例えば、ポリウレタンを構成するポリオールとしてエステル結合を含むものが利用されていますが、従来の分解手法ではエステルを含むポリオールの分解が優先的に進むため、ポリオールを原料として再利用することができなくなります。そのため、他のカルボニル基を分解することなくウレタン結合を選択的に分解するケミカルリサイクル手法の開発が望まれていました。
これまでに研究グループは、カルボニル化合物の中で最も反応性が低いとされるウレアに水素を付加させてホルムアミドとアミンへと分解する触媒を開発しました(関連情報、プレスリリース①)。この触媒はウレアより反応性の高いエステルやアミドには水素を付加しないという特徴があります。また、今回研究対象としたウレタンにも水素が付加しないことを明らかにしていました。
〈研究の内容〉
研究グループは、独自に開発したリンと窒素を含む配位子とイリジウムからなる触媒と適切な塩基を組み合わせて用いると、ウレタンの水素化分解によってホルムアミドとアルコールが選択的に得られることを明らかにしました。この結果は、従来の水素化分解ではウレタンからアミン、メタノール、アルコールが得られる(図2上)こととは対照的に、ウレタンよりも反応性の高いアミドの一種であるホルムアミドが得られることに特徴があります(図2下)。アミンとメタノールにまで分解が進んでしまうと、新たな素材の原料として使用する際の汎用性が低くなってしまいますが、ホルムアミドとして取り出すことができれば、リサイクルに際してのコスト低下が期待できます。さらに、ウレタンに1分子の水素が付加した際に、炭素―酸素結合の切断と、炭素―窒素結合の切断の2通りの反応が考えられますが、本触媒は炭素―酸素結合を優先的に切断します。
図2:従来のウレタンの水素化分解と今回開発したウレタンの水素化分解
ポリウレタンはその製造方法によってウレタン結合に加えて、低反応性のカルボニル化合物であるウレア結合や、環状構造のイソシアヌレート環(注8)が含まれているため、ケミカルリサイクルを実現するためにはそれらも分解する必要があります。今回開発した触媒をウレア結合やイソシアヌレート環の分解に用いたところ、ウレタン同様にカルボニル基を損なうことなく分解生成物が得られました(図3)。
図3:ポリウレタンに含まれる難分解性部位の水素化分解
ポリウレタンのモデル分子を用いて水素化分解を検討したところ、一般的なイソシアネートモノマーとジオールモノマーの組み合わせにおいて、ジホルムアミドとジオールが分解生成物として得られました(図4上)。特筆すべきことに、ポリエステルポリオールのモデルとしてエステル結合を含むジオールモノマーから調製したポリウレタンの分解においても、エステル結合を損なうことなくウレタン結合を選択的に切断し、ジホルムアミドとジオールが分解生成物として得られました。また、ポリウレタンと組み合わせて用いられる樹脂材料との反応性を比較するために、ポリエステルおよびポリアミドのモデル化合物とウレタンとの混合物の水素化分解を検討したところ、本来ウレタンよりも反応性の高いエステルおよびアミド化合物よりもウレタンが優先的に水素化分解されることを明らかにしました。
さらに、市販のポリウレタンフォームの水素化分解を検討した結果、水素分子の付加によってウレタン結合を切断し、ケミカルリサイクルが容易な化合物へと分解できることを明らかにしました(図4下)。
図4:ポリウレタンの水素化分解
〈今後の展望〉
本研究で見出した触媒による水素分子の付加によりポリウレタンを分解する手法は、重要な社会課題である廃プラスチックの資源循環のための新たな手法と成り得るものです。自動車のシートなどに使われるポリウレタンの新たなケミカルリサイクル手法として、日本の主要産業の持続可能性向上に寄与すると期待されます。また、マットレスや建築用断熱材など身近に利用されていながらリサイクルが困難なポリウレタンのケミカルリサイクルの実現につながる可能性があります。
今回開発した触媒は、エステルやアミドといった一般にウレタンより反応性の高いカルボニル基が混在しても、ウレタンを選択的に分解するという特徴があります。この特徴を利用することで、混合廃棄物からポリウレタンのみを選択的に水素化分解してモノマーを回収しつつ、ポリエステルやポリアミドは分解せずにポリマーとして回収する新たなリサイクル方法の開発につながると期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース① 水素を用いたプラスチックのケミカルリサイクルへ新たな道 ―カルボニル化合物の反応性の序列を覆す新触媒―」(2023/6/13)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-06-13-001
