2024年9月12日木曜日

桁違いの大電力制御の力をもつ「ダイヤモンド半導体」の可能性。

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サイエンスZERO

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ジュエリーとしておなじみのダイヤモンドが、次世代の半導体素材として注目されています。その理由は、「桁違いの大電力を制御できる可能性」を秘めているから。

社会において大きな電力を制御する必要性は、年々高まっています。電気自動車の普及が進み、電気で動く空飛ぶクルマや飛行機も登場。さらに電力需要が増え、変電所が扱う電力も大きくなると考えられています。

そこで、実用化が期待されているのが、現在主流のシリコンに比べて5万倍(理論値)の電力を制御する力があるダイヤモンドの半導体なのです。省エネの重要性も高まる今、電力損失を大幅に軽減できるダイヤモンド半導体には世界から熱い視線が向けられています。

しかし、その開発の道のりは困難の連続。開発を前進させたのは、研究者同士の意外な出会いでした。実現すれば、その活用の場は、大容量無線通信から医療機器、宇宙空間にまで広がります。従来の半導体ではカバーできない領域での実用化を目指す、半導体開発の最前線に迫ります。

「究極の材料」を半導体にする偶然見つかった突破口

そもそも半導体とは、電気を通す「導体」(鉄・銅など)と、電気を通さない「絶縁体」(ガラス・ゴムなど)の間の性質を持つ物質のこと。この半導体は、熱を持っているときに導体、冷えると絶縁体になるというように、条件を変えることで電気の通りやすさをコントロールできます。つまり、ON/OFFの「スイッチ」のように働くことができます。

一つの半導体の素材の上には、この「スイッチ」がナノ単位でたくさん(多いもので1センチ角の半導体の中に数十億個)書き込まれていて、これらがさまざまなON/OFFの組み合わせをつくることで、複雑な情報処理をしたり、電気を制御したり、センサーとしての役割を果たしたりしているのです。

そんな半導体をダイヤモンドで作ろうという開発が始まったのは、30年ほど前。これまでにない大きな電力を扱える素材として注目されました。ただ、ダイヤモンドそのものは、ほとんど電気を通さない、ほぼ絶縁体の物質です。

絶縁体のダイヤモンドをどうやって半導体にする?

実は、現在半導体の主流の素材であるシリコンの場合も、電子が強く結合していてそのままでは電気を通さないため、リンやホウ素といった物質を注入し、「自由に動ける電子」を生み出しています。それらの「自由に動ける電子」に電圧をかけると、プラスの電極に引き寄せられ、電流が流れるという仕組みです。

一方ダイヤモンドは、炭素原子の電子どうしがシリコンよりさらに硬くがっちりと結合しているため、特定の物質を注入するのが難しく、その技術は確立していません。

ただ他に一つだけ、ダイヤモンドを半導体にするための糸口がありました。ダイヤモンドの基板を空気にさらしておくと「なぜか電気を通すようになる」、つまり半導体になるということが知られていたのです。当時、大手通信会社の研究員だった嘉数(かすう)誠教授(佐賀大学)は、空気中の何が反応してダイヤモンドに電気を通すようになるのかを、突き止めることにしました。

そして実験をする中で、嘉数さんは奇妙な現象が起きることに気づきます。

「朝の時間帯に電流が流れやすくなって、なぜかまた夕方5時ごろになると電流が流れるというのを毎日繰り返していて、なんか変だなと」(嘉数さん)

空気中の成分が関係していたとしたら、なぜ朝と夕方だけ多く電流が流れるのか。不思議に思いながらも嘉数さんは、空気中の成分である窒素、酸素、二酸化炭素など、思いつく限りの成分を試し、電気の流れやすさに影響を与えているものの正体に迫りました。ところが、電気は思うように流れません。そこで、周囲の研究者に相談することにしました。

すると、たまたま隣の研究室にいた環境汚染が専門の研究者が、思いがけない成分の可能性を指摘してくれました。それは車の排気ガスに含まれる成分、二酸化窒素でした。

早速、二酸化窒素をダイヤモンド基板の表面に吸着させて実験したところ、空気にさらしたときに比べ、約2倍の電流を流すことができたのです。朝と夕方に多くの電流が流れるという謎の現象も、車からの排気量が増える通勤時間帯だったということを考えればつじつまが合います。

 「急に電流値がバンッと流れたので、ああ、やった! 見つけた! と思いました。」(嘉数さん)

ダイヤモンド半導体実用化、次なる壁は「大きさ問題」

ダイヤモンドを半導体にする突破口は見えたものの、まだ大きな課題がありました。ダイヤモンド基板の大きさです。長らく研究で使っていた人工ダイヤモンド基板の大きさは、4ミリ角サイズが限界でした。

しかし、半導体製造の工場で使う装置は、通常直径10センチ以上の基板が入るように作られているため、4ミリ角では小さすぎて装置に入れることができません。さらに、基板は大きければ大きいほど、小さなチップにカットして、一度にたくさんのチップを売ることができるため、コストダウンにもなりますが、それもできません。

「とてもとても世の中から認められるような研究にはなりませんでした。今だから言えますが、小さすぎて研究中に落としたり、なくしたりすることもあったほどです」(嘉数さん)

転機が訪れたのは、7年前の夏のこと。嘉数さんの研究室にある男性が訪ねてきました。「これで半導体をつくってほしい」と差し出されたのは、これまで見てきた2倍の大きさのダイヤモンド基板でした。

「ええ⁉ と本当にびっくりしました。不可能だと思っていたものが目の前に突然現れたという感じでした。」(嘉数さん)

「不可能だと思っていたもの」はどうやって?

