艦艇の全体を対象とするレーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)の低減、すなわち対レーダー・ステルス化については、第240回で取り上げたことがある。このときには、船体や上部構造の設計に加えて、上部構造物に電測兵装を埋め込む統合マスト化などを話題にした。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

マスト単体で見ると、どうなの?

ところが現実問題としては、大きな艦から小さな艦まで、すべての艦で上部構造に電測兵装を埋め込む流れにはなっていない。使いたい電測兵装が先に決まっていることもあるし、個々の電測兵装の性能発揮と相互干渉の防止という観点から配置が制約されることもある。

一般に、統合マストを採用すると全体の高さが抑えられる傾向があるようだ。おそらくは重心高や風圧側面積の問題に制約されている。そうした中、巨大な上部構造物を建てた米海軍のズムウォルト級駆逐艦や、高い塔状構造物の頂点にサンプソン・レーダーを据え付けた英海軍の45型駆逐艦は、例外的存在といえる。

そして現在でも、「高い上部構造物」の代わりに「一般的な上部構造物 + マスト」という組み合わせを採用している艦はけっこうある。しかしRCSの低減は図りたい。

軽くて強固な構造にするには、棒材をトラス構造にしたラティス・マストが理想的だが、漫然と設計すると、構造が複雑になってレーダー電波の反射源を増やす傾向が強まる可能性はある。

では、マストを立てつつ、そのマストのレーダー反射を低減して、かつ必要な電測兵装を載せるスペースをとるにはどうすればよいか。

解決策1:平面構成の主塔を支柱で支える

米海軍のアーレイ・バーク級駆逐艦あたりが嚆矢であろうか。トラス構造を露出させる代わりに、表面を平面で構成した三角断面、あるいは菱形断面の主塔を斜めに立てて、それを後方から支柱で支える形。

主塔を斜めに立てるのは、これもRCS低減というか、正確にはレーダー電波を反射する向きを揃える狙いによる。主塔がテーパーした形状になっていれば、側面に対してもなにがしかの傾斜がつくことになる。

海上自衛隊の艦では、例えば「はやぶさ」型ミサイル艇のマストがこれに近い考え方と見受けられる。

  • ミサイル艇「うみたか」のマスト。艦首側に頂点を配した参画断面の主塔を、後方に傾斜させて設置。それを後方から2本の支柱で支えている 撮影:井上孝司

  • 米海軍のアーレイ・バーク級駆逐艦も同じ考え方。というか、こちらが先輩である 撮影:井上孝司

解決策2:平面構成の主塔を太くする

主塔を太めにして断面を大きくとり、後方から支えるための支柱を設けないで済ませる形。こちらの方が構造物の造りはシンプルになる。

海上自衛隊では、「あたご」型ミサイル護衛艦あたりを皮切りとして、このタイプのマストを多用する傾向があるようだ。よく見ると、主塔の下の方で断面積を拡大して、ガッシリ支えられるように工夫している様子が見て取れる。

  • 護衛艦「しらぬい」のマスト。支柱はなく、主塔の下部を太くしてある 撮影:井上孝司

ただし、護衛艦では主塔を後方にいくらか傾斜させているが、それ以外の艦では垂直に近い角度でマストを立てている事例が目につくように思える。それでも、ラティス・マストよりは外見がスッキリするし、レーダー反射方向の局限にも効いていそうではある。

この考え方の延長線上にありそうなのが、「普通に大きな艦橋構造物を設けて、その上に電測兵装を載せるための小さな構造物を設ける」二段構え方式。目下のところ、世界的に見るとこの形態がポピュラーなようだ。上部構造物を大がかりにしないで、かつ所要の高さと設置スペースを確保しようとした結果か。

  • 二段構え方式の一例、伊海軍の「フランチェスコ・モロスィーニ」 撮影:井上孝司

解決策3:ラティス・マストのままで工夫する

軽くて丈夫なラティス・マストにするのだが、マストを構成する部材の断面形状を丸形ではなく角形にしたり、部材の表面にカバーを取り付けて平らにしたり、といった手法。

米海軍のニミッツ級空母では、アイランド(島型艦橋)の後方に、遠距離対空捜索用のAN/SPS-49(V)を載せるための独立したマストを設けている形が一般的。ただし、当初はラティス・マストだったものを後日に平面構成のマストに換装したり、建造時期によっては平面構成のマストで竣工したりした事例がある。

  • 米空母「ジョージ・ワシントン」。アイランド後方に独立して立てているAN/SPS-49レーダー用のマストについて、表面を板でカバーして平滑化している様子が分かる 撮影:井上孝司

そのニミッツ級のうち末期の建造艦は、AN/SPS-49(V)用の後部マストをアイランドと一体化するようになった。「ロナルド・レーガン」はこのタイプ。

  • こちらは「ロナルド・レーガン」。同じニミッツ級だが、アイランドを後方に延長して、AN/SPS-49レーダーのマストを取り込んだ形になっている。その左側にあるメインマストも角形断面で、相応にRCS低減に配慮しているようにも見える 撮影:井上孝司

このクラスがすごいのは、炉心交換・包括修理(RCOH : Refueling and Complex Overhaul)を実施する際に、搭載機器・システムの入れ替えどころか、マストの取り替えまで行ってしまう事例があること。だから、同じ艦でもRCOHの前と後で艦容が変わってしまうことがある。

もっとも、原子炉の炉心交換に要する費用と比べれば、マストを新たに作って取り替える費用なんて(相対的に)タカが知れていそうではある。

解決策4:マストを囲ってしまう

これは、第526回で取り上げた「もがみ」型護衛艦の統合空中線NORA-50や、米海軍のサンアントニオ級ドック型揚陸輸送艦が使用しているAEM/S(Advanced Enclosed Mast/Sensor)のこと。繰り返しになってしまうが、アンテナ一式をエンクロージャで覆ってしまえという考え方になる。

この方法、分かりやすくはあるが、内部に収容できるアンテナのサイズ・形状がエンクロージャで制約されるのが難点かも知れない。また、既存艦に対して後からこの手の改造を実施した事例は、(試験用に搭載した艦は別として)存在しないようだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。