2021年5月16日日曜日

伊藤かずえさんのシーマだけじゃない? 自動車各社の旧車維持プロジェクトについて聞いてみた。自動車のレストア技術にハイテク技術フル導入で今どきの製造業の金型を使用せずにお金を掛けずに金属製のパーツを製造する3Dプリンタの話などで素晴らしい内容となっております。Isn't it just Kazue Ito's Cima?

 安藤眞 | 自動車ジャーナリスト フリーランスライター

 伊藤かずえさんのシーマレストアプロジェクトが、いよいよ動き出しました。3月31日に車両を日産に持ち込み、状態の確認が行われたようです。

 今回の件では「著名人だから」という意見も見受けられましたが、それは仕方ないでしょう。一般のかたのフルレストアを無料で受託してしまえば、「自分のもやってくれ」という人が続出するのは想像に難くありません。慈善事業ではないのですから、何らかの制限を設けなければなりませんし、メーカーにとってもメリットがなければ決裁は降りません。今回の件も広報渉外部がリーダーであることから、広報事業として位置づけられていると推察できます。

 日産は今回の事業以外にも、生産終了車のパーツ復刻やレストアを行う“NISMO Heritage”という事業を行っています。現在の対象車両はR32/33/34型スカイラインGT-Rに限られていますが、一般のかたはこちらを利用することで、自車のレストアや、レストア済み車両の購入が可能になります。

 直近の話題としては、新工法によるR32型スカイラインGT-Rの復刻部品追加が挙げられます。すでに金型を廃棄してしまった部品を復刻するために、3Dプリンタを使った樹脂部品の製造や、金型を使用しない板金加工技術「対向式ダイレス成形」を開発したことを、3月15日に発表しています。これらは新型車開発の試作段階にも活用できそうです。

R32型スカイラインGT-Rのパーツ復刻は2017年12月から。翌年にはR33及びR34型のパーツ復刻も開始。ユーザー車両の持ち込みによるレストアだけでなく、レストア済みコンプリート車両の販売も行う。
R32型スカイラインGT-Rのパーツ復刻は2017年12月から。翌年にはR33及びR34型のパーツ復刻も開始。ユーザー車両の持ち込みによるレストアだけでなく、レストア済みコンプリート車両の販売も行う。

R32型スカイラインGT-Rのリヤパネル。量産品は金型(ダイ)を使用したプレス成形だが、棒状の工具を取り付けたロボットで両側から成形する「対向式ダイレス成形」という工法を開発して復刻を実現した。
R32型スカイラインGT-Rのリヤパネル。量産品は金型(ダイ)を使用したプレス成形だが、棒状の工具を取り付けたロボットで両側から成形する「対向式ダイレス成形」という工法を開発して復刻を実現した。

日産以外のメーカーに見る旧車維持活動への取り組み

 こうした事業は日産だけではなく、トヨタ、マツダ、ホンダが行っています。収益の上がる事業でないことは想像に難くありませんが、なぜそのような活動を行っているのかを聞いてみました。

トヨタはスープラと2000GTのパーツを復刻

 まずはトヨタから。同社は2020年7月から、モータースポーツとスポーツカー開発を担当するGAZOO Racing Companyが“GRヘリテージパーツプロジェクト”を立ち上げ、1967年に発売されたトヨタ2000GTと、1987年〜2002年の間に発売されていたスープラ(A70型およびA80型)の一部部品の復刻と販売を開始しています。

A80型スープラ。モリゾウこと豊田章男社長がドライビングの腕を磨いたクルマとしても有名。3.0Lツインターボエンジンは自主規制のため280psだったが、1000ps前後までチューニング可能だった。
A80型スープラ。モリゾウこと豊田章男社長がドライビングの腕を磨いたクルマとしても有名。3.0Lツインターボエンジンは自主規制のため280psだったが、1000ps前後までチューニング可能だった。

 きっかけとなったのは、GRスープラ(現行A90型)の発売。17年ぶりに復活した新型の注目度もさることながら、A70/A80型を修理しながら乗っているユーザーから「部品が手に入りづらくなってきており、修理が難しい場合には泣く泣く愛車を手放さざるを得ない」という声が、少なからず寄せられました。そうした声に応え、「愛車を長く維持し、子や孫の代まで引き継いて頂くことは日本の自動車文化の振興にもつながるのではないか」という考えから、同プロジェクトを立ち上げたのだそうです。

 もちろん、すべての部品を復刻したわけではなく、金型が必要だったり、大型工作機械が必要だったり、車検を通すには必須の部品が中心。アフターパーツメーカーがすでに作っているものは、そちらに任せています。

傷で曇ったり黄ばみが出たりしやすいA80型のヘッドランプユニット。アフターパーツメーカーが作るには困難な部品の筆頭ともいえる。曇りや黄ばみがひどくなると、車検を通らなくなることもある。
傷で曇ったり黄ばみが出たりしやすいA80型のヘッドランプユニット。アフターパーツメーカーが作るには困難な部品の筆頭ともいえる。曇りや黄ばみがひどくなると、車検を通らなくなることもある。

 採算性については、「継続的で持続可能性のあるプロジェクトにしていくために、一定の収益性を確保することを目指して企画しています」とのこと。採算性が悪ければ、会社の業績が悪化した際に真っ先に目を付けられることになるため、赤字を出すわけには行かないのです。

