※本連載は第43回です。最初から読む方はこちら。
中国のIT産業はアメリカの模倣であり、それらが成長したのは政府の庇護のためだと、よく言われます。
しかし、アリババについて言えば、そのビジネスモデルは、アマゾンやeBayなどのそれとはまったく異なるものです。「どのサービスを無料にし、どれを有料にするか」について、中国特有の事情にあったビジネスモデルを採用したために、成功したのです。
また、アリババは、政府の庇護によって成長したわけでもありません。
模倣でなく独自のビジネスモデル
本連載の第2回「中国では、電子マネーの前にeコマースの普及があった」で、「中国でeコマースが発展したのは、実店舗が発展していなかったためだ」と言いました。
そのことは、間違いありません。
ところで、一般には、「中国のIT企業はアメリカの真似であり、中国政府がアメリカを追い出したから存続した」と言われています。
しかし、必ずしもそうではありません。ここでもビジネスモデルが重要だったのです。
まず、「中国のIT企業はアメリカの真似」という点について考えましょう。
アリババは アマゾンやeBayなどの摸倣と言われます。
それに対して、ミン・ゾンは『アリババ』(文藝春秋、2019年)のなかで、アリババのビジネスモデルが、eBayやアマゾンのビジネスモデルとまったく違うものであることを強調しています。
eBayやアマゾンのビジネスモデルは、実店舗のそれと基本的に同じ性質のものです。つまり、商品の掲載料や手数料で収益を得ようとしています。
売り手と買い手がeBayやアマゾンのサイトで取引をすることによって、はじめてeBayやアマゾンの収入が発生します。そのため、売り手も買い手も、取引する相手は、eBayやアマゾンだけとされます。売り手と買い手が直接に取引をしないようにしているのです。
売り手と買い手を積極的に結びつけるのでなく、むしろ「情報を隠そうとしている」とゾンは指摘しています。
基本的なサービスは無料:アリババのビジネスモデル
それに対して、アリババは、eBayやアマゾンとは異なるビジネスモデルを採用しています。
タオバオ(アリババが提供するサービスの一つ。個人対個人取引:CtoC)では、基本的なサービスが、原則として無料で提供されています。登録料も出品料も取引手数料も、すべてタダなのです。
店舗代がゼロというのは、アマゾンやeBayとまったく違うビジネスモデルです。
ちょうど、グーグルが主要なサービスである検索サービスを無料にしたのと同じように、アリババは主要なサービスを無料にしたのです。
それによって、売り手と買い手を一つのプラットフォームの上で結びつけることを目的としました。ミン・ゾンは、「参加者にプラットフォーム上での取引を促した」と言っています。
私は、この説明を読んで、「プラットフォーム」と言うことの意味を、初めて理解できたように思いました。
中国には売り手と買い手が結びつく場がなかった
ビジネスモデルにこのような違いがあるのは、中国とアメリカの経済構造の基本に大きな違いがあるからです。
インターネットが利用可能になったとき、アメリカには、長い歴史をかけて形成されてきた効率の良い全国的な流通市場が、すでに存在していました。
したがって、eBayやアマゾンなどのオンラインショップにとって必要だったのは、それまで実店舗が行なっていたサービスをインターネットに移すことだけだったのです。
インターネット上の店舗は、実店舗よりもはるかに多数の商品を展示することができます。また、個別顧客に応じたレコメンデーションなどのサービスを行なうこともできます。しかも、購入した商品は自宅まで配送されるので、重い商品を店舗から自宅まで持ち帰る必要もありません。
これらの点で、オンラインショップは実店舗より優れています。このために、eBayやアマゾンは目覚ましく成長しました。
ところが、中国は、アメリカより遥か前の状態にありました。全国的な流通市場が形成されていなかったのです。
まず、消費者にアクセスする手段をもたない小規模な売り手が、多数存在していました。こうした売り手は、多数の売り手が集まる場が提供され、そこに参加して商品やサービスで競争できることを望んでいました。
他方で、買い手は、多様な商品にアクセスすることを望んでいました。
しかし、売り手と買い手のどちらにとっても、それを実現するための手段がなかったのです。
だから、売り手と買い手のニーズに応えて両者を結びつけることが、何よりも重要でした。それができれば大きな可能性が開けるのです。
「店舗開設も商品掲載も無料」という方針のおかげで、タオバオに登録する企業数が急速に増加しました。
一方、タオバオにはありとあらゆる商品があることに気づいた買い手が、大挙してアクセスしてきました。
つまり、「多数の売り手と買い手がであうプラットフォーム」を、中国の歴史で初めて提供したのです。
アリババが成長したのは、中国の事情にあったeコマースの仕組みを、巧みな工夫によって作ったからです。
中国に02年に進出したeBayが2006年に撤退を余儀なくされたのは、これに対抗できなかったためです。
何を有料のサービスとするか?
