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移民・難民問題を甘く見てはいけない
EUを崩落させるほどの破壊力
ドイツのブレーメン、エッセン、ベルリンなどで暗躍していたレバノン・マフィアのボス、イブラヒム・ミリが、7月、ようやくレバノンに母国送還された。ショバ代の恐喝、麻薬取引、武器の取引、売春のための人身売買などで有名な組織犯罪グループのボスだ。
ドイツにはレバノンの組織犯罪グループが多い。1980年代、ドイツはレバノン内戦を逃れてきた難民を多く受け入れたが、その一部が、マフィアのような血族集団的な暴力団となった。ミリ・ファミリーも、1980年代に出来た犯罪組織の一つで、現在は、約30の同族ファミリー、計2600人のメンバーで成り立っているという。
今のドイツでは「移民」という言葉でひとくくりにされる彼らだが、仕事はプロで、ビジネスライク。下手に告発しても、裁判になれば検察が負ける可能性も高いという。
結局、誰も触りたがらないまま、ドイツ政府はその状態を40年間も放置してきたため、ドイツでは一部の都市の片隅に“no go area”というべき、警察も足を踏み入れたがらない地区ができた。だから、そんな犯罪組織のボス、ミリを母国送還したというのは、ドイツの検察にとっては久々の快挙のはずだった。
ところが、ミリは10月にまた古巣のブレーメンにいることが分かった。入国禁止となっていたはずなのに、難なく戻ってきていたのだ。
政治家は日頃から、EU国境の監視と防衛の強化などと言っているが、実はすっぽ抜けらしい。しかも、ミリは今回は、ドイツへの亡命を申請した。レバノンでシーア派の犯罪組織に命を狙われているからだそうだ。
ドイツの基本法(憲法に相当)十六条には、「政治的に迫害される者はドイツで庇護権を享有する」という一項があるため、常に多くの難民が政治的迫害を理由に難民申請をする。ただ、これだけはうまくいかず、11月23日、ミリは異例の迅速さで、再びレバノンに戻された。2度とも専用ジェット機で。
そのコストだけでもバカにならないが、もちろん国民の税金である。内務大臣は、現在、ドイツ国境で行われている監視をさらに厳しくするようにという命令を出した。そのためには、国境警備の警官を増やさなければならないし、国境での渋滞という有難くないオマケもつく。
しかし、EUとは、国境を廃止し、「ヨーロッパは一つ」を目指していたはずだ。なのに、今やあちこちで国境審査が常態化している。
特に、2015年、無制限に中東難民を入れたドイツから、テロリスト、あるいは、ドイツで仕事にあぶれた能力の劣る不法難民が入り込まないよう、ドイツと国境を接している国は戦々恐々だ。
EU内での国境審査の廃止を定めたシェンゲン協定など、守っている国はすでにない。イギリスがEU離脱を図っているのも、元はと言えば、難民や移民問題を自国主導で解決したいと思う人が多かったからだ。難民問題は、いまやEUを崩落させるほどの破壊力を発揮し始めている。
ドイツ政府は、現在、シリアで 拘束されているドイツ国籍のISテロリストたちの引き取りも迫られている。彼らは、法律上はドイツ人だが、移民として入ったアラブ人、あるいは、その子供たちが多い。
ただ、ドイツに帰化している以上、彼らの引き取りに関しては、もちろんドイツが責任を持たなければならない。最初は、子供と女性だけを引き取っていたドイツだが、まもなく「戦士たち」の帰還も始まる。
ただ、彼らの容疑が固まっていないうちに拘束することはドイツの法律では難しいため、その対応に警察が苦慮している。
日本にとっても対岸の火事ではない
今月、『移民・難民 ドイツ・ヨーロッパの現実 2011-2019』を上梓した。
すでに何年も、EUは膨大な数の中東・アフリカ難民で揺れている。しかし、中東もアフリカも日本からは遠い。だから、たいていの日本人は自分とは関係のないことだと思っている。移民もしかり。仕事が終われば帰っていく人たちという認識ではないか。
ただ、難民に関して言うなら、地中海を越えてイタリアなどに到達する彼らは、自力で船を操縦して来るわけではなく、密航を幇助する国際的な犯罪組織に大金を払ってボロ船で海に送り出され、そのあと速やかにEUのどこかのNGO船に救助されて、無事、イタリアなどに輸送されるというケースがほとんどだ。
この商売が日本海でも展開されれば、自分の国に愛想を尽かした人々がボロ船を調達して沖に漕ぎ出し、それをどこかのNGOが救って、日本に運んでくるようになるまで、さして時間はかからないだろう。
漂流している人たちを日本政府が放ってはおけるわけはなく、まずは助けて、上陸させる。その途端、難民の数は雪だるま式に増えていく。私は、おそらく自衛隊が船を出し、かなり遠海で漂流している難民も助けにいくようになると思っている。
以前の私は、有事は朝鮮半島で起こると思っていたが、今となっては香港も危ない。今後の中国共産党の出方次第で、香港の難民(政治亡命者)が発生する可能性はかなり高いのではないか。多くは、飛行機で日本にやってきて、正規に政治亡命の申請をするだろう。
なお、EUでは、2015年と16年、近隣の経済難民やテロリストがシリア難民に化けて一緒に入ってきたが、それはもちろん日本でも起こりうる。
一度入った外国人は、ドイツの例を挙げるまでもないが、なかなか帰らない。母国送還をするには、母国が特定できなければならないが、難民がパスポートを持っていることは稀だし、たとえ母国が特定できても、その母国が入国を認めなければ送還はできない。
難民問題は今や日本人にとっても対岸の火事でない。しかし、日本が海で守られているという感覚は、今も日本人の心を強く支配しているためか、誰も真剣にそれを考えない。拙著には、それに対する警鐘の意を込めている。
なお移民については、日本でも最近、議論が行われている。結論を言うなら、私は、日本は将来、移民の導入を避けては通れないと思っている。外国人抜きで必要な労働力を確保することは、就労者が減り、老人ばかり増えていく今の日本では、どう考えても無理だ。50年前の経済成長期にできたからといって、今、またできるとは思えない。
移民は、送り出し国と受け入れ国の両方に、メリットとデメリットを与える。50年も前に、最初はイタリア、ポルトガルなどから、そのうちトルコや旧ユーゴスラビアからと、大量の移民を入れ始めたドイツは、経済的には大発展した。
しかし、その一方で、治安の悪化、学力の低下、社会の亀裂など多くの問題にも見舞われた。その多くは、日本人には想像もできないような深刻さだ。現地に暮らす私はそれらを逐一、眼で見て、肌で感じており、少なくともドイツの移民政策は失敗だと思っている。
だからこそ日本は、今のうちに、なるべく双方に利益をもたらす最善の受け入れ方を模索すべきだろう。今やらなければ、手遅れになる。ドイツの失敗の轍を踏まず、ちゃんとした移民政策を作れるとしたら、それは日本しかないとも思っており、拙著では、及ばずながら、そのための提案を記している。
これまでのEUの移民・難民の動向を振り返れば、EU各国の対応の違い、そこから起こったEU内の対立がクロニカルとして浮き彫りになる。日本でもすでに移民の導入を巡って、国民の意見が分裂している。
しかし、EUで起こっている様々な問題の実態を知れば、すべきことは自ずと見えてくる。少なくとも、問題を小さくすることぐらいはできるはずだ。そこに希望を託して本書を著した。移民・難民問題は、日本にとっても決して対岸の火事ではないということを読者に感じてもらえれば幸いだ。
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