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2020年08月20日 08:40 ORICON NEWS
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限定公開( 7 )
写真 『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)で司会を務めるブラックマヨネーズ |
【写真】女医コスプレで圧巻のスタイルを披露した『ドッキリGP』司会の小池栄子
◆ドッキリ番組を取り巻く環境の変化 制作側が迫られるコンプライアンスと自主規制との戦い
かつてのドッキリ番組といえば、『スターどっきり(秘)報告』の寝起きドッキリやブーブークッション、『天才たけしの元気が出るテレビ』(日本テレビ系)の早朝バズーカなど、バカバカしくも微笑ましい、深く考えずにただ笑える企画が一般的だった。いまの時代ではありえないハラスメント的な企画もあったが、それらはすべて笑いに昇華され、過激であればあるほどウケる。悪ふざけとノリをテレビに持ち込み、その過激な内容が、当時の大きな人気の理由のひとつだった。
そんな昔ながらのドッキリ番組は、時代とともに変わっていく。テレビとしてのあり方、作り方への社会の視線が厳しくなるなか、テレビ局は自主規制を強化。無事故を前提にするのはもちろん、制作サイドは厳しい視聴者の視線とコンプライアンスとの戦いが常につきまとうようになった。
そうしたなか、BPO(放送倫理・番組向上機構)による“審理入り”を恐れ、さらにはネット上での批判や炎上、スポンサーからのクレームに脅えて、「どの番組も同じような内容になっている」といった番組制作側の姿勢が問われることもあった。実際に、ダウンタウンの松本人志もレギュラー出演する『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、「いまテレビには誠実さが必要」としながら、「テレビ番組はもうちょっと自由度があったほうがおもしろい」と持論を述べている。
とくにSNS社会となった昨今は、制作過程や撮影の裏側なども可視化されるなか、ドッキリの物語性を追求しすぎると“やらせ”になってしまい、ドッキリの演出とやらせとの線引の難しさもひとつの問題として浮き彫りになっていった。
◆ヒューマン性貫く『モニタリング』やギリギリを攻める『ダマされた大賞』など、各局のカラーがより鮮明に
それでは現在のドッキリ番組はどうなっているのか? 民放キー各局がレギュラーや特番でその系譜となる番組を継続させており、そこにはそれぞれの局の姿勢とも言えるカラーがしっかりと映し出されている。
ゴールデンタイムにレギュラー放送しているのが、人気番組『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)。タレントによる一般人へのドッキリや、ドラマなどの撮影現場へのタレント潜入など、どちらかというと騙された側が喜ぶ、和やかな心温まるドッキリが多い。風船で人が飛んでしまったり、屋外のドアから人が消えるなど一般人でも騙される人はいるのか?というドッキリは、ファミリーで安心して楽しめる安全な企画。清らかさやヒューマン性を出したのが『モニタリング』と言える。
同じくゴールデンのレギュラー番組『芸能人が本気で考えた!ドッキリGP』(フジテレビ系)。タレントがタレントへのドッキリ企画を考える打ち出しの番組だが、その内容は、強者による弱者へのドッキリや暴力的なものも目立つ。ストレートなパワープレイ系ドッキリや、「女優ケンカ演技ドッキリ」など観ていて痛々しいハード系の企画も少なくないが、かつてのフジテレビらしいタレント主導の過激さが出ている番組とも言えるだろう。
一方、特番で定期的にオンエアされているのが、『世界の果てまでイッテQ!』の派生特番『うわっ!ダマされた大賞』(日本テレビ系)。悪ふざけがありつつ、放送ギリギリのラインでドッキリを仕掛けるうまさが魅力。さすが『電波少年』を作った日本テレビらしい、過激さもありつつ放送倫理内で上手く制作している感がある。タレント側はひどい扱いを受けているようでいて、積極的に騙されることをよろこんでいるのも伝わるのが、番組の楽しさ、おもしろさの特徴。ほどよいバカバカしさの塩梅も絶妙で、視聴者側は観ていて安心感があり、ファミリーで大笑いできる番組として評価も高い。
テレビ朝日も黙ってはいない。看板番組『ロンドンハーツ』のいちコーナーとしてもドッキリ企画が定期的に放送されている。同番組のドッキリは、時間と手間と予算を惜しみなくかけてターゲットを陥れる企画で、かつて悪名を轟かせた。長期にわたる大型ドッキリが売りであり、そこで人間の本能的な性をさらされた芸人は数しれない。当時は激しい賛否を巻き起こしたが、コアファンからの支持は厚い。現在は、どぎつい内容は地上波では難しいため、ハードだった企画性は変化しているが、芸人はヤラセ仕事を受けるのかといった試練ものや、仕掛けられるドッキリを知ってしまったときのリアクション観察など、騙される側を惑わす変化球系のドッキリで異彩を放っている。
各局それぞれアプローチは異なるが、ファミリーで楽しめる心温まるヒューマン系のTBS、タレント本位の過激さを内包するストレート系のフジテレビ、悪ふざけとバカバカしさのギリギリを攻める技巧系の日本テレビ、切り口と視点を変えて新たなドッキリのあり方を問うテレビ朝日といった特徴が見られる。
◆ノゾキミ的な興奮も いつの時代にも変わらないドッキリの普遍性
かつて時代を超えて愛される“名作”も生まれるほどの人気を博し、そのコンテンツ強度から、さまざまなアレンジが繰り返されながらもフォーマットは脈々と受け継がれているドッキリ番組。過激さを追求し過ぎれば事故につながる危険性、ストーリー性を追求する演出とやらせの線引きの問題など、厳しいコンプライアンスと自主規制のなか、さまざまな制作の難しさがあるコンテンツでもある。
しかし、普段は観ることができない芸能人の素の表情や仕草を目の当たりにできるおもしろさ、ドッキリで騙されたことを悔しがりながらも喜ぶ芸人やタレントの姿を観る楽しさ、人の私生活を覗き見するようなドキドキ感のある興奮は、いつの時代にも普遍的なニーズのあるものであることも事実。時代とともに内容は変わっていくが、その時々の視聴者の娯楽性に寄り添ったコンテンツとして引き続き人気を得ていくことだろう。
また、ウィズコロナの時代には、より笑いや温かさが求められるドッキリが増えていくのかもしれない。視聴者側だけでなく、騙された側にも笑顔が浮かぶような、そこはかとない幸福感が伝わるような仕掛けが人気を得ていくことも予想される。現在は制作における厳しい制約があるのは確かだが、これまでにも創意工夫で乗り越え、変わらぬ人気を誇ってきた。これからも各局それぞれのアプローチで、各番組それぞれの試行錯誤を繰り返しながら進化を遂げていくことだろう。
(文/武井保之)
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