相談者

相談者:40代男性です。昨年父を肺がんで亡くしました。父はがん保険に加入していたのですが、ずいぶん前に加入した保険だったので、受け取れたのは最初にがんが見つかったときの診断給付金50万円のみ。足りなかったと痛感しています。父の死を受けて、がんの最新治療を気にするようになりました。「光免疫療法」という新しい治療法のニュースを観ました。この治療もがん保険の対象になるのでしょうか?

黒田FP:光免疫療法は、手術療養、薬物療法、放射線療法の三大治療や免疫療法に続く、第5のがん治療法として注目されている治療法です。手術が難しいがんや再発した進行がんを治療でき、既存の治療法に比べて副作用が少ないのが利点ですが、まだまだ治療が受けられる施設は少なく、保険適用になるがん種も限定されています。がん保険の給付の対象になるかどうかは、保険約款上の規定次第ですが、新しいタイプの治療だけに、保険会社や商品内容によって大きく対応が異なるのが現状です。

がん治療の三大治療とは?

本コラムの第3話「最近のがん保険のトレンドと選び方」で、がん保険選びの3つのポイントをご紹介しました。そこで第1のポイントとして挙げたのは、「今のがん医療に対応しているか」という点です。
それでは、今のがん治療がどのようになっているのか、光免疫療法の説明の前に、がん医療の構図がどのようになっているのか整理しておきたいと思います。

がんの治療法といえば、代表的なのは、手術、放射線治療、薬物療法(抗がん剤、ホルモン剤など)の3つです。
どの治療法を中心に進めていくかは、がんの種類やステージ(病期)、がんの大きさ、深さ等の特徴に加えて、年齢や合併症の有無などを勘案して決められます。

一般的には、早期がん(発生したがんがまだ粘膜に留まっている状態でⅠ~Ⅱ期が目安)の場合は手術が、進行がん(発生したがんが組織内部の深くまで浸潤している状態で、Ⅱ~Ⅳ期が目安)やがんが他の臓器へ転移している場合は薬物療法が優先的に選択されます。
ただし、小細胞肺がんや悪性リンパ腫など、薬物療法の効果が高く、遠隔転移しやすい性質があるがんについては、早期であっても手術よりも薬物療法が選択されたり、患者さんの全身状態や体調によっては、より身体的負担の軽い放射線治療が選択されたりします。

これら三大治療は単独で行うだけでなく、複数の治療を組み合わせて行うことも多く、これが「集学的治療」と呼ばれるものです。ただし、治療が増えれば副作用も大きくなりますので、再発率やQOL(生活の質)への影響などを踏まえた上で実施されます。
さらに、三大治療と並行して「緩和ケア」も行われます。がん罹患後の不安による精神的な苦痛やがんの症状や副作用による痛みなど身体的な苦痛を和らげる治療です。緩和ケアというと、末期がんの患者さんに行うものというイメージがありますが、最近では、診断直後から行われることも少なくありません。

「免疫チェックポイント阻害薬」で有名になった免疫療法

このほかにも、第4の治療法といわれるのが「免疫療法」です。これは、人間が本来持っている免疫の力を利用してがんを攻撃する治療法。ただし、その効果が証明されているのは、①「免疫チェックポイント阻害薬」を用いた免疫のブレーキを外す免疫療法と②免疫ががん細胞を攻撃する力を強め、免疫にアクセルをかける「エフェクターT細胞療法」の2つです。

まず①の免疫チェックポイント阻害薬は、2018年にノーベル医学生理学・医学賞を受賞された京都大学・本庶佑先生の功績とともに「オプジーボ」(商品名、以下同じ)の名前も世間に広まりました。

その後、キイトルーダ、テセントリク、イミフィンジ、パベンチオ(いずれも商品名)などが登場し、悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がん、悪性胸膜中皮腫などで保険適用になっています。

続いて①のエフェクターT細胞療法は、国内で保険適用されているのはCAR(キメラ抗原受容体遺伝子)を用いる 「CAR―T細胞療法」のみです。2019年5月に保険適用が承認された際、この治療に用いられる「キムリア」の薬価が、患者1人当たり3,349万3,407円と発表され、大きく話題になりました。
対象になるのは「B細胞性急性リンパ芽球性白血病」と「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」の患者さんです。

これら以外にもさまざまな免疫療法がありますが、どちらかといえば、三大治療に比べて発展途上ともいうべき治療法。治療効果があると有効性が認められているものは、まだ少ないのが現状と言えます。

【図表】「がん」治療の全体図

【図表】「がん」治療の全体図

第5のがん治療法「光免疫療法」とは?

