「LFP系電池」は、正極材にリン酸鉄リチウム(LiFePO4)を使うリチウムイオン電池である。比較的コストが安く、安全性が高いのが特徴だ。低いエネルギー密度や低温環境での性能低下といった課題を克服しつつあり、2024年には電気自動車(EV)向け電池の主流といえる存在となった。今後、コスト低減の要求が厳しい新興国市場を中心にさらに存在感が高まりそうだ。

LFP系電池の概要
LFP系電池の概要
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 EV向けリチウムイオン電池ではLFP系の他に、正極材にニッケル(Ni)とマンガン(Mn)、コバルト(Co)を使った三元系(NMC系)が使われる。NMC系はエネルギー密度が高く、欧米や日本の自動車メーカーのEVで多く採用されている。中国の自動車メーカーのEVは、上位グレードにNMC系を、下位グレードにLFP系を搭載することが多い。サプライヤーは、中国・比亜迪(BYD)や同・寧徳時代新能源科技(CATL)といった中国の大手電池メーカーが目立つ。

 LFP系電池の弱点は(1)低いエネルギー密度や(2)低温環境化での性能低下などとされてきた。だが、ここへきて弱点を克服した電池が登場している。

 1つ目のエネルギー密度に関しては、NMC系に比べて2~3割低いのが一般的だった。解決策の1つが、正極材にMnを追加するLMFP系だ。鉄(Fe)の一部をMnで置き換え、エネルギー密度を高める。例えば中国・車載電池大手の国軒高科(Gotion High-tech)が開発したLMFP系電池の大型セルは、質量エネルギー密度が228Wh/kgと高い。ちなみに、米Tesla(テスラ)のNMC系円筒形電池「4680」の第1世代品は、質量エネルギー密度が約237Wh/kgである。

 2つ目の低温特性について、極低温では容量が30%以上減るLFP系電池も珍しくない。こうした環境下でEVを急速充電するには、電池を余熱する必要があった。この課題を解決した一例が、中国・吉利汽車(Geely)が2024年6月末に発表したLFP系セル「神盾短刀電池(Aegis Short Blade Battery)」である。-30度でも90.54%の容量維持率を確保したとする。

中国・吉利汽車(Geely)のLFP系セル「神盾短刀電池(Aegis Short Blade Battery)」
中国・吉利汽車(Geely)のLFP系セル「神盾短刀電池(Aegis Short Blade Battery)」
2024年11月に中国・広州で開催された「第22回 広州国際自動車展覧会(広州モーターショー)」で展示していた。(写真:日経Automotive)
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常識覆したLFP系電池

 コストは安いが性能は劣る――。こうした常識が覆りつつある様子は、米Goldman Sachs(ゴールドマン・サックス)が2024年10月に公開した調査結果からも見て取れる。

同社は、EVに搭載されるリチウムイオン電池を材料系別に整理した。2023年まで最も大きなシェアを確保していたのはNMC系である。同年はEVの46.4%がNMC系を使った。LFP系は8.3%と少なかった2019年から右肩上がりでシェアを高め、2024年は42.8%になるとGoldman Sachsは予測した。2024年におけるNMC系のシェアは42.4%の見込みで、わずかではあるがLFP系が最大勢力となりそうだ。同社によると、LFP系の勢いは今後も続くという。

 LFP系電池の技術開発や市場拡大を引っ張るのは、BYDやCATLをはじめとする中国勢である。離されないように、韓国LG Energy Solution(LGエナジーソリューション)やAESCグループ(横浜市)などの電池メーカーもEV向けLFP系電池の量産を急ぐ。AESCは、米国やスペインの工場でLFP系電池を生産すると決めた。

BYDの「刀片電池(Blade Battery)」
BYDの「刀片電池(Blade Battery)」
LFP系で、燃えないことをアピールする。写真は広州モーターショーでの展示。NMC(NCM)系(下段)はくぎ刺し試験で発火したとする。(写真:日経Automotive)
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 LFP系電池を遠目に見てきた自動車メーカーも態度を改めつつある。ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)はこれまでNMC系以外はほとんど使ってこなかったが方針を変えた。VWは国軒高科に出資しており、今後は同社からEV向けLFP系電池の供給を受ける予定である。日産自動車は、2028年度に発売する軽自動車のEVにLFP系電池を採用する。年産5GWh規模の電池工場を日本に新設する。

中国の次は東南アジア・インド

 市場では、東南アジアやインドでLFP系電池の存在感が特に高まっていきそうだ。理由は「暖かいから」(ある国内電池メーカーの技術者)だ。LFP系電池の弱点である低温特性は解決しつつあるが、極低温に対応できる電解液など特殊な部材が必要となる。温暖な地域であれば、吉利汽車の神盾短刀電池のような高性能品は必須でなく、「汎用的な材料を使うLFP系電池で十分に対応できる」(同技術者)という。

