Googleは約2年前、いわゆる量子超越性を達成した。それは「Hello world」のような瞬間だったと、同社の最高経営責任者(CEO)であるSundar Pichai氏が語っている。量子超越性の達成はこの分野で大きな話題となり、以前は比較的目立たないエンジニアリングの1分野だった量子コンピューティングが、メインストリームに少し近づいた出来事だった。 古典デバイスでは現実的な時間内に実行不可能だった計算タスクを、量子コンピューターによって解決できることが、初めて示された。Googleの量子プロセッサー「Sycamore」は、世界最大のスーパーコンピューターが完了に1万年を要する問題の答えをわずか200秒で計算した。 それ以来、量子コンピューティングのエコシステムは繁栄を続けている。テクノロジー大手も小さなスタートアップもこの流れに乗った。背景には、量子技術がいつの日か前例のない計算能力を実現して、創薬から財務モデリングまで幅広い問題を解決し、効率や業績の面で大きな改善を生むという期待がある。 それは歴史的な節目だったが、量子超越性の実証によって、量子コンピューターがやがてこの「コンピューティングの新時代」を切り開くことが保証されるわけではなく、大規模で有用な量子システムの開発が可能であることが保証されるわけでもない。 Googleのチームを量子超越性へと導いた科学者の言葉なのだから間違いない。「量子超越性が最終的なゴールだったわけではない」。2019年に「Nature」誌の論文でGoogleの量子AIチームとともに量子超越性について紹介したJohn Martinis氏は、米ZDNetにこう語っている。「まだまだ先に進むことができる」 Martinis氏は、Googleと同社のシリコンバレーキャンパスをすでに離れており、現在はオーストラリアに移って、Silicon Quantum Computingというスタートアップでシステムエンジニアとしてコンサルティングを行っている。そのため、量子コンピューティングの最先端技術を進歩させるという思いが消えたことは一度もない。「Googleを去ってから、まだ修正が必要なさまざまなことについて、ずっと考えてきた」と同氏は語る。 Googleにおける同氏の実験の重要性を軽視しているわけではない。Martinis氏が2014年にGoogleの量子AI部門に加わったとき、量子超越性を達成するという計画は大きな課題であるように思われた。多くの人が達成は到底不可能だと考えていた、と同氏は振り返る。 1980年代から量子コンピューティングの研究に携わっているMartinis氏から見て、このプロジェクトはハイリスクハイリターンであり、チームにとって大きな挑戦だったが、それでも実行可能と思えるものだった。それから数年後、同氏の考えが正しかったことが証明された。Googleの53キュービットの量子プロセッサーが、最も強力なスーパーコンピューターで実行不可能な計算を実行し、量子超越性が初めて宣言された。 ただし、重要な注意点がある。Sycamoreプロセッサーが1つの計算で量子超越性を達成したからといって、Googleの量子コンピューターがすべての問題で従来型デバイスに対抗できるわけではない。むしろ全く逆だ。Googleのチームが設計したタスクは、量子システムによる解決だけを目的としており、量子超越性を実証すること以外に実用性がないものだった。 Pichai氏が量子超越性の達成を発表したブログ投稿で説明しているように、この実験は、地球の重力を離れて宇宙の端に触れることができる最初のロケットを作ることに似ている。すなわち、宇宙旅行の可能性を示すものではあるが、有益な場所に行くことはまだできない。 これは、月への旅行が近いうちに可能になるという宣言とはかけ離れている。同様に、量子超越性を達成したからといって、大規模な量子コンピューターが将来的に実現して、従来のコンピューターには対応できない科学やビジネスの問題を解決できるようなるわけではない。 「量子コンピューターの構築が可能になるのかどうか、私にはよく分からない」とMartinis氏。「競争の相手は自然だ。本当の問題は、量子コンピューターの構築を自然が許してくれるだろうか、ということになる」 「これは非常に困難であり、解決すべき技術的な問題が多数ある。私は今も、これらの問題を解決できると楽観視しているが、もちろん、実際に問題に取り組むことが必要になる。それが難しい」 量子コンピューターが現実世界に関連する問題に対応できるようになるには、100万個かそれ以上のキュービットが必要になる、と科学者は予想している。問題は、キュービットが壊れやすい粒子であり、「デコヒーレンス」が非常に起きやすいことだ。これは、キュービットが周囲の環境と相互作用すると、量子状態を簡単に失ってしまうことを意味する。これにより、システムにランダムエラーが発生し、キュービットが多ければ多いほど、エラーの確率が高くなる。 それは、既存の技術では解決不可能なエンジニアリングの課題だ。現在のところ、キュービットを制御するには、いくつもの部屋を占拠するほどの機器が必要になる。たとえば、Sycamoreプロセッサーの53個のキュービットは、巨大な冷蔵庫と極低温制御装置によって、宇宙空間よりも低い温度に冷却する必要がある。それを100万個のキュービットの規模に拡大することを想像してみてほしい。 もちろん、Martinis氏とそのチームは、100万キュービットシステムの可能性を量子超越性によって実証しようとしたわけではない。実験の目的は、量子コンピューティングの可能性を証明するとともに、この技術が真剣に取り組むべきものであり、量子研究には資金を投じる価値があるとGoogleの経営陣に示すことだった。 その目的は達成され、Googleの経営陣だけでなく、世界中の意思決定者が量子コンピューティングの価値を確信した。Googleに加えて、IBMも何年も前から量子コンピューティングに投資しており、MicrosoftとAmazonがすぐに両社に追随した。さらに、多数の小規模企業がこの分野に参入し始めている。2013年の時点では、量子コンピューティング分野のスタートアップはごく少数だったが、2020年までにその数は200社まで急増した。 EU、英国、米国、中国の政府が、大規模な量子プログラムを立ち上げており、多くのケースで莫大な予算を付けている。Martinis氏は、量子超越性の実験を行っていたときはグループでの取り組みのように感じられたが、今ではその精神が競争に似たものへと変化しつつある、と語る。 この挑戦の規模を考えると、それは良いことだ。「人々は大企業やスタートアップから資金提供を受けていて、活気に満ちたエコシステムがあり、誰もが自分のシステムを進歩させて修正する必要があると感じている」とMartinis氏。「こうした多様なプールがある状況は健全なものであり、誰かが実際に機能するものを構築できる可能性が高くなる」 一部の専門家は量子エコシステムに懐疑的で、まだ実力を示していない技術が過剰に宣伝される傾向を非難している。フランスのモンペリエ大学の物理学教授であるMikhail Dyakonov氏は、この分野を声高に批判する1人だ。「The case against quantum computing」(量子コンピューティングに対する反論)と題した投稿で、大規模な誤り訂正システムは、「途方もなく大きな」技術的課題を克服しなければならないため、近い将来に登場することはない、とまで書いている。 だが、Martinis氏は依然として楽観的だ。量子コンピューティングに投資する企業の数が増え続けているため、同技術に対するさまざまなアプローチをテストして、システムを大型化する方法を理解することが可能になりつつあるという。 「何年も言ってきたことだが、キュービットを改善しなければならない」とMartinis氏。「その方法についての非常に刺激的なアイデアがいくつかある。まだたくさんの可能性があると思う」 Martinis氏は、まだ修正が必要な問題をリスト化しており、それらの問題を1つずつ解決していこうと努めている、と述べた。同氏にとっンタラクティブが日本向けに編集したものです。Daphne Leprince-Ringuet (ZDNet.com) 翻訳校正: 編集部
2021年12月4日土曜日
量子コンピューターが直面する困難--キュービット増加に伴う技術的課題
18:43
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