「われわれへの攻撃をやめなければ、やり返す」
アメリカのバイデン大統領がこう警告するのは、中東各地でアメリカ軍の施設などに攻撃を繰り返す「抵抗の枢軸」と呼ばれる武装組織のネットワークです。
イスラエル軍とイスラム組織ハマスが衝突するなか、「抵抗の枢軸」の1つイエメンのフーシ派によって日本企業が運航していた貨物船が乗っ取られる事態まで起きています。
活動を活発化させる「抵抗の枢軸」とはいったい何なのでしょうか。
(テヘラン支局 土屋悠志 / ワシントン支局 渡辺公介 / ドバイ支局 スレイマン・アーデル)
イスラエルを囲む “抵抗の枢軸”とは
“抵抗の枢軸”とは、中東各地でイランが支援する武装組織のネットワークを指した言葉です。イラン自身も「抵抗の枢軸」という言葉を使っています。共通するのは、イスラエルやアメリカに「抵抗」するとして、対決する姿勢を示していることです。
実際、どんな組織で、どのようなメンバーで構成されているのか。公式なものはありませんが、3年前、イランがその陣容を内外に意図的に誇示した瞬間がありました。
2020年1月、アメリカとイランの対立が激化するなかで、イランの軍事精鋭部隊である革命防衛隊の司令官が演説したシーンです。
司令官の背後には、ずらりと旗が並べられていました。イランと関係が深いとされる各組織の旗です。
その中には、今、イスラエルと戦っている「ハマス」や、レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」、イエメンの反政府勢力「フーシ派」、「カタイブ・ヒズボラ」などのイラクやシリアの民兵組織などが含まれていました。
“抵抗の枢軸”を支援するイラン
「抵抗の枢軸」に対しては、イランの革命防衛隊の中でも、国外での工作活動などを担う「コッズ部隊」が支援にあたっています。支援内容は兵器や資金・資材の提供、それに軍事顧問による訓練など、多岐にわたるとされます。
各組織がそれぞれの国や地域で生まれた歴史的な経緯はさまざま。また、イランと各組織との関係性や意思決定への関与の程度も幅があるとみられます。
アメリカ国務省は2021年の報告書で「イランは年間1億ドルをハマスなどのパレスチナのテロ組織に提供している」と指摘しています。10月、取材に応じた革命防衛隊の元司令官も、長年のイランの支援がハマスの兵器開発能力を向上させたと誇示しました。
キャナニモガダム氏
「ガザ地区は閉じられているが、イランはサイバー空間などを通じた技術移転や財政支援によって彼らがミサイルや無人機を自分たちで作れるように後押ししてきた。われわれの支援が間違いなく戦争の質に影響を与えている」
最大の脅威 レバノンの「ヒズボラ」とは
「抵抗の枢軸」の中でも、イスラエルが最大の脅威として警戒するのが、隣国レバノンを拠点とするヒズボラです。
すでにハマスに呼応してイスラエル北部への砲撃などを繰り返し、攻撃の応酬が起きています。最高指導者のナスララ師は11月3日の演説で「戦線は複数に拡大した」と明言しました。
ヒズボラは1982年、レバノンに侵攻したイスラエルに抵抗する民兵組織として発足。国内では政党としても活動して国政に強い影響力を持つほか、戦力は政府の正規軍をしのぐと言われています。
2006年にはイスラエル兵を拉致して、大規模な戦闘に発展。レバノン側でおよそ1200人、イスラエル側でおよそ160人が死亡したとされています。
イスラエル国家安全保障研究所によると、ヒズボラの戦闘員は推定5万人から10万人。
テルアビブなどイスラエルの主要都市を攻撃できる射程300キロの短距離弾道ミサイルをはじめ、ミサイルやロケット弾あわせて15万発を保有すると指摘しています。攻撃や偵察用に最大400キロ飛行可能な無人機も保有するとされます。
