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2022年09月12日 08:21 ITmedia NEWS
写真 理化学研究所・計算科学研究センター長の松岡聡さん |
スーパーコンピュータとゲーミング関連技術の交わりが社会の発展につながっていく――。コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が8月23日から25日まで開催した「CEDEC2022」。その最終日の基調講演には、理化学研究所・計算科学研究センター長であり、学生時代はゲームエンジニアとして活躍していた松岡聡さんが登壇した。
松岡さんは日本のスパコン開発をリードするキーマンの1人。4月には計算機科学研究への功績が評価され紫綬褒章を受章した。講演では自身の経歴やスパコン開発の歴史に触れながら、ゲームエンジニアの活躍が社会変革を支えるイノベーションにつながる可能性があるとして、聴講者にエールを贈った。
●スパコンの開発方針は「単騎の性能」より「集団の力」に
松岡さんはまず、スパコンの進化の歴史を、マイクロプロセッサを使ったパーソナルコンピュータ(PC)の進化の過程と併せて解説した。「初期のスパコンの傑作」と評価された「Cray-1」が登場した時期とPCが普及し始めたのはほぼ同時期だったが、両者の実力には当然ながら大きな差があった。
松岡さんは自身でその差の大きさを確認している。Cray-1と当時の8ビットのPC「ベーシックマスター」(日立)を比べた場合、「BASICで書いたプログラムなら100万倍、(低水準言語の)アセンブラで(ハードウェア的な動作を意識したより複雑なプログラムを)ゴリゴリ書いても1万倍くらいの性能差があった」という。
当時のマイクロプロセッサとPCは、黎明期のシンプルなコンピュータゲームの世界ではリアルタイム性を担保できたが、物理シミュレーションなどの科学技術計算に使うことができるレベルではなかった。
しかしマイクロプロセッサがどんどん高性能化し、これに伴いスパコンの進化の方向性も「1台1台のマシンを速くする」から「マシンの台数を増やす」に変化した。マイクロプロセッサを並べた大規模な並列計算機により高速処理を実現する技術が確立されていった。現在のスパコンもその延長上にある。
●後の任天堂社長・故岩田さんと「ピンボール」を開発
松岡さんは自身のキャリアを振り返り、「1970年代には初期のゲーマーでありゲーム開発者だった」と説明。80年代に入り、東京大学在籍時にはファミリーコンピュータ用ゲーム「ピンボール」を、後に任天堂に入社して社長を務めた故岩田聡さんとともに開発した。
当時のマイクロプロセッサの性能的な制約の中で、アセンブラを駆使して物理シミュレーションを試みた経験が、スパコン開発をリードする研究者としての原体験の1つになったようだ。
その後、東大で並列処理システムの基礎研究に従事し、東京工業大学に移籍後は汎用(はんよう)のCPUを並列させたコンピュータを研究室のメンバー総出で自作し、やがてはそれがスパコンの世界ランキング「TOP500」に入る成果を出す。
東工大では当時、研究用にメーカー製のスパコンを導入していたが、その性能を研究室自作のスパコンが超えたことから、東工大の次期スパコンは松岡さん主導で開発することに決定。NEC、サン・マイクロシステムズとの協業で、2006年に「TSUBAME1.0」が世に出た。
2006年からの4年半の運用期間中、日本国内のスパコンでTOP500における最上位の評価を4期連続で得るなど、世界トップレベルの情報インフラとして注目された。ちなみに現在はTSUBAME3.0が運用されている。
●専門家だけでなく、誰もがスパコンの力を利用できるように
TSUBAMEに至る一連のスパコン開発で松岡さんが大事にしていた信念は、専用のアーキテクチャを採用するのではなく、「ソフトウェアを含めて汎用のプラットフォームをベースにつくる」ことだったという。
コンピュータの計算速度の向上は、単純に計算結果が早く得られるようになるだけでなく、むしろ、これまで可視化できなかったような広範・複雑な物理現象をモデリングできたり、よりグラフィカルでリアルなゲーミングが可能になったりと、「新しい体験」を提供できる可能性が開けることが本質的な価値だと松岡さんは強調する。
