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輸入大麦の残留基準超え、心配しなくていい理由
子どもが食べても問題ありません
(輸入大麦が基準値超えだって。3日にはシリアルが自主回収。4日はヨーグルト。ほかの食品にも回収騒ぎが広がるのだろうか......?)
これらは若者には必須の食品ですから、戸惑いが広がっているようです。でもこの回収、安全性とはまったく関係なし。ルール違反の問題です。そして日本は、実害はなくともルール違反にはとても厳しい国。なにが起きているのか、なぜ安全性に関係なし、と断言できるのか、なるべくわかりやすく説明しましょう。
シリアル、ヨーグルトが自主回収 ほかの食品は?
ことの起こりは4月3日。伊藤忠商事がオーストラリアから輸入した大麦に、農薬アゾキシストロビンが食品衛生法上の基準値を超えて残留していることがわかり、同社と農水省、同社から供給を受けていた西田精麦が発表しました。西田精麦の取引先が見つけたのが発端のようです。
両社は在庫の出荷をストップ。しかし、すでに出荷されて加工食品の原材料として使われていた分もあり、同日、日清シスコがシリアル製品の自主回収を発表。4日には日本ルナのヨーグルトへと拡大しました。日本ルナの製品は、ヨーグルトにシリアルが添えられており、シリアルの方に問題の大麦が含まれていました。
また、西田精麦も自社の小売用シリアル製品の回収を始めています。
これを受け、「ほかの製品にも混じっているのでは」などとSNSに書き込む人も出てきています。
1日摂取許容量(ADI)と比較せよ
農薬アゾキシストロビンは菌を殺す作用のある「殺菌料」で、穀物やくだもの、野菜等への使用を多くの国で認められています。日本でも使用可能。日本では、柑橘の収穫後に使用する食品添加物としても認められています。
大麦の残留基準値は1kgあたり0.5mg。今回のオーストラリア産大麦は、2.0mg/kgとか2.5 mg/kgという検査結果が出ているそうです。
穀物の残留農薬測定は、大量から数kgを複数箇所で採取して測定する「サンプリング検査」で行われるので、数値がばらつくのは普通のことです。サンプリングする場所を変えて複数検査して、2.0mgとか2.5mgという数字が出ているということは、この大麦の残留の程度は、大量の中でばらつきはあるにせよ、まあだいたいこの程度、ということでしょう。
たしかに基準値超え。ただし、だから危険、とはなりません。
体に影響があるかどうかは、その農薬をどれだけの量食べるかで大きく変わります。遺伝子を傷つけ発がん性を持つ物質は、摂取量が極力少ない方がよいのですが、そうではない物質は「この量までは悪影響が出ない。この量を超過すると、悪影響がだんだん大きくなる」という「無毒性量」が存在します。
アゾキシストロビンには発がん性はなく、実験により「無毒性量」がわかっています。
その数値を基にして、それに100分の1や1000分の1をかけた数字が、人の1日摂取許容量(ADI)として決められています。ADIは、一生涯、毎日食べたとしても、体への影響が出ない量。日本では、内閣府食品安全委員会の専門家がかなりの時間をかけて協議して、一つ一つの農薬について決めています。
アゾキシストロビンのADIは、0.18mg/kg体重/日です。つまり、体重50kgの人は、毎日9mg食べ続けても影響は出ない、ということです。
大麦を毎日3.6kgは食べられない
今回問題になった大麦を毎日食べて影響があるかどうかは、ADIと比較しなければわかりません。体重50kgの人が、この大麦をADI分食べようとすると、少なくとも毎日3.6kgは食べなければいけない計算となります。絶対に無理ですね。
日清シスコが回収しているシリアルは、1食分(シリアル50g)に大麦12gを含みます。この大麦全部が基準値超え、2.5mg /kgのアゾキシストロビンを含むとして計算すると、アゾキシストロビン摂取量は0.03mg。体重50kgの人が食べたとして、ADIの0.33%にしかなりません。
もちろん、アゾキシストロビンはほかの食品にも使われている可能性があり、基準値以内であれば残留しているかもしれません。が、それを足し合わせこのシリアルを食べたとしても、ADIには遠く及びません。
日本ルナのヨーグルトは、添えられたシリアルが14g。仮にすべてがこの大麦だったとしても(いろいろな穀物が混じっていて、実際にはあり得ない)、アゾキシストロビンの摂取量は0.035mg程度。体重50kgの人が食べたとすると、ADIの0.4%程度です。
こうしたことから、国や企業は「健康への悪影響の恐れはない」と断言しているのです。
子どもについても、心配なし