ただし、無料にして多くの売り手や買い手を集めるだけでは、収益は得られません。
何かを有料にしてそこで収益をあげなければ、事業を継続することはできません。
ミン・ゾンは、この点に関してはあまり詳しく述べていないのですが、アリババのサービスには、有料のものもありました。
それは、販売に役立つツール(アクセス解析や受注管理ソフト、在庫管理ソフトなど)です。また、広告を出すと、費用がかかります。料金を出せば検索結果の上位に置くという方法も導入されました。
この後、アリババは、アリペイなどを導入して新たな収益源を開発していくのですが、収益を上げられる方途は、かなり早い時点で確立していたことになります。
「どこを無料にして利用者を増やし、どこを有料にして収益を得るか」というビジネスモデルの確立は、難しい課題です。アリババは、その選択に成功したのです。
中国のIT企業が強いのは、IT鎖国のためか?
海外から中国に進出したeコマースは、eBayに限らず、中国から撤退しています。
ヤフーは、ヤフーのネット通販と中国のネット通販のタオバオとを相互接続し、ヤフーチャイナモールを設立しました。そして、日中の消費者が、互いに買い物ができるとして、2010年6月に、大々的にスタートさせました。しかし、2012年5月に閉鎖すると発表しました。
楽天は、中国最大の検索サービスであるバイドゥ(百度)との合弁事業で、「楽酷天」を2010年10月にスタートさせました。これは、楽天海外進出の大きな期待を担っていたのですが、2012年5月に終了しました。
こうなるのは、「中国政府が外国のITサービスを閉め出して、鎖国しているから」という説明がしばしばなされます。また、「中国の企業は国の手厚い保護を受けて成長しているから」とも言われます。
では、中国のIT企業が強いのは、政府によるIT鎖国と援助のためなのでしょうか? そうした側面を全く否定することはできません。
とくに、グーグルの中国撤退に関しては、中国政府による検閲が問題となりました。
しかし、中国のIT企業が、どれも最初から当局の手厚い保護を受けていたわけではないのです。
少なくとも、アリババの場合には、そうではありませんでした。これは、アリババが設立された当時の状況を見ると、明らかです。
アリババは、政府の庇護で成長したのではない
ジャック・マーは、1999年に、中小業者向けのeコマースサイト「阿里巴巴」(アリババ)を設立しました。これは、企業と企業の間の電子取引です(これを、BtoBといいます)。中国の中小企業が世界に輸出するのを助けるのが目的です。
1990年代以降、鄧小平の「改革開放」政策によって、中国の輸出は爆発的に成長していました。ただし、中国の中小企業が、簡単に輸出できたわけではありません。製品を購入してくれる相手を見つけるのは、簡単ではないからです。
取引相手を見出すには、広州交易会などの公式な見本市に出品するしか方法がありませんでした。しかし、多くの中小企業は、この見本市には出品させてもらえません。
ところが、アリババのサイトに出品すれば、全世界の買い手の目に触れます。このため、中小企業であっても、外国企業と直接に取引ができるのです。
他方、中国企業と取引したい外国企業は、適切な相手を見出す必要があります。大企業なら外国からでも存在が分かりますが、中小企業の状況は分かりません。アリババで調べれば、そうしたサプライヤーにもアプローチできます。
こうして、アリババのBtoBサイトは、中国のサプライヤーと全世界のバイヤーを結び付け、中国が世界の工場として成長していくうえで重要な役割を果たしたのです。中国の中小企業にとって、文字どおり「開けゴマ」となったのです。
つまり、アリババは、輸出の促進と中国経済の発展にとってきわめて重要な貢献をしたことになります。
ところが、アリババは、当局からは冷たい反応しか受けませんでした。したがって、マーは、資金集めも自分でしなければならなかったのです。
アリババが生き残り、成長したのは、政府の庇護のためではありません。
これまでに述べてきたように、中国にあったビジネスモデルを作ることができたからです。
(連載第43回)
★第44回を読む。
■野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京に生まれる。 1963年、東京大学工学部卒業。 1964年、大蔵省入省。 1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。 一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、 スタンフォード大学客員教授などを経て、 2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。 2011年4月より 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。一橋大学名誉教授。2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。著書多数。
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