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増野敦信 Atsunobu Masuno
東京大学生産技術研究所助教
1975年生まれ。大阪府出身。1999年、京都大学理学部卒業。2006年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究員。2007年、東京大学生産技術研究所助教に就任。
東京大学生産技術研究所助教
1975年生まれ。大阪府出身。1999年、京都大学理学部卒業。2006年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究員。2007年、東京大学生産技術研究所助教に就任。
硬いガラスは空中に素材を浮かせる「無容器法」で作る
堀江貴文(以下、堀江) 増野さんは、薄くて非常に硬いガラスの開発に成功されたんですよね。
増野敦信(以下、増野) はい。「超高弾性率ガラス」といいます。
堀江 超高弾性率というのは?
増野 弾性率と言うのは変形のしにくさを表す数値なんですが、この数値が高いほど同じ力をかけても変形しにくい、曲がりにくい。つまり硬いガラスということになります。
堀江 今回、開発されたガラスの硬さはどれくらいなんですか?
増野 弾性率を示すヤング率という指標があるんですが、それが160GPaです。酸化ガラスの中では最も大きな値です。これまでの典型的な酸化ガラスだと80GPa、鋳鉄は152GPa、鋼だと200GPa程度なので、硬さでいうとガラスより鋳鉄や鋼に近いですね。
堀江 すごいですね。どうやって、そんなに硬いガラスを作れるようになったんですか?
増野 ガラスは結晶と違って、原子がバラバラに存在しています。ガラスの弾性率を上げるには、この原子間の隙間がなるべく少なくなること、つまり充填密度を高くすることが必要なんです。
堀江 はい。
増野 そのためには酸化アルミニウム(Al2O3)の含有量を増やすことが効果的なんですが、酸化アルミニウムはガラスになりにくい酸化物(中間酸化物)なので、これまではあまり含有量を増やすことができないと考えられていました。
堀江 ガラスになりやすい物質となりにくい物質があるんですね。
増野 そうです。ガラスになりやすい物質かどうかを見積もるための「ガラス形成則」という基本原則がありまして、それに従って考えると酸化アルミニウムを多く含む高弾性率ガラスの開発は原理的に難しいというのが常識でした。
堀江 なるほど。
増野 それが今回、「無容器法」という方法を使うことで、酸化アルミニウムと酸化タンタル(Ta2O5)だけでガラスを作ることに成功したんです。組成比率はほぼ1対1、非常にシンプルなものです。
堀江 材料はふたつだけなんですか?
増野 はい。ガラスを作る時には、通常は作りやすくするためにいろんな材料を入れます。光学レンズだと10組成とか20組成ぐらいは入っています。それが、今回このふたつの組成で新たなガラスができたことの意味は大きいんですよ。
堀江 それで硬さが出せるようになったんですか。
増野 できあがったガラスを調べたところ、原子の充填密度が非常に高くなっていることがわかりました。
堀江 無容器法というのは、どんな方法なんですか?
増野 簡単にいうと、容器を使わず空中にガラスの原材料を浮かせて、そこにレーザーを当てて加熱し、ガラスを作る方法です。
堀江 浮かせるんですか?
増野 はい。上向きの円錐のノズルの下から空気を流し込んで、ガラスの材料の粉末を浮かせます。そこにCO2レーザーを照射して2000度くらいに熱すると溶解します。溶解すると液体になり勝手にくるっと丸まってくれるので、どんどん浮きやすくなります。
堀江 すごくシンプルな方法ですね。
増野 ええ。ただ、ほとんど誰もやっていないかった法です(笑)。
宇宙実験用の技術を応用している
堀江 こうやって浮かせる方法だと、なぜ今までできなかったガラスができるようになるんですか?
増野 浮かせることの一番のメリットは、結晶化しにくいということです。通常、容器の中でガラスを作ると簡単に結晶化してしまいます。どこかに接触していると、そこからニョキニョキと結晶が生えてしまうんですよ。
堀江 へー。
増野 それが浮かせてどこにも接触していない状態だと、結晶化しにくいんです。その結果、ガラスになりにくい成分でもガラス化することができるようになる。
堀江 なるほど。今まで、浮かせて作るやり方を誰もやっていなかったというのは、なぜなんですか?
増野 もともと、この技術自体はガラス材料を合成するのとは全然関係ない技術なんですよ。作成方法が普通とは違いすぎるので、ガラス会社は手を出していませんでした。
堀江 そうなんですか。じゃあ、この技術で何を作っていたんですか?
増野 作る技術じゃなくて、「観察する」技術です。
堀江 へー。
増野 もともとは宇宙実験用の技術だったんですよ。無重力状態で浮いている液体を観察するという技術です。今、国際宇宙ステーションの中に日本初の有人実験施設「きぼう」がありますが、2015年8月、「きぼう」にこれに似た装置が打ち上げられました。物性計測をする実験が行われているはずです。
堀江 どんなものを測るんですか?
増野 基本的には、表面張力とか粘度とかを測ります。この実験は、すごく重要なんですよ。鉄鋼やガラスは液体から作りますが、その際に液体の粘度の温度依存性がしっかりわかっていないとシミュレーションができません。
堀江 粘度って、どうやって測るんですか?
スマホメーカーからの問い合わせが殺到
堀江 このガラスは、どんな分野での応用を考えているんですか?