そして、ご相談者が気になるという「光免疫療法」は、がんの三大治療、免疫療法に続く第5のがん治療法として注目を集めている治療法です。

光線力学療法と免疫療法を組み合わせた画期的な方法で、米国国立保健研究所(NIH)の小林久隆医師が開発し、楽天メディカル社が後押しして進められてきました。
光免疫療法は、がん細胞の表面に出ているたんぱく質(EGFR)に結合する性質を持つ抗体を利用。その抗体に特殊な光(近赤外光)で反応を起こす「光感受性物質」を結合させた新しい薬剤を点滴で体内に注入すると、抗体はがん細胞膜上のEGFRにくっつきます。そこをめがけて近赤外光を照射すると、光感受性物質が化学反応を起こし、がん細胞が破壊されるというしくみです。

光免疫療法の最大のメリットは、既存の治療法に比べて、副作用が少ない点です。
近赤外光は、テレビのリモコンの信号などにも使用される目に見えない光で、人体には無害。また、抗体を利用した抗体療法は分子標的薬ですでに使われていますが、抗がん剤に比べて副作用が少ないとはいえ、がんの増殖を抑える目的の量を投与すれば副作用も生じます。
一方、光免疫療法は、光によってポイントをさらに絞り込んで治療するため、抗体療法に比べると、少ない投与量で済むと言います。

治療自体も、1日目に2時間以上かけて薬剤を点滴で投与。2日目にレーザ光を数分間、照射する二段階で行われますが、数時間で終了します(その後、1週間程度入院)。
副作用として、出血や部位の周辺の浮腫と痛み、薬剤投与直後のアレルギー反応のほか、光過敏症の傾向が出るため、薬剤投与後、4週間は直射日光を避けるなどが挙げられています。
とはいえ、何か月にもわたる抗がん剤治療の副作用に苦しんだり、毎日、放射線治療を受けるため通院したりといった、これまでの身体的・物理的負担と比べると雲泥の差でしょう。

費用は約700万円でも保険適用で患者負担は軽減!

さらに、患者さんやそのご家族にとって気になるのは経済的負担です。

厚生労働省は、2020年9月、最終段階の臨床試験(治験)が終わっていないため、安全性や有効性の検証という条件付きながら、世界に先駆けて日本で承認しました。
対象は、切除不能な局所進行または局所再発の「頭頸部がん」で、他に治療法がない場合のみです。

投与する薬剤アキャルックス®点滴静注と、光を照射する医療機器のBioBlade?レーザシステムを用いるこの光免疫療法は、「イルミノックス治療」とも呼ばれ、すでに2021年1月から、愛知県がんセンター病院、国立がん研究センター東病院、東京医科大学病院の3施設で治療が始まり、実施病院が順次拡がっています。
光免疫療法の1回の治療にかかる医療費は、薬剤費、装置代、手術費などを含め約700万円程度と高額です(4週間以上あけて、最大4回まで行うことがある)。
しかし、保険適用が承認されたため、公的医療保険や高額療養費制度の適用が受けられることになり、患者さんの自己負担は軽減できます。

ただし、この治療が受けられるのは「日本頭頸部外科学会に認定された指定研修施設」「常勤の頭頸部がん指導医がいる」などの要件を満たした施設に限定されており、まだ20施設程度となっています。

「光免疫療法」は民間保険の給付の対象となるのか?

