https://www.nikkei.com/prime/tech-foresight/article/DGXZQOUC2999B0Z20C24A1000000?n_cid=NPMTF000P_20240130_a15
パワー半導体業界で、「QST」と呼ばれるウエハー(基板)がにわかに注目されている。窒化ガリウム(GaN)製のパワー半導体のコストを大幅に削減できる潜在性を備えるからだ。パワー半導体向けとして一般的なサイズの口径200mm(8インチ)まで製品化されており、さらに大口径の300mm(12インチ)品のサンプル出荷が早ければ2024年内に始まる。
QST基板で攻勢をかけているのは、2015年設立のファブレス企業である米Qromis(クロミス)だ。台湾積体電路製造(TSMC)傘下の世界先進積体電路(バンガード・インターナショナル・セミコンダクター)に、QST基板、及びQST基板の上にエピタキシャル(エピ)層を積んだエピ基板の製造を委託している。
加えて、信越化学工業にも技術ライセンスしている。同社はクロミスとは別にQST基板を手掛けている。
横型GaNで耐圧1800V
QST基板の利点は大きく2つある。1つは、高耐圧化で求められる厚いGaN層を形成できることだ。産業機器や電力インフラ、自動車などといった、耐圧1kVを超えるようなGaNパワー素子で求められる厚さ10μm以上を達成しやすい。クロミス最高技術責任者(CTO)のVladimir Odnoblyudov(ウラジミール・オドノブリュドフ)氏によれば、20〜30μmも可能だという。
GaNパワー素子は、電流が横(水平)方向に流れる「横型」と、電流が縦(垂直)方向に流れる「縦型」がある。QST基板を利用することで、いずれの素子でも耐圧を高めやすくなる。
中でもインパクトが大きいのは横型だ。横型GaNパワー素子の耐圧は、製品で650V、研究開発品で1200Vといったところである。一方、QST基板を利用した横型GaNパワー素子は、研究開発品で耐圧1800Vを達成している。耐圧1200V以上であれば、電気自動車(EV)を駆動するメインインバーターに適用できる水準といえる。
厚いGaN結晶を積層できるのは、GaNとQST基板の熱膨張係数が近いからである。GaNは有機金属気相成長(MOCVD)法で結晶成長させる。結晶成長時は温度を上げ、成長後に常温に戻す。その際、熱膨張係数の差が小さいほど、反りやクラックが生じにくい。
横型のGaNパワー素子は、安価なシリコン(Si)基板で製造するのが一般的だ。SiとGaNは熱膨張係数の差が大きいので、厚いGaN層を形成すると反りやクラックが生じやすくなる。
300mm品が視野
QST基板のもう1つの利点は、大口径化できることである。クロミスは口径200mmのQST基板を製品化済みである。300mm品も開発中で、2024年にサンプル出荷を始める。口径200mmや300mmは、Siパワー素子のサイズと同水準だが、GaN基板に比べると大きい。
縦型GaNパワー素子では、GaN基板を利用する。縦型は、横型に比べて高電圧・大電流に適しており、EVや再生可能エネルギー、産業機器における電力変換器の損失を大幅に削減できると期待されている。ただし、縦型の実用化にはいくつかの課題がある。
代表的な課題は、GaN基板の口径が小さいことである。現在の製品では、口径50mm(2インチ)品が主流だ。QST基板であれば、前述の通り、口径200mmや300mmを狙える。
QST基板で縦型GaNパワー素子を作製する際の課題は、大電流制御に向けた縦方向へ導電性の確保である。この課題の解決手段を見いだしたのは、信越化学工業とOKIのグループである。信越化学工業のQST基板上に形成したGaN結晶を、OKIの技術でQST基板から剥離し、別の導電性基板に接合して縦方向への導電性を確保する。
信越化学工業は、150mmと200mmのQST基板製品をラインアップしている。300mm化にも取り組んでいる。OKIの剥離・接合技術まで含めると現在対応しているのは150mmまでで、2025年度中に200mmに対応させる方針だ。
コスト削減にも向く
QST基板のコストはまだ高い。研究開発用途が主で、販売量が少ないからだ。数量が増えれば、いずれ「SOI(シリコン・オン・インシュレーター)基板並みの200〜300米ドルにできるだろう」(オドノブリュドフ氏)と見る。QST基板はSOIのように埋め込み酸化膜(BOX)を備えており、構造が似ていることを理由に挙げる。
Si基板上にGaN結晶を成長させる場合に比べて、製造コストを安価にできる可能性もあるという。Si基板を用いる際には、熱膨張係数の差を緩和するためにSi基板とGaN結晶の間にバッファ(緩衝)層を設ける。このバッファ層が厚いので、製造コストが上昇する。QST基板ではバッファ層が不要なので、コスト削減につながる。QST基板が薄く、既存の製造ラインを流用できることも、コスト削減に寄与するとしている。
SiC向けも開発中
クロミスは、QSTを化合物半導体に向けた「技術プラットフォーム」(オドノブリュドフ氏)と位置付けており、多用途への展開を狙う。GaNだけではなく、炭化ケイ素(SiC)など他の化合物半導体にも利用できるという。
QST基板にGaN結晶を成長させる場合、QST基板の上に種結晶として厚さが1μm未満の薄いSi層を設ける。この種結晶の部分を変えたQST基板を開発中である。その1つとして、SiCの活用に取り組んでいる。SiCの種結晶の上にSiCを成長させてSiC基板の代わりにする。2024年中にも技術デモを披露する計画だ。
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(NIKKEI Tech Foresight/日経クロステック 根津禎)
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