増野 薄くても丈夫な新素材ということで、エレクトロニクス用基板や建築材料、カバーガラスなどへの応用を期待しています。実際、このガラスを発表したら、スマホメーカーの人がいっぱい来ました。
堀江 やっぱり……。僕は、今のIOT(Internet of Things)の基盤になってるものってスマホの力が大きかったと思っているんですが、材料の世界もスマホの影響は大きいですね。
増野 ガラスなんて古い材料だったんですが、スマホのおかげで一気にセンター的な感じになっちゃいましたね(笑)。でも、スマホに向いているのはもうちょっと弾性率が低いガラスなんです。
堀江 あ、そうなんですか。
増野 スマホの場合は、弾性をやや低くしてわざとたわむようにして、逆に割れないようにするんですよ。以前、サファイアガラスが使われるという話もありましたけど、あれはダメでしたね。サファイアガラスは硬すぎて割れちゃうんです。
堀江 確かにそうですね。
増野 サファイアガラスは、ガラスではなくて単結晶なんです。単結晶はやっぱり割れやすい。硬いけど、脆い。スマホメーカーの人に聞くと、硬すぎるのはダメで、筐体と同じくらいの弾性率がいいそうです。そうなると今回のガラスでは少し硬すぎるんですが、もうちょっとマイルドな感じにすればいけるかなと思っています。
堀江 その場合は強化ガラスにするんですか?
増野 このガラスは強化しなくてもいいんです。もともと組成的に硬いので。強化って、お金がかかるんですよね。それから1回強化してしまったガラスは後の加工が難しいんです。そういう点でも強化していない強いガラスは、けっこう需要があると思っています。
堀江 なるほど。このガラスは後の加工がしやすいんですか?
増野 はい。普通のガラス加工と同じようにできます。
堀江 それで特性は変わらないんですか?
増野 形は変わっても特性は変わらないですね。
堀江 へー、いいですね。
増野 実は今回の硬いガラスの他にも、いろいろなガラスを作っていまして……。
堀江 どんなガラスですか?
増野 以前に、ダイヤモンドくらい屈折率の高いガラスを作って発表したことがあるんです。そうしたら、レンズメーカーからいろいろ問い合わせがきました。すでに多くの会社にその技術は入っていて、商品化も近いと思いますよ。
堀江 例えば、どんなところに?
増野 スマホのカメラレンズですね。屈折率がすごく高いので光がギュンと大きく曲がりますから、非常にワイドに拡大できるんです。とてもクリアに見えるレンズですよ。
堀江 なるほど。
増野 でも、高屈折率ガラスを発表した時よりも、硬いガラスを発表したときの方が反響が多かったです(笑)。僕自身、ちょっとびっくりしているぐらいでした。それから「割れにくいガラス」というのが、もうできています。
堀江 それは、今回発表したガラスに、さらに何か加工したり組成を変えたりしたものですか?
増野 はい、組成を変えました。よりサファイアに近いガラスです。サファイアガラスは酸化アルミニウム100%ですが、それだけだとガラスにはならないので、ガラスができる最小限ギリギリのシリカを加えてあります。
堀江 これは当然、浮かせてないとできないですよね。
増野 そうですね。このガラスは硬いんですよ。しかも、硬くて割れない。
堀江 かなりサファイアの組成に近いんですか?
増野 近いですね。原理的にはサファイアに近づくほど硬くて割れないガラスができるとは思いますが、それは浮かせる技術を使っても作るのが難しい。この割れないガラスの組成は6(酸化アルミニウム):4(シリカ)なんですが、これがマックスという感じですね。
堀江 なるほど。
増野 でも、この「硬い」とか「割れにくい」っていうのは、なかなかわかってもらうのが難しいんですよ。実際に触ってみても、ガラスの球だからよくわからないんですよね。それで学生たちと考えたんですが、堀江さんに実感してもらうためには「割ってもらうしかない」ということになりました(笑)。
堀江 えー。
増野 そのためのジグ(固定する道具)も用意しました。普通のガラスだったら簡単に割れるから必要ないんですけどね。せっかくですので、1個割ってみてください。
堀江 はい。……(「ドン!」という大きな音)すごい! 本当に割れないや。
増野 よかった! 体感していただけて(笑)。
人間の力では、まず割れることはない
堀江 いったいどのくらいの力をかけたら割れるんですか?
増野 実験では油圧プレス用のジグを持ってきて、10メガパスカルくらいの力をかけました。つまり100気圧程度の力です。だから、人間の力ではまず割れません。スマホのカバーガラスに使うのが一番いいと思うんですけど、ここまで割れないと他のところにも使えるんじゃないかと思っています。今のところは、カバーガラスくらいしかアイデアがないんですけどね(笑)。
堀江 宇宙船とかはどうですか? 透明な部分が増やせますよ。
増野 そうですね。もともと「きぼう」関連で出てきた技術を使っているので、宇宙で使えるといいと思っているんですけどね。
堀江 宇宙船のボディがこれになると……。
増野 眩しくてしょうがないですね(笑)。
堀江 あとは実験装置とかでもいいんじゃないですか? 実験とかで割れないガラスの容器があると便利ですよね。難しいですけど、何か思いついたら提案しますよ。
増野 ぜひお願いします。ガラスは古い材料なので、なかなか新しいアイデアが出にくいんです。今回、我々が作っているガラスは非常にシンプルな組成なので、今後、組成をいじる余地はいっぱいあります。今は小さいものしかできませんが、組成を工夫することで大きなサイズのものも作れるようになるはずです。そうなると、使える用途もさらに広がると思っています。
堀江 ガラス以外は何かやられているんですか?
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