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
野崎 京子 教授
岩﨑 孝紀 准教授
山田 悠斗 修士課程
内藤 直樹 研究当時:技術補佐員
現:ハーバード大学大学院生
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Chemoselective Hydrogenolysis of Urethanes to Formamides and Alcohols in the Presence of More Electrophilic Carbonyl Compounds
著者名:Takanori Iwasaki*, Yuto Yamada, Naoki Naito, Kyoko Nozaki*
DOI:10.1021/jacs.4c06553
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.4c06553
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業ERATO「野崎樹脂分解触媒プロジェクト(課題番号:JPMJER2103)」(研究総括:野崎 京子)、日本学術振興会(JSPS) 科研費基盤研究(B)「触媒機能を有するアニオン性分子の創成と静電的相互作用による触媒機能の集積化(課題番号:JP23H01955、JP24K26648)」(代表:岩﨑 孝紀)、学術変革領域研究A:デジタル化による高度精密有機合成の新展開(JP21A204)「触媒制御によるカルボニル基の水素化の化学選択性逆転と反応機構の解明(課題番号:JP22H05340)」、「触媒制御によるカルボニル化合物の反応性の逆転(課題番号:JP24H01061)」(代表:岩﨑 孝紀)、住友財団(代表:岩﨑 孝紀)、藤森科学技術振興財団(代表:岩﨑 孝紀)などの支援により実施されました。
用語解説
(注1)触媒
反応前後において自らは変化せず反応を促進する物質。
(注2)ウレタン
カルボニル基(注4)に窒素からなる置換基と酸素からなる置換基が結合した化合物。簡便に合成でき、安定性に優れるため樹脂を含めさまざまな用途で利用されている。
(注3)水素化分解
水素ガス(H2)のH–H結合と化学結合(単結合)を組み替えることにより、2つのより低分子量の化合物へと分解する反応。本触媒ではウレタンの炭素―酸素結合とH–H結合を組み替えることで、ホルムアミドとアルコールに分解している。
(注4)カルボニル基
カルボニル化合物に含まれる炭素と酸素が二重結合で繋がった-C(=O)-で表される2価の基。炭素からなる置換基が2つ結合するとケトンとなる。カルボニル基は炭素原子上にプラス、酸素原子上にマイナスと電荷が分極しているため、さまざまな反応を起こす。
(注5)ホルムアミド
ギ酸とアミンからなるアミド化合物。
(注6)ポリウレタン
イソシアネート(-N=C=Oで表される官能基)モノマーとポリオール(複数の水酸基(-OH)を有する化合物)モノマーとを混合することで製造される樹脂材料の一種。耐水性・耐薬品性に優れていること、イソシアネートと水との反応により生じる二酸化炭素により発泡させることでクッション性や高い断熱性を示すことからマットレスやシートなどのクッション材、建物や冷蔵庫などの断熱材として広く利用されている。一般に熱可塑性を持たない(熱で融かして再利用できない)ため、再成形が必要となるマテリアルリサイクル(注7参照)は困難とされる。
(注7)ケミカルリサイクル
合成樹脂のリサイクルの方法としては、①燃焼により熱エネルギーとしてリサイクルするサーマルリサイクル、②そのままもしくは再成形してリサイクルするマテリアルリサイクル、③化学反応により原料の化合物まで分解・精製し、合成樹脂の原料としてリサイクルするケミカルリサイクルが知られている。
ケミカルリサイクルは、カーボンニュートラル(炭素循環)の実現と新品同様の性能を両立するリサイクル手法として注目されている。
(注8)イソシアヌレート環
ポリウレタンの原料であるイソシアネートが3分子反応してできる六員環構造。ポリウレタンを架橋する部分構造である。極めて安定であることからイソシアヌレート環を多く含むポリウレタンは難燃性を示し、建築用断熱材として用いられる。一方で、ポリウレタンのリサイクルを困難なものにしている。
プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of the American Chemical Society:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c06553
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