また、隣国シリアの内戦にも介入し、イギリスのシンクタンク「国際戦略研究所」は、今も7000人から8000人の戦闘員が活動すると指摘。このため、ヒズボラはイスラエルに対し、南のハマスと連携しながら、北からたびたび攻撃を加えるとともに、北東のシリアからもにらみをきかせているのです。
そのヒズボラはイスラエルと全面的な戦闘に入るのか、専門家は次のように指摘します。
ブルッキングス研究所 オハンロン上級研究員
「可能性はまだ5割以下だと思う。なぜなら、ヒズボラはイスラエルが一度に複数の問題を処理する能力があることも理解しているし、アメリカもその手助けをするかもしれないからだ。
さらに、ヒズボラは、社会福祉組織として、また政府の一部として、レバノン国内の権力基盤を維持することに関心がある」
イエメンの「フーシ派」とは イスラエルの戦線拡大か
一方、イスラエルにとって新たな脅威も生まれています。アラビア半島の南端、イエメンの反政府勢力「フーシ派」です。
10月19日、アメリカ国防総省は、紅海北部に展開していたアメリカ海軍のミサイル駆逐艦「カーニー」が巡航ミサイル3発と無人機を撃ち落としたと発表。フーシ派が発射したもので、攻撃目標はイスラエルだったとの見方を示しました。
さらに、11月8日にはイエメンの沖合で、アメリカ軍の無人偵察機「MQ9」をフーシ派が撃墜。翌日9日にはイスラエル南部の都市エイラートに向けてフーシ派が発射した弾道ミサイルを撃墜したと、イスラエル軍が発表しました。
いずれも、フーシ派が自ら行った攻撃だと認めています。その幹部が10月31日、NHKのオンライン取材に応じました。
アメル報道官
「攻撃は始まったばかりだ。今後、これまでとは比べものにならない攻撃を仕掛ける。私たちは4年も5年も前からイスラエルへの攻撃を想定して準備を進めてきた」
国際戦略研究所によると、フーシ派はおよそ2万人の戦闘員を抱え、イランの協力で軍備を増強してきたといいます。
9月、フーシ派が首都サヌアで行った軍事パレードでは、射程が最大1950キロとされ、イラン製の中距離弾道ミサイルと同じタイプとみられるミサイルが公開されました。
イエメンからイスラエルの国境までは、最も近いところでおよそ1600キロ。国際戦略研究所は、このミサイルがイスラエルの一部を射程におさめる可能性を指摘しています。
これまでフーシ派は、イエメンの内戦で敵対する政権側を支援するサウジアラビアやUAE=アラブ首長国連邦などに対し、ミサイルや無人機で石油施設や軍の基地を攻撃することはありました。しかし今、その矛先がイスラエルにも向けられているのです。
また、イエメンはスエズ運河へとつながる紅海の入り口に位置し、この一帯は国際的に重要な航路となっています。フーシ派は、紅海などを航行するイスラエルの船舶も攻撃対象だと警告しています。国際的な物流にも影響を及ぼす可能性も出ています。
アメリカが警戒強める イラクとシリアの民兵組織
イラクやシリアにはイランと関係の深い民兵組織があり、「抵抗の枢軸」として活発な動きを見せています。
「カタイブ・ヒズボラ」などがその1つです。両国には、アメリカ軍も駐留しているため、たびたび攻撃対象となっているのです。
イラクでは2014年、過激派組織IS=イスラミックステートが台頭し、広い地域を支配下に置きました。混乱の中、敗走を繰り返す政府軍に代わりISと対峙したのが、イランの精鋭部隊「革命防衛隊」の支援を受けた民兵組織でした。
民兵組織はISを弱体化させた後、いわば「イランの代理勢力」として影響力を保持。
今、その民兵による攻撃が相次ぐ状況について、専門家は、イランがこの地域のアメリカの影響力の排除を狙ったものだとの見方を示しています。
オハンロン上級研究員
「アメリカ国防総省は一連の攻撃を深刻に受け止めていると思う。イランの支援を受けた勢力がイランの兵器を使ってアメリカ軍の基地を攻撃することは、イラク戦争が激化したころから、長年、行われてきた。
