2021年12月18日土曜日

日立、アルストムから「高速車両技術」を買う理由。

 


橋爪 智之:欧州鉄道フォトライター
日立がアルストムから取得する「V300 ZEFIRO」プラットフォームを採用したトレニタリアのETR400型(筆者撮影)

日立製作所は12月9日、イギリスで建設が進む高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」向けの車両を、同社の鉄道システム事業におけるグループ会社の日立レールとフランスのアルストムの共同事業体が受注したと発表した。

【写真を見る】イタリアのETR400型。2021年12月18日からフランスに乗り入れ、2022年中にスペインでも運行する

HS2は欧州鉄道界の一大プロジェクトであり受注はビッグニュースだが、実はその直前、もう1つ今後の高速鉄道車両市場に影響を与えそうなニュースがあった。

日立レールは12月2日、アルストムの保有していた高速鉄道車両プラットフォーム「V300 ZEFIRO(ゼフィロ)」に関わる関連資産などを取得することを決めたと発表した。日本のメーカーがグループ会社を含め、他国の高速列車プラットフォームを取得するのは初のこととなる。

イタリアや中国で採用

高速列車の技術に関しては、新幹線の製造で豊富な経験を持つ日立ではあるが、システムが大きく異なるヨーロッパでは、それだけに頼って簡単に他社と競合できるものではない。ヨーロッパの数多くの高速列車を製造してきた旧ボンバルディアが開発したプラットフォームの取得は、アルストムのTGVやシーメンスのVelaro(ICE)などが群雄割拠するヨーロッパ高速列車市場へ本格的に参入可能になったことを意味する。

「ゼフィロ」は、アルストムに吸収合併されたボンバルディアが開発した高速列車用プラットフォームで、現在はアルストムが一時的に保有している。これまで中国の高速列車向けに採用されたほか、イタリアのアンサルドブレダ(現・日立レール)がイタリア鉄道の高速列車「フレッチャロッサ1000(ミッレ)」の製造に採用した。

ゼフィロプラットフォームには複数の種類がある。最初に採用されたのは、2009年に最高時速250kmで設計された「V250 ゼフィロ」プラットフォームに基づく中国のCRH1E型で、その後、営業最高速度を時速380kmにアップした「V380 ゼフィロ」ベースのCRH380D型も誕生した。実際の製造は、ボンバルディアの現地合弁企業である中国中車青島四方機車車両で行われた。

今回日立レールが取得したのは「V300 ゼフィロ」と称するヨーロッパ市場向けの専用プラットフォームだ。国際鉄道連合(UIC)の規格に適合し、TSI(Technical Specifications for Interoperability/相互運用性の技術仕様)にも準拠している。営業最高速度は時速360km(現在は300km)、設計最高速度は400kmで、いずれもヨーロッパの営業用高速列車では最速を誇る。

同社の前身であるアンサルドブレダが、このV300ゼフィロプラットフォームをベースに造ったのが、現在イタリア国内の高速列車「フレッチャロッサ1000」で運用されているETR400型車両だ。

イタリアのETR400型は2021年12月18日からフランスに乗り入れ、2022年中にスペインでも運行する(筆者撮影)

同車両は、アンサルドブレダが日立に買収された後は、新生日立レールが契約を引き継いで製造している。まずイタリア国内向けに8両編成50本(400両)が製造され、これらは現在イタリア鉄道の列車運行会社、トレニタリア(Trenitalia)によって運用中だ。同社は2021年12月18日からフランスへの乗り入れを開始、またスペインへも2022年中に高速列車事業へ参入する予定となっていることから、追加分としてフランス乗り入れ用8両編成14本(112両)、スペイン向け8両編成23本(184両)の製造を進めている。

アルストムは、既存のトレニタリアとILSA(スペインの高速列車運行事業者)向け車両契約における義務は継続して履行するとしている。

既定路線だった「ゼフィロ」売却

今回のゼフィロプラットフォーム売却は、アルストムとボンバルディアの合併が決まった段階で、すでに決定事項となっていた。

TGVはアルストムにとって基幹製品の1つ。競合するZEFIROプラットフォームを手放すことに躊躇はなかった(筆者撮影)

以前、アルストムはドイツのシーメンスとの合併を画策、実現直前まで話が進んでいたが「市場を独占する恐れがある」として欧州委員会が認めず、この話は破談となってしまった(2019年4月6日付けの記事を参照)。その理由は、両社が保有する製品の中にジャンルが被るものがあり、市場の寡占を防ぐためにどちらかが保有する資産を売却することが求められていたものの、それが不十分であったことだ。

アルストムの保有するTGVとシーメンスの保有するICEは、いずれも世界の高速列車市場の中心的な存在で、他国へも多く輸出されている看板商品だ。1つの会社がどちらも保有するとなれば、市場を独占する可能性があることは明白であり、これが欧州委員会に待ったをかけられた理由だ。

ところが、この欧州委員会の横槍に対して両社の出した回答は、法の抜け穴を突いたような曖昧な内容に終始した。ついに欧州委員会は首を縦に振ることなく、合併話そのものに終止符が打たれる結末となった。

CAFへ売却が決まったアルストムのコラディア・ポリヴァレント(筆者撮影)
同じくCAFに売却されたタレント3。数年前から実施されている承認テストを今も通過できず、オーストリア鉄道からは一部注文をキャンセルされている(筆者撮影)

アルストムとボンバルディアの合併では同じ轍を踏まないよう、両社は可能な限り指摘を受けそうな資産の売却に努めた。連接式車両のコラディア・ポリヴァレント(元アルストム)とタレント3(元ボンバルディア)は数社が興味を示していたが、2021年11月24日にどちらもスペインのCAFが取得したと発表した。

高速列車に関しては、TGVとゼフィロが重複してしまうことになるが、アルストムが1970年代から脈々と受け継いできたTGVの技術を捨てるわけがなく、その結果ゼフィロプラットフォームが売り出されることになった。日立によると、V300プラットフォームの取得は、今後所定の手続きや従業員代表との協議と関連当局の承認を受けた後、2022年前半に完了する見通しとのことだ。

残る部分は中国メーカーの手に?

ところで、今回の売却に関して気になる点は、ゼフィロプラットフォームのうち中国で採用されていた「V250」と「V380」の今後だ。日立に確認したところ、今回の取得はV300プラットフォームのみで、V250、V380の2つは含まれない。

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売却は欧州委員会からの指示を受けての動きであり、V250やV380も売却の対象となるはずだが、日立が取得していないとなると、中国中車青島四方機車車両に引き渡されるということも考えられる。V250を含むゼフィロプラットフォームはスウェーデン向けの車両にも採用されているが、「ZEFIRO Express(ゼフィロエクスプレス)」と称する派生型は、中国で車体を製造した後、ヨーロッパへ輸送して各種艤装を行うという工程になっている。

もしかしたら、いずれヨーロッパ向けの一部の車両も、中国で製造された後に輸送され、最終組み立てだけをヨーロッパの工場で行う、という時代が来るかもしれない。


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