この基板を作ったのは、人工宝石会社でダイヤモンドの基板開発していた金聖祐(きむ・そんう)さん。半導体用の大きな基板ができれば、将来性のある事業になると考え、取り組んできました。

人工ダイヤモンドは、高温の環境で、メタンガスと水素ガスを流して土台の上にゆっくりと成長させてつくります。それまで4ミリ角のダイヤモンド基板しかなかったのは、4ミリ角のダイヤモンドを土台にして、その上に生成する方法をとってきたから。そこで金さんは、より大きなダイヤモンドを成長させるために、土台をサファイアに変更。金さんの人工宝石会社では長年サファイアを生産していたために、大きな土台を用意することができたのです。

ところが、土台をサファイアに変えたところ、すぐに問題が発生しました。ダイヤモンドを成長させた後に温度を下げていくと、ダイヤモンドとサファイアの熱膨張率が違うため、下地のサファイアが先に縮み、それに引っ張られるようにダイヤモンドが割れてしまったのです。サファイアとダイヤモンドの間に、縮むときの力を吸収してくれる何かが必要だと考えた金さん。

とった策は、成長させたダイヤモンドを剣山のように極細の柱に加工し、その上にダイヤモンドを成長させる方法。すると、ダイヤモンドの柱の下にあるサファイアが縮むときにダイヤモンドにかかる力を柱が吸収し、ダイヤモンドが割れることなく残ったのです。

こうして金さんは8ミリ角のダイヤモンド基板の開発に成功し、ダイヤモンド半導体の研究を長年行っていた嘉数さんに声をかけたのです。

早速、嘉数さんは8ミリ角の基板で半導体をつくりました。そして去年5月、この半導体がどのぐらいの電力を制御できるか調べたところ、ダイヤモンド半導体の世界記録となる875メガワットをたたき出したのです。

「やったー!という感じで、研究室のスタッフや学生たちと何度もハイタッチして喜びました」「875メガワットという数字は、8ミリ角のダイヤモンド半導体で、およそ17万5千世帯の電気を制御できるという計算になります」(嘉数さん)※実験値を元に計算(1世帯あたり50Aで5kWと仮定)

大口径化で広がる「ダイヤモンド半導体」の可能性 

その後、金さんが開発した基板はさらに進化を遂げ、最新の基板は直径5センチの大きさになっています。嘉数さんは、大口径化によってダイヤモンド半導体の応用先はさらに広がると考えています。

「例えば、太陽光発電の送電。送電に使われる半導体はエネルギーが外に熱になって逃げてしまう、エネルギーロスの問題がありますが、ダイヤモンド半導体であれば効率的に電力を制御できます。

さらに、演算速度が格段に速くなる量子コンピューター。その一部にダイヤモンドを使う研究も進んでいます。実現すれば、演算速度があがるだけでなく、多くの情報を直径5センチの基板に全部記憶させることができます。そのほか、ダイヤモンドは高い周波数の電波を出すことにも長けているため、ビヨンド5Gや6Gといった情報通信でもダイヤモンド半導体が使われるようになると思います」(嘉数さん)

「放射線検出装置」にも向くダイヤモンド半導体

すでに実用化に向けたテスト段階に入っている応用先もあります。放射線を検出する機器の開発を行っている東北大学の人見啓太朗准教授。ダイヤモンド半導体を、放射線を検知するセンサーに応用しようと開発を進めています。福島第一原子力発電所の廃炉作業といった、極めて放射線量が高い場所では放射線に強い半導体が求められているのです。

実は、従来のシリコンでは、放射線がシリコンの原子にあたると、原子を元の位置からはじき出すなどして損傷を与えてしまいます。一方、ダイヤモンドの場合、炭素が強く結合しているため、放射線があたっても損傷が起きにくいのです。

さらに、ダイヤモンドのセンサーは、人体が受ける放射線量の測定にも適しているとして、放射線を使う医療機器での応用も期待されています。

嘉数さんは、シリコンが担うことのできない領域でダイヤモンドが果たしていく役割は大きいと考えています。

「ダイヤモンドは究極の素材としてものすごいポテンシャルがあるので、ダイヤモンドにしかできない領域を極めたい。製品化するためには、ダイヤモンド基板をチップにするためにカットしたりする周辺技術の確立が不可欠。いかに長期間劣化させずに大電力の性能を発揮し続けられるかといった検証も必要です。いま、実用化に向けて7合目あたりまで来ていると思います。4年後ぐらいの実用化を目指したいと考えています。」(嘉数さん)

世界でダイヤモンド半導体の実用化に向けた研究が始まって30年あまり。さまざまな研究者が壁を一つ一つ突破していくことで急速に進歩を遂げているいま、ダイヤモンド半導体が私たち人類の進歩に貢献する日もそう遠くないかもしれません。

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