もし、ほかの企業がこの大麦を原材料として使っていたとしても、どんな場合であってもADIを超えることはないでしょう。子どもが食べているとしてもADIに程遠い状況は変わりません。ADIは子どものことも勘案して決められている数字なので、ほかの食品についてもなにも心配する必要はありません。
ただ、今回の場合、国も企業も全部、説明不足。プレスリリースなどで、ADIなどにもきちんと触れて、順序立てて解説してくれればいいのに、細かいことをすっ飛ばして「健康影響はありません」、でも「万全を期すために回収」では、押し付け。説得力がありません。「そのあたり、改善してもらわないとね」と思いました。
もったいないが、食品衛生法遵守
日本では、基準値超えの原材料を使ってしまった企業の多くが、自主回収に走ります。実は、そんな国はそう多くはないらしい。ドイツなどは安全性に懸念がなければそのまま消費してしまう、と聞きます。
回収された食品は通常、廃棄されます。もったいない。日本も、自主回収なんてしなくてよいのでは、という意見も聞きます。私もそう思います。
しかし、食品衛生法上、「原材料である農畜産物で残留基準を超えていることが明らかである場合、当該原材料を使用して食品を製造してはならない」と決まっています。基準値を超えた食品を使用した加工食品が、違反として処分されるかどうかは、「残留量を勘案して判断する」とのこと。これらは、厚労省が公表している「残留農薬にかんするQ&A」で示されています。
企業としては前段の「残留基準を超えた原材料を使用してはならない」というルールを遵守して、「健康上の問題はなくとも、自主回収」という決断に至っているのです。
以前、よく似た問題が起きたときに、「わずかな量しか含まれていないのに回収廃棄なんて、もったいなさすぎますよ。もう回収しなくていいではありませんか。Q&Aを改訂してくださいよ」と知人の厚労省役人に言ってみたことがあります。
回答は「絶対ダメ」。なぜならば、「一罰百戒にしなければならないから」だそうです。「回収しなくていいよ」ということになったら、企業は「実害なし」となります。そうなると、「基準値を守らなければ」という意欲が薄れる。「基準値なんて意味がない」と誤解する。
気が緩むと結局は、基準値超過事例が増える、ということにつながりかねない。基準値超過事例が増えれば、体に影響が出てくる可能性も出てくるかもしれません。
だから、一度違反が起きたら、行政に怒られ自主回収やらで実害甚大、というシステムが、日本では有効なのだそうです。ああならないように我が社も管理をしっかり、と、どの事業者にも思わせ常日頃から実行させる。それにはやっぱり、今の厳しい措置が大事、とのこと。なるほど、一理ありますね。
企業も大変だ
今回の事件の大元となった伊藤忠社内は、大騒ぎでしょう。農水省のプレスリリースによれば、大麦の船積み前に現地の種子会社に委託してクリーニング(ふるいにかけるなどして葉やごみなどを除去しきれいにする)を行なったことが原因である可能性がある、とのこと。まあ、管理に緩みがあったのは間違いないところ、です。
回収対象の大麦は、「バーリーマックス」という名称で食物繊維が多いとしてオーストラリア連邦科学産業研究機構が開発し、付加価値付きの大麦として脚光を浴びていました。
農家からの聞き取りや栽培法チェック、サイロ等の確認、運搬やクリーニングなど、日本に届けられるまでのさまざまな工程の再チェック作業に、懸命になっているはずです。さらに、その大麦を原材料として用いた食品企業との損害賠償交渉、保険会社などとのやりとりなど、多くの業務があります。
また、麦類の輸入はほかの食品輸入と異なり、多くを政府が管理しています。伊藤忠商事は、米麦の輸入業務について農水省から指名停止処分が課せられます。同社の被害は甚大で、「再発させない」と誓いながら今頃奔走している、と思います。
加工して販売した日清シスコや日本ルナ、ほかの企業も、購入する原材料を管理、チェックする仕組みの見直しに着手しているでしょう。一方で、流通に詫びを入れて回収作業を急がなければならないし。
いやはや、企業は本当に大変です。健康影響がなくても、これぐらい、日本の食品安全行政は厳しいし、企業も遵守している。今回の件から、そういう情報も読み取ってほしいのです。
【参考文献】
伊藤忠商事・豪州産大麦から残留農薬基準を超える農薬成分が検出された件について
日清シスコ・シリアル商品についてのお詫びと自主回収のお知らせ
【松永和紀(まつなが・わき)】 科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。新刊は「効かない健康食品 危ない天然・自然」(同)
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