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合法化される政府の国民監視
合法化される政府の国民監視
トランプ米大統領の就任と同時に、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』が米国でベストセラーに躍り出た、と複数のメディアが報じている。
直接的には、大統領就任式に集まった人数についてスパイサー報道官が「史上最多」と虚偽発表をしたことが契機になったらしい。オバマ前大統領の就任式写真と比べても明らかに人数は少ないのに、この発表を擁護してコンウェイ大統領顧問が言い放った言葉が「もう一つの事実(オールターナティヴ・ファクト)」だった。
嘘を「もう一つの事実」と呼ぶ、この倒錯した「新語法(ニュースピーク)」が人々に「ビッグ・ブラザー」の支配する小説の世界を思い起こさせたようだ。
真実を書き換える
『1984年』は作家の出身地である英国や、米国では高校の課題図書となっていることが多く、日本よりも若い年齢で広く読まれている。
東西「冷戦」下で書かれ(日本の周辺では「熱戦」であったが)、社会主義国の一党独裁体制を批判した小説として理解されてきたが、近年はむしろ自由主義諸国のなかに潜み、姿を現した監視国家への警鐘として読まれている。
日本でも住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)や街角に監視カメラが登場した2000年代から新たな目で読まれてきた。
住基ネットは国家が住民一人ひとりに番号を一元的にふって、個人情報を入手する初の「国民総背番号制」だった。政府内のデジタル・ネットワークを民間企業にも広げた、拡大・強化版が共通番号制(マイナンバー)である。
『1984年』の主人公ウィンストンは「真理省」の「記録局」に勤め、過去に発行された新聞記事を現在の政府の主張にあわせて修正している。
指導者ビッグ・ブラザーが過去に予測して外れた事実は、現在にあわせて過去の予測を書き換え、党の現在の「敵」がかつて「同盟相手」であったことは記録から抹消して、過去から首尾一貫して「敵」であったように記憶を捏造する。
つまり、指導者を完全なる正義にみせるための「真実管理(リアリティー・コントロール)」が彼の仕事だ。
トランプ政権は『1984年』の世界を彷彿させる Photo by iStock
20年ほど前、新聞記者として監視社会問題を取材するようになってからこの小説を読んだ私は、ウィンストンが精魂を傾ける「過去の変造」に心底ゾッとした。というのは、新聞社での原稿の送稿も過去の紙面管理も、すでに時代は紙からコンピュータへと移行していたからだ。
過去記事の改変はパソコン画面で、紙よりもずっと簡単に、証拠も残さずできてしまう。データベースに手を入れるだけで事実は跡形もなく差し替えられ、現在に都合のいい「真実管理」はいとも簡単に達成されてしまうのだから。
明らかな嘘を「もう一つの事実」と呼ぶ政権——黒を白と呼び、白を黒と受け入れる、この「新語法」は「二重思考(ダブルシンク)」によって支えられている、とオーウェルは書く。
だからウィンストンは嘘を同時に真実として受け入れ、真実を嘘にすり替えることができる。この小説のなかの国、オセアニアのあまりにも有名なスローガンを見て、読者がいま思い描くのは海の向こうの国アメリカだけだろうか。
戦争は平和である
自由は屈従である
無知は力である
自由は屈従である
無知は力である
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