 LFP系電池はNMC系に比べて高温環境下でも劣化しにくい。東南アジアやインドなど、今後EVの普及が始まる市場との相性はよい。

 LFP系に限った話ではないが、EV向けの電池としてはこれから「超急速充電」への対応が避けて通れない。1回の充電で1000kmを超えるような航続距離を確保しようとすれば、大容量の電池が必要になってくる。

 それよりも、超急速充電によって短時間で必要十分な距離を走れる方が市場のニーズは高そうだ。中国では「5分間の充電で200km以上走れる」ことがアピールポイントになってきた。CATLは中国・上汽通用汽車と共同で、この要求を満たすLFP系電池を開発した。上汽通用汽車が2025年に投入する次世代EVに搭載する計画である。

 超急速充電に対応した電池は、中国だけでなく東南アジアやインド、日米欧でも需要は高そうだ。“伏兵”だったLFP系が、弱点を克服して主役の座に上り詰める。

注目集まるリン酸鉄リチウム、メリットとデメリットを整理しよう今こそ知りたい電池のあれこれ(24)(1/3 ページ)

中国系企業を筆頭にLFP系材料であるリン酸鉄リチウムの採用事例が目立つようになってきています。リン酸鉄リチウムの採用については、高い安全性や低コストといったメリットが挙げられる一方、エネルギー密度の低さやリサイクル時の収益性に対する懸念などデメリットに関する面の話題を耳にすることもあるかもしれません。

2024年05月31日 06時00分 公開

 約3年にわたるこれまでの連載の中では、電池材料から周辺技術まで幅広く扱い、2024年1月の本連載では、2024年現在の動向を整理しました。

 おさらいになりますが、リチウムイオン電池における正極材料のトレンドは「コバルトフリー」と「使い分け」です。これは、コスト的な観点から希少金属であるコバルトを避ける流れが進むとともに、材料ベースで安価なオリビン鉄(LFP)系と、ニッケルやマンガンを主体にしたそれ以外の材料系に大きく二極化し、搭載製品の価格や性能に応じて選択する場面が出てくるという考え方です。

 しかし、直近の実用化や市場投入の面で見ると、「使い分け」というよりも、中国系企業を筆頭に、LFP系材料であるリン酸鉄リチウムの採用事例が目立つようになってきています。リン酸鉄リチウムの採用については、高い安全性や低コストといったメリットが挙げられる一方、エネルギー密度の低さやリサイクル時の収益性に対する懸念などデメリットに関する面の話題を耳にすることもあるかもしれません。

 今回はリン酸鉄リチウムの特徴について、これらのメリットやデメリットといった点も踏まえて整理し、解説してみたいと思います。

リン酸鉄リチウムのメリット

 リン酸鉄リチウムの最大のメリットとして挙げられることが多いのは、その高い安全性かと思います。過充電や高温状況下という過酷な使用環境においても、他の正極材料と比べて破裂や発火のリスクが低いとされています。この高い安全性は、リン酸鉄リチウムの結晶構造に起因しています。

 リン酸鉄リチウムはオリビン型に分類される結晶構造を有し、リチウムイオンは鉄、リン、酸素によって形成される複雑な構造体の中を結晶軸に沿って1次元的に移動します。

オリビン型の結晶模式図(クリックして拡大) 出典:日本カーリット

 結晶中のリンと酸素の結び付きが非常に強いため、過充電や高温での分解、結晶構造崩壊による酸素放出が起こりにくい、つまり異常発熱や発火に対する安全性が高いことが特徴です。

 酸素放出を起こすような分解温度が他の材料よりも高いため、危険な領域に到達しにくいことが、リン酸鉄リチウムの安全性に結びついています。一方で、あくまでも「危険な領域に到達しにくい」という点、つまり「燃えない」のではなく「燃えにくい」ということは運用上注意すべきかもしれません。実際に、リン酸鉄リチウム系材料を採用した製品においても、火災事故の発生事例が見受けられます。

 例えば、2021年4月、北京の集美家具デパートメントにおける大紅門貯蔵エネルギー発電所では爆発を伴う火災事故が発生し、消火活動にあたった消防士2人が亡くなる事態となりました。

※関連リンク:北京儲能電站爆炸調査結果:8箇誘因,没有定論_電池

 リン酸鉄リチウムの高い安全性は、昨今とても注目されるようになった要素ではありますが、決して材料レベルの安全性だけで最終的なシステム全体の安全性が担保されるわけではないということに留意し、今後も安全上のリスクを注視すべきかと思います。

リン酸鉄リチウムのデメリット

 リン酸鉄リチウムの代表的なデメリットとしては、材料レベルでの電子伝導性や電池として用いる場合のエネルギー密度が他の正極材料に比べて低い点が挙げられます。開発当初は電子伝導性やリチウムイオン輸送特性が低いため電池材料には不向きと考えられていましたが、現在はナノ粒子化や炭素コーティングといった粒子加工技術の導入によって性能が大きく改善され、実用化に至っています。

