https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2401/19/news087.html
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研究開発の最前線(1/2 ページ)
NTTと日本大学は、通信波長の光に共鳴する希土類元素のEr(エルビウム)を添加した超音波素子を作製することにより、数msの長い寿命を持つ光励起電子とGHzレベルの超音波が混ざった状態(ハイブリッド状態)を生成することに成功したと発表した。
日本電信電話(NTT)と日本大学は2024年1月19日、通信波長の光に共鳴する希土類元素のEr(エルビウム)を添加した超音波素子を作製することにより、数msの長い寿命を持つ光励起電子とGHzレベルの超音波が混ざった状態(ハイブリッド状態)を生成することに成功したと発表した。電子(Electron)と超音波(Phonon)のハイブリッド状態を実現すれば、超音波を用いて電子の数や位相などの状態(コヒーレンス)を操作できるため、光通信を用いて量子情報を送る際に必要な量子光メモリ(光量子中継)への応用が期待できる。今回の研究成果は、素子の動作に必要な電圧が0.3Vと大幅に低く抑えられており、省エネかつオンチップの量子光メモリ素子の開発に道を開くものとなる。
量子光メモリの素材として広く用いられているのが、内殻電子を持つ希土類元素である。中でもErは、通信波長帯の光に共鳴することから光ネットワークとの適合性に優れている。外殻電子によって遮蔽された希土類元素の内殻電子は外界の影響を受けにくく、長い寿命と高い量子コヒーレンスが得られるという特徴がある一方で、外殻電子の遮蔽効果により内殻電子の外部制御が難しいという課題もある。実際に、電場を用いて結晶中のErの光共鳴周波数を1GHz変調するためには100V以上の高電圧が必要になる。
NTTは、この外部制御性の低さを解決すべく、内殻電子の光応答を機械振動で制御することに取り組んできた。そのために必要なのが、今回の研究成果で生成することに成功した電子と超音波のハイブリッド状態である。
実験に用いた超音波素子は、Erを添加したYSO(イットリウムシリケイト)結晶の上にAlN(窒化アルミニウム)の圧電薄膜を形成した上で、その上にくし型電極を配置した構成を取る。くし型電極に電圧をかけると、電極パターンに合わせて圧電薄膜が変形して、くし型電極の周期に応じた周波数の超音波(表面弾性波)を発生させられる。これにより結晶表面付近にひずみが誘起されて、ひずみを受けたErの共鳴周波数が超音波の周波数で変調された結果、Erの光吸収スペクトルには、本来のErの吸収ピークに加え、等間隔に離れた複数の吸収ピークが現れる。これらの吸収ピークの間隔は超音波の周波数に一致しており、Erの電子状態と超音波が混ざったハイブリッド状態による吸収を示している。
この実験結果と超音波の深さ方向のひずみ強度分布を取り入れた解析により、結晶の最表面付近ではハイブリッド状態の程度が十分に大きくなっており、超音波を用いて励起電子の数や位相を操作できる可能性が示されたという。
7~10年後には量子光メモリ動作の実証へ
今回の研究成果で重要な役割を果たした技術は3つある。1つ目は、超音波素子の作製において、NTTの有する高品質なAlN圧電膜形成技術を活用したことだ。これまで内殻電子の光応答を機械振動で制御する際に用いていた機械振動子の周波数はMHzレベルにとどまっていたが、AlN圧電膜上に配置したくし型電極による表面弾性波で2GHzの超音波を利用できるようになった。
2つ目は、同位体純化したErを用いて光吸収スペクトルを狭線化したことだ。一般的なErは複数の同位体が混ざった状態になっておりその光吸収スペクトルの線幅が1G~3GHzに広がってしまう。今回用いた超音波素子では、質量数が170のErのみをYSO結晶に添加することで、光吸収スペクトルの線幅を500MHzに狭線化した。これによって、生成できる超音波の周波数2GHzと比べて光吸収スペクトルが大幅に小さくなり、ハイブリッド状態による吸収がはっきりと観測できるようになった。
3つ目は、光周波数コムを用いたレーザー光の周波数安定化機構を日本大学と共同開発したことだ。レーザー周波数は、室温の変化などによりわずかにゆらぐが、Erの狭い光共鳴を測定するには、測定レーザー用の周波数を安定させる必要がある。そこで、周波数精度の非常に高い光周波数コムレーザーに測定用レーザーを同期させることで、測定用レーザーの周波数ゆらぎを1kHzから1Hzまで低減し、Erの光学特性を高精度に測定できるようにした。
今回の研究成果は、省エネオンチップ量子光メモリ素子を実現する上で、光から電子への変換を超音波で制御するという、量子光メモリの書き込み制御の基礎的な手法を見いだしたことになる。今後は、ハイブリッド状態の均一性の向上、読み出し制御となる超音波を用いた電子から光への変換制御、量子光源(単一光子)の適用といった技術開発を経た上で、これらの技術を組み合わせることで量子光メモリ動作の実証が可能になる。量子光メモリ動作の実証まで7~10年の期間がかかるという。
なお、今回の研究成果は、2024年1月18日付(現地時間)で米国科学誌の「Physical Review Letters」にオンラインで掲載された。
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