イランはこの10年間、シリアからアメリカ軍を追い出そうとしてきており、その延長とみることができる」
11月5日、イラクを電撃訪問したアメリカのブリンケン国務長官は「イランと連携する武装勢力からの攻撃や脅迫は、決して容認できない」と述べ、牽制。
10月17日以降、シリアとイラクに駐留するアメリカ軍の部隊に対して繰り返される無人機やロケット弾による攻撃。
国防総省は11月9日までに、あわせて46回の攻撃を受け、56人がけがをしたと明らかにしました。
さらにアメリカ軍も報復のため、11月12日までに3回、イランの革命防衛隊などが使用するシリア東部施設を攻撃しましたが、その後も民兵による攻撃は歯止めがかかりません。
ニュースサイト、アクシオスによると、アメリカ軍の兵士はことし10月現在でおよそ4万5000人が中東各国に駐留しています。
こうした駐留米軍への攻撃で大きな被害が出れば、中東全域で緊張が高まる事態になりかねません。
異例の発表 警戒強めるアメリカ軍 相次ぐ空母派遣
11月6日、アメリカ軍が異例の発表を行いました。
通常、その動向を公表することがない原子力潜水艦が、中東地域に到着したと、わざわざ明らかにしたのです。
その狙いは、原子力潜水艦の存在を誇示することで、「抵抗の枢軸」の動きをけん制することにあるとみられています。
これだけではありません。
アメリカ軍は、イスラエルとハマスの衝突のあと、相次いで中東地域やその周辺に空母を派遣。空母「ジェラルド・フォード」をイスラエルに近い地中海東部に、さらに、空母「アイゼンハワー」をイスラエルの南側にある紅海などを管轄する部隊に配置することを指示しました。
さらに、迎撃ミサイルシステム「THAAD」の配備と地対空ミサイルシステム「パトリオット」の中東への追加配備も指示。有力紙、ウォール・ストリート・ジャーナルは、イラクとシリア、クウェート、ヨルダン、サウジアラビア、そしてUAE=アラブ首長国連邦に配備されると報じています。
アメリカ軍としては防空システムによって中東地域での守りを固めつつ、原子力潜水艦や空母を展開させて、「抵抗の枢軸」の動きににらみをきかせた形です。
「抵抗の枢軸」はイランの言いなり?
「抵抗の枢軸」の中心であるイランについてみれば、その軍事力は中東有数です。
国際戦略研究所によると総兵力は61万人。ミサイルと無人機の開発に最近は力を入れていて、こうした武器が各地の武装勢力に渡っていると指摘されています。
ただ、イラン政府はイスラエルを強く非難する一方で、10月7日のハマスによる大規模攻撃には「関わっていない」としています。また、各武装組織についても「それぞれの判断で行動している」と主張しています。
アメリカも10月7日の攻撃がイランの指示や調整の上で行われたという見方は示していません。しかし、武装組織のアメリカ軍への攻撃については「イランが積極的に支援しているものもある」としてイランの関与を指摘しています。
今後、イランが直接、イスラエルとの戦闘に加わることはありえるのでしょうか。
ゼイダバディ氏
「イスラエルに戦いを挑むことはアメリカやNATO=北大西洋条約機構との破滅的な戦いを意味し、イランにはそんな戦争の用意はない。
ガザ地区での民間人の犠牲がイスラエルに停戦を求める国際的な圧力になり、停戦が実現すれば、ハマスにとっては『勝利』を意味する。イランはそれを期待している」
ただ、思わぬ計算違いはいつでも起こる可能性があり、中東各地に紛争が拡大する可能性はくすぶっています。
ガザ地区をめぐる状況とともに、中東地域全体の動きに世界の目が注がれています。
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