 そういう姿勢をとり続けていけば、中長期的にトヨタおよびGRのファンが増え、それが結果的にメーカーにとってのメリットになると考えているそうです。

NA型ロードスターを守り続けるマツダは、RX-7の維持活動にも着手

 続いて、復刻部品の製造に最も早く着手したマツダの事例を紹介しましょう。同社は2017年8月から、NA型ロードスターの復刻パーツ販売だけでなく、レストアサービスを行う“CLASICC MAZDA”という事業を展開しています。

NA 型ロードスターのリヤウィンドウはビニール製で、ジッパーで開けるとサイドウィンドウからの空気がキャビンを吹き抜けた。経時劣化が避けられない部品だけに、再販してくれるのはうれしい。
NA 型ロードスターのリヤウィンドウはビニール製で、ジッパーで開けるとサイドウィンドウからの空気がキャビンを吹き抜けた。経時劣化が避けられない部品だけに、再販してくれるのはうれしい。

 ブリヂストン製の純正装着タイヤまで復刻していますから、その思い入れにはひとかたならぬものが感じられます(興味のある方はこちら)

NA型ロードスターのために専用開発されたブリヂストンSF325タイヤも復刻。金型は廃棄されていたため、展示車両からパターンをスキャンし、乗り味もオリジナルに近づけるよう、事実上、新開発したタイヤだ。
NA型ロードスターのために専用開発されたブリヂストンSF325タイヤも復刻。金型は廃棄されていたため、展示車両からパターンをスキャンし、乗り味もオリジナルに近づけるよう、事実上、新開発したタイヤだ。

 また、マツダはこれまでも、FC/FD型RX-7の消耗部品をそれぞれ約3000種類、継続して供給していましたが、FD型のデビュー30周年を翌年に控えた2020年12月には、ファンミーティングや専門ショップからの要望を踏まえて、FC型30種類、FD型61種類のパーツを新たに復刻しています。

 RX-7は現在でも、FC型が約27万2000台、FD型が約6万8000台、全世界で登録されており、大事に乗り続けているユーザーを支援するというのが目的だそうです。しかも、今後もユーザーの期待に応えられるよう、復刻パーツを増やしていけるように取り組んで行きたいとのこと。加えてFD型については、ロードスター同様にレストアサービスを展開できるよう、社内でトライアルを進めているということです(開始時期は未定)。

 マツダもこの事業にビジネス的なメリットは期待しておらず、ファンとの絆を深めていくことに重きをおいており、「マツダ車を大切に乗り続けているお客様の心に向き合いたい。世の中の自動車文化に貢献したいという信念を大切にし、ずっと乗り続けて頂けるサービスを提供する自動車メーカーでありたい」という願いから、事業を行っているとのことです。こうした“熱い”メーカーが日本にあることを、僕たちは誇りに思うべきでしょう。

ホンダはBEATの部品を復刻、S2000は約90%を継続供給中

 さて、最後に紹介するのはホンダです。ホンダもマツダとほぼ同じタイミングの2017年8月から、軽スポーツカー“BEAT”の復刻部品販売を開始しました。BEATは1991年から’96年まで販売されていた軽ミッドシップスポーツカー。660ccの自然吸気エンジンを搭載しており、公道でも使い切れる性能で人気を集めたクルマです。

S660以上に「等身大スポーツ」だったBEAT。自然吸気ながら、自主規制上限の47kWを8100rpmで発生するエンジンを搭載。高回転まで回す楽しさを公道でも味わえるクルマだった。
S660以上に「等身大スポーツ」だったBEAT。自然吸気ながら、自主規制上限の47kWを8100rpmで発生するエンジンを搭載。高回転まで回す楽しさを公道でも味わえるクルマだった。

 部品復刻開始時点で生産終了から21年が経過していますから、すでに金型が廃棄されてしまった部品もありました。そういうものは新たに金型を作り直し、当時と同じ素材が調達できない場合は、強度や耐久性の試験をやりなおし、信頼性を確認したそうです。

 BEATは軽のスポーツカーという小さなマーケットにあって、総生産台数は3万3892台。そのうち、パーツの再販が始まる前年末の段階で1万9759台が登録されており、残存率約58%という驚異的な数値を残していました。熱烈なファンに応えることはもちろん、残存台数が多ければ採算割れのリスクも下がりますから、部品復刻の大きな後押しになったに違いありません。

BEATの特徴のひとつが、ゼブラ模様のシート。純正部品の供給は終了してしまったが、シート表皮のレプリカを(株)スタジオ・ロクゼロ(http://www.rokuzero.com)が復刻している。
BEATの特徴のひとつが、ゼブラ模様のシート。純正部品の供給は終了してしまったが、シート表皮のレプリカを(株)スタジオ・ロクゼロ(http://www.rokuzero.com)が復刻している。

 また、2009年に生産終了したS2000に関しては、現在でも約90%の部品を継続供給しているとのこと。パーツリストはウェブサイトで公開されており、誰でも簡単に検索できるようになっています。

 現在、自動車業界は電動化や自動運転化に直面しており、「選択と集中」を迫られています。そうした環境にある中、このような取り組みを続けていくのは難しい面もあるかと思いますが、ぜひ長く続けていっていただきたいと思います。

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