現時点では、がん種も条件を満たした「頭頸部がん」のみですが、キーとなるEGFRは、大腸がんや胃がん、食道がん、胆道がんなどにも発現します。
また、近赤外光が届く深さは数センチまでなので、体の表面から照射している現段階では深部にあるがんの治療は難しいとされていますが、今後、内視鏡などで照射できるようになれば、他のがん治療にも応用できる可能性は高まるはずです。
となれば、気になるのは、光免疫療法が、がん保険の給付の対象になるかどうかでしょう。

筆者が、生保各社に取材したところでは、対応は会社や商品等によってさまざまです。
承認された「アキャルックス®点滴静注」および「BioBlade®レーザシステム」の組み合わせで行う治療を前提とすると、公的医療保険制度において診療報酬が算定されていれば、「入院給付金」「手術給付金」「通院給付金」に関しては、給付の対象になる場合が多い印象です。しかし、対応が分かれるのは「抗がん剤治療給付金」です。

例えば、「給付対象外」とするA社の保険約款上の規定は以下の通りです(一部抜粋)

「所定の抗がん剤またはホルモン剤」とは抗がん剤またはホルモン剤治療を受けた時点において、次のすべてを満たす薬剤をいいます。

  • がんを適応症として厚生労働大臣により承認されていること
  • 厚生労働大臣による製造販売の承認時に、診断確定もしくは再発または転移が確認されたがんの治療に対する効能または効果が厚生労働大臣により認められたこと
  • 世界保健機関の解剖治療化学分類法による医薬品分類のうちL01(抗悪性腫瘍薬)、L02(内分泌療法)、L03(免疫賦活薬)、L04(免疫抑制薬)、V10(治療用放射性医薬品)に分類されること

現時点(2021年9月29日)で、薬剤は、世界保健機関(WHO)の解剖治療化学分類法による医薬品分類がなされていません。他にも給付対象外とする会社は上記③の条件を満たしていないことを理由に挙げています。

一方で、「給付対象」とするB社の保険約款上の規定は以下の通りです(一部抜粋)

対象となる抗がん剤とは、ガンを破壊またはガンの発育・増殖を抑制することを目的とした治療のために使用された、ガンを適応症として厚生労働大臣により承認されている薬剤を指し、投薬または処方された時点において、つぎのいずれかに該当する薬剤をいいます。

  • 世界保健機関の解剖治療化学分類法による医薬品分類のうち L01(抗悪性腫瘍薬)、L03(免疫賦活薬)、L04(免疫抑制薬)、V10(治療用放射性医薬品)に分類される薬剤
  • 総務大臣が定める日本標準商品分類の医薬品において「8742 腫瘍用薬」に分類される薬剤。ただし、世界保健機関の解剖治療化学分類法による 医薬品分類のうち L02(内分泌療法)に分類される薬剤を除きます。
  • 再生医療等製品で、かつ薬価基準に収載された薬剤

同薬剤は、日本標準商品分類(番号874299)に分類されているため、対象となります。
このほか、規定には該当しないものの、条件付き承認を取得済みであることや効能を考慮し、実施された医療機関や傷病名等を確認した上で、給付可否を判断するなど、柔軟な対応を行うとする保険会社もあります。また、光免疫療法に限らず、がん治療を目的として所定の条件を満たせば、自由診療も補償する実損てん補型のがん保険であれば給付の対象となるでしょう。

いずれも、保険約款上の規定次第といえますが、これからも新しいタイプの治療法が登場した場合、どこまで既存のがん保険でカバーできるのか?あるいはどこまでを民間保険の役割とするのか?
医療の進歩と保険商品のギャップをいかに埋めるかが、益々難しくなってきたことを痛感しています。

<参考>

執筆監修 黒田 尚子(くろだ なおこ)

執筆監修 黒田 尚子(くろだ なおこ)

CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士
CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター
消費生活専門相談資格、第2種情報処理技術者資格
初級システムアドミニストレータ員資格

富山県出身。立命館大学法学部修了後、1992年(株)日本総合研究所に入社、SEとしてシステム開発に携わる。在職中に、自己啓発の目的でFP資格を取得後に同社退社。1998年、独立系FPとして転身を図る。現在は、セミナー・FP講座等の講師、書籍や雑誌・Webサイト上での執筆、個人相談を中心に幅広く行う。2009年末に乳がん告知を受け、自らの体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力している。

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