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 かつては、半導体産業やディスプレー産業、民生機器で世界でも存在感を示していた日本の大手総合電機メーカーだが、近年は見る影もない。その一方で、成長を続け、世界有数のメーカーとなったのが韓国Samsung Electronics(サムスン電子)だ。世界的なブランディング専門会社である英Interbrand(インターブランド)の2023年ブランド評価ランキングによれば、同社は世界5位。日本の電機メーカーでトップ100にランクインしていたのは、36位のソニーグループ(以下、ソニーG)と、90位のパナソニックホールディングス(以下、パナソニックHD)だけだった。

 サムスン電子が世界でも存在感を示せるようになった理由は幾つもあるだろうが、その強さを生んだ背景の一つは、未来を見据えた膨大な研究開発費にある。2022年には約2兆7411億円もの金額を研究開発へ投資している(図1)。2024年度には横浜市に半導体の次世代パッケージング技術の研究拠点を開設し、今後5年間で400億円を超える投資規模が予定されている。

図1 サムスン電子は2016年以降、毎年研究開発費を増やしている
図1 サムスン電子は2016年以降、毎年研究開発費を増やしている
同社の財務報告書を基に作成(出所:日経クロステックが作成)
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 売上高の推移とそれに対する研究開発投資の比率を見ると、その積極姿勢がうかがえる。売上高が下がった年でも、研究開発投資を減らすどころか増やしているのである。その傾向は2017年以降に顕著だ(図2)。例えば、2018~2020年は売上高が横ばいあるいは減少だったが、研究開発投資は増えた。

図2 売上高が減少している年でも研究開発へ積極的に投資している
図2 売上高が減少している年でも研究開発へ積極的に投資している
(出所:日経クロステック)
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 その結果、売上高における研究開発投資が9%近くまで上昇している(図3)。

図3 サムスン電子は研究開発への投資割合が平均7.7%
図3 サムスン電子は研究開発への投資割合が平均7.7%
(出所:日経クロステック)
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 一方、日本の大手総合電機メーカーを見てみると、かなり心もとない。有価証券報告書のデータを基に大手総合電機メーカー8社(ソニーG、日立製作所、パナソニックHD、三菱電機、富士通、東芝、NEC、シャープ)を分析してみたところ、サムスン電子の投資姿勢とは大きな違いがあった。

過去10年で研究開発費の推移なし

 過去10年間の研究開発費の金額推移を見ると、多少の増減はあるものの、ほとんどの企業で大幅な金額変動がない。大幅な増減があるのは、東芝とソニーGの2社だ。

 東芝は、2016年度に前年比マイナス18%、2017年度に前年比マイナス40%と大幅に研究開発費を削減している。これは、2015年に発覚した不正会計を受けた結果だろう(図4)。ソニーGは、2021年度に前年比プラス18%、2022年度に前年比プラス19%と大幅に研究開発費を増やしている。

図4 研究開発費は過去10年でほとんど推移が見られない
図4 研究開発費は過去10年でほとんど推移が見られない
横軸は年ではなく、年度表示(出所:日経クロステック)
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ソニーGは売上高の増加に併せ研究開発費急増

 ソニーGが大幅に研究開発費を増額できたのは、経営の好調さが要因だろう。研究開発費を大幅に増やした2021年度以降の売上高を見ると、2021年度は前年比プラス10%。2022年度は前年比プラス16%で、同社過去最高の売上高となる11兆5398億円を記録している(図5)。実は、もう1社大幅な売り上げ増を達成している企業がある。日立製作所だ。同社は、2022年度に10兆8812億円と過去10年間における最高の売上高を記録している。しかし、売上高の増加に対して研究開発費の増額はほぼなかった。

図5 ソニーグループの研究開発費が大幅に増加した年度は売上高も増加している
図5 ソニーグループの研究開発費が大幅に増加した年度は売上高も増加している
(出所:日経クロステック)
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多くの企業が売上高に応じて研究開発費を変更

 売上高と研究開発費の相関を調べるために、過去10年分の売上高と研究開発費の散布図を描いた。すると、売上高と研究開発費の間に強い正の相関が確認できた。すなわち、多くの企業が売上高の増減に応じて、研究開発投資額を決めているのだ。先ほど例外だと述べた日立製作所は、売上高に対する研究開発投資額が少なく、売上高が変わっても、その金額がほぼ固定であることが分かる(図6)。

図6 多くの企業が売上高に応じて、研究開発費を変動させている
図6 多くの企業が売上高に応じて、研究開発費を変動させている
日立製作所を除く全ての企業のデータから近似曲線を描くと、相関係数が約0.97と非常に高い相関関係が確認できた(出所:日経クロステック)
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 興味深いのは、サムスン電子のように売上高が下がっても研究開発費を増やす企業が1社もいなかったことだ。売上高が増加しないと研究開発費を増やさないという、硬直的な運用がなされているのである。

2022年度の売上高における投資割合中央値は3.95%

 各社の売上高における研究開発費の割合とそれらの中央値の推移を算出した(図7)。

図7 富士通、NEC、シャープは研究開発への投資割合が徐々に下がっている
図7 富士通、NEC、シャープは研究開発への投資割合が徐々に下がっている
(出所:日経クロステック)
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 このグラフからまず分かるのは、日立製作所が常に中央値より低いこと。さらに、富士通、NEC、シャープも研究開発投資の割合が低い。これら3社は10年前には中央値と同等あるいはそれ以上の割合を研究開発へ充てていたが、徐々に投資割合を下げ、中央値を下回る水準に至っている。

 2022年に投資割合が中央値を超えているのは、ソニーG、パナソニックHD、三菱電機、東芝の4社だ。それぞれ、2022年度の投資割合が6.38%、5.61%、4.24%、4.65%である。ソフトウエアやサービスに力点を置く日立製作所やNEC、富士通と比べ、ハードウエアでの競争力維持のためには、お金がかかるということだろう。

 ソニーGとパナソニックHDは国内で見ると投資割合がかなり高いが、8%を超え、しかも売上高で30兆円を超えるサムスン電子と比較すると大きく劣る。今後、国内大手総合電機メーカーが再び世界で存在感を見せるためには、ここぞという時に積極的に研究開発投資をできるかどうかが鍵ではないだろうか。