 また、電池として用いる場合のエネルギー密度が低い問題についても、体積効率的により多くの電池を搭載する「モジュールレス化技術」により、単電池当たりのエネルギー密度の低さをシステムパッケージとしての集約方法によってカバーする方向で開発が進められています。

 その他にも幾つか電池特性における注意点が挙げられます。1つは「メモリ効果」の存在です。一般的に、リチウムイオン電池にはメモリ効果が発生しないとされていますが、リン酸鉄リチウムを使用する場合は、微小ながら発生する事例が報告されている点には注意が必要です。

※関連リンク:リチウム二次電池のメモリー効果発見:豊田中央研究所

 もう1つの注意点は「SOC推定」です。SOCは「State Of Charge」の略であり、電池の充電状態を表す指標です。電池の容量と電圧には相関性があるので、電圧の計測結果から電池容量(SOC)を推定するのが一般的ですが、リン酸鉄リチウムを使用する場合、他の材料系よりも動作電圧が一定となる区間が多いため、電圧を基準としたSOC推定の難易度が高いとされています。

 他にも、リン酸鉄リチウムの特徴として「低コスト」が挙げられることも多いかと思います。確かにリン酸鉄リチウムの原料は鉄等の比較的安価な素材であるため、原料コスト自体は他のリチウムイオン電池の正極材料と比較すると低いと言えます。一方で、製品全体のコストは原料費だけでなく、製造プロセスや設備投資、研究開発費など多くの要素によって決まるものでもあります。

 リン酸鉄リチウムは、先述した材料特性改善のための粒子加工処理等により、原料費以外のコストは高くなる可能性があります。また、原料自体がいずれも比較的安価な素材であるため、リサイクルによるコストメリットや採算性が見いだしにくいというリスクもあります。

 しかし、リン酸鉄リチウムに限った話ではありませんが、技術の進歩とともに各種プロセスの改善や効率化が進んでいるという側面もあります。例えば、電池材料のリサイクルを手掛けるBotree等の企業を筆頭に、安価な選択的リチウム抽出処理技術の開発検討が進められており、少なくとも中国国内においては、リン酸鉄リチウムにおけるリチウムリサイクルが商業ベースで成立する可能性も出てきています。

※関連リンク:Botree

 以上の点を踏まえると、リン酸鉄リチウムの「コスト」に関する問題は、単なるメリットやデメリットと捉えるのではなく、製造およびリサイクルのプロセス改善や大量生産の効率化などによって、そのコストパフォーマンスは変動するものであると考え、今後も動向を注視するべきかもしれません。

新たな資源問題を誘発する懸念も

 最後に、資源面の問題についても考えてみたいと思います。昨今は「脱炭素」に対する議論が注目され、リチウムイオン電池を始めとする電池技術にはCO2排出の削減に寄与する環境影響が期待される傾向にありますが、本来はCO2排出量のみではなく、資源消費量など、その他の要素も統合的に解釈したときの環境影響についても考えていくことが大切かと思います。

 リン酸鉄リチウムに用いられる「リン」ですが、食糧生産などにも欠かせない資源であり、一説には現在の消費ペースでは約50~100年程度で枯渇するとも言われています。

 希少資源であるコバルトの使用量を減らすために進んでいる「コバルトフリー」ではありますが、電池等に適した高純度で品質の良いリン資源は産出地域が限られているため、新たな資源問題を誘発するのではないかという懸念の声もあり、今後も注視が必要な領域となっています。

※関連リンク:新しいグリーン産業としてのリン資源リサイクル:大阪大学大学院工学研究科

まとめ

 今回はリン酸鉄リチウムの特徴について、昨今よく耳にする各種メリットやデメリットといった点も踏まえて整理し、解説してみました。

 一般的にメリットとされる高い安全性や低コストといった特徴であっても、その裏には火災事例や原料費以外のコストなどの留意すべき事項があります。また、エネルギー密度やリサイクルの収益性といったデメリットとされがちな特徴においても、そのデメリットを克服するための技術開発が進んでいることが分かります。

 リン酸鉄リチウムを含め、リチウムイオン電池をはじめとする電池技術の可能性はまだまだ広がっています。日本カーリット受託試験部では、今後も受託試験を通して電池開発に貢献できるよう、電池評価に取り組んでまいります。

著者プロフィール

川邉裕(かわべ ゆう)

日本カーリット株式会社 生産本部 受託試験部 電池試験所
研究開発職を経て、2018年より現職。日本カーリットにて、電池の充放電受託試験に従事。受託評価を通して電池産業に貢献できるよう、日々業務に取り組んでいる。
「超逆境クイズバトル!!99人の壁」(フジテレビ系)にジャンル「電池」「小学理科」で出演。

▼日本カーリット
http://www.carlit.co.jp/

▼電池試験所の特徴
http://www.carlit.co.jp/assessment/battery/

▼安全性評価試験(電池)
http://www.carlit.co.jp/assessment/battery/safety.html