スパコンの進化をそうした価値につなげるためには、「専門家だけでなく、多くの人がスパコンの力を利用できるようにすることが非常に重要」だと松岡さんは力を込めた。
また、こうした流れはゲーム業界と共通しているとも指摘した。「ゲーミングのプラットフォームも昔は非常に特殊だったが、PCゲームはもちろん、PlayStationにしろXboxにしろ、現在は最先端だけれども非常に汎用性が高いプラットフォームをベースに開発されている」と解説。
汎用的なプラットフォームがあることでソフトウェアのエコシステムが成長し、ユーザーに新しい体験を提供する間口が拡大していくと説いた。
●広く社会課題の解決に活用されている「富岳」
松岡さんは現在、理研でスパコン開発をけん引し、直近では富士通と共同で「富岳」を開発。富岳は2020年に、TOP500を含む4つのスパコン性能ランキングで世界トップの座に就いた。22年、TOP500における首位の座こそ明け渡したものの、他の主要ランキングでは首位を維持しており世界トップレベルのスパコンとして活躍し続けている。
富岳の開発においても、松岡さんの信念は存分に反映されている。汎用的なアーキテクチャに基づいて開発し、従来のスパコン専用アプリケーションを動かすだけでなく、幅広い社会課題の解決に応用できるようにした。「幅広いアプリケーションを使えて、ベンチマークテストによる性能評価でも世界トップを狙うという高い目標、ハイリスクな開発を推進できたのは国家プロジェクトだからこそ」と話す。
そうした成果を広く社会に還元すべく、富岳は既にさまざまな場面で活用を進めているという。新型コロナウイルスの飛沫やエアロゾルの飛散を富岳でシミュレーションし、感染症対策の検討に役立てたことは広く知られており、国際的な評価も高い。
理研などによる共同研究チームが富岳を活用して取り組んだ「COVID-19の飛沫・エアロゾル拡散モデル構築」は、「スパコン界のアカデミー賞作品賞」ともいわれるゴードン・ベル賞で2021年に「COVID-19研究特別賞」を受賞した。
ただし松岡さんは「なかなか伝わっていないのが残念だが、実際は病院、学校、電車、飛行機、タクシー、劇場、カラオケボックスや居酒屋など、もっとさまざまな社会的状況のデジタルツインをつくって、政府や感染症の専門家の方々とやりとりしながらシミュレーションし、感染症対策の検討・決定に活用している」と説明する。
富岳は従来のスパコン以上に、社会課題を解決するための実用的な価値を備えていることを強調した。
●ゲームエンジニアに新世界の創造を期待
こうしたスパコンの進化は、ゲーム業界にどう反映されていくのか。デジタルツインをキーワードに両者の融合が進んでいくというのが松岡さんの見立てだ。富岳の総ノード数(サーバ数の単位)は約16万だが、例えば「PlayStation 5」のゲーム機としての性能と、富岳の1ノードの性能はほぼ同じだという。スパコンもゲームも、使われている技術の先進性やプラットフォーム、ソフトウェアのエコシステムは重なる部分が大きくなっている。
「例えばNVIDIAはもともとゲーム向けの技術を物理シミュレーションと融合させ、仮想空間の開発プラットフォーム『Omniverse』をつくっている。(スパコンの主用途である)AI、精緻な物理シミュレーション、ビッグデータ解析に、ゲーミングのグラフィック技術やインタラクティビティ(双方向性)に関する技術が組み合わさることで、メタバースやデジタルツインの発展と飛躍が期待できる」(松岡さん)
講演を視聴したゲームエンジニアやエンジニア志望の学生に対しては、「スパコンとゲーミングがコンバージェンス(融合)した新しい世界をぜひつくってほしい」と期待を寄せ、締めくくった。
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https://www.sankei.com/article/20201229-IJSI3I2G35PKXLKSEGF4FR76JA/photo/AFEHSQX4VJPZJMVX6ONW4IKWGQ/
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