2024年1月9日 5:00
ダイヤモンド半導体、25年に実用へ 積年の課題が解決
ダイヤモンドは非常に優れた材料特性を備えながら、半導体素子としては課題が多く、実用化はまだまだ先――。そんな状況を覆すような研究成果が次々と出てきた。各社がパワー半導体でライバルの炭化ケイ素(SiC)を超える特性を備えた半導体素子の試作に成功しており、ウエハー口径はSiC並みをうかがうまで拡大してきた。早ければ2025年にダイヤモンドのパワー素子製品が登場しそうだ。
ダイヤモンドは優れた材料特性を備えることから、「究極の半導体材料」と称される。例えば、パワー半導体として見た場合、バンドギャップが広く、絶縁破壊電界と熱伝導率が非常に高い。パワー半導体材料の指標とされる「バリガ性能指数」はSiCの80倍以上、窒化ガリウム(GaN)の10倍以上と目されている。移動通信の基地局で利用する高周波素子やセンサー素子の材料としてもダイヤモンドは期待されている。
ただし、半導体素子にするとこれまで期待したほどの特性が出ず、材料の高い潜在力を引き出せていなかった。加えて、素子の製造に必要なダイヤモンドウエハーの口径が小さく、実用には不向きだった。こうした課題の解決につながる成果が次々と出てきた。
SiCパワー素子を超える移動度
例えば、スタートアップのPower Diamond Systems(パワーダイヤモンドシステムズ、PDS、東京・新宿)は早稲田大学と共同で、高いキャリア移動度と「ノーマリーオフ動作」を両立させたダイヤモンドMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を試作し、2023年12月開催の「IEDM 2023」で発表した。移動度が高いほど、低損失なパワー素子を実現できる。
ノーマリーオフ動作とは、ゲートに電圧を印加しないと導通せず、ある値(しきい値電圧)まで印加すると導通することを指す。電力変換器では、安全性の観点からノーマリーオフ動作が強く求められる。
ところが、ダイヤモンドMOSFETには高い移動度とノーマリーオフ動作にトレードオフの関係あり、両立が難しかった。PDSと早稲田大学のグループは、このトレードオフを緩和した。
同グループが試作したのは、電流が水平(横)方向に流れる「横型」のMOSFETと、電流が垂直(縦)方向に流れる「縦型」のMOSFETである。いずれもノーマリーオフ動作である。横型では、150cm²/V・s超と高い移動度を達成した。
縦型は、ゲート部に溝(トレンチ)を掘ったトレンチ型のMOSFETである。移動度は80cm²/V・s弱と横型に比べてやや低い。それでもこの移動度は、SiCのMOSFET製品と同程度かそれ以上と見る。今後、ゲート絶縁膜の最適化を図ることで、移動度は100cm²/V・sを超えると見る。耐圧は300Vほどだが、1kVにまで高められるという。
こうした高い特性は主に、二酸化ケイ素(SiO₂)と接するダイヤモンドの表面部分を変えることで実現した。ダイヤモンド表面を水素で覆う「水素終端」から、酸化シリコンで覆う酸化シリコン終端に変更した。具体的には、C-Si-O結合でダイヤモンド表面を覆っている。
PDSは、早稲田大学教授の川原田洋氏の研究グループの成果を基に2022年8月に設立した企業である。同氏はPDSの共同創立者で、最高科学責任者(CSO)だ。2023年12月時点で累計5億円弱の投資を集めた。ダイヤモンドのパワー素子を製品化し、早ければ2025年にサンプル出荷を始めたいとする。
ダイヤモンド素子でパワー回路
ダイヤモンド素子で回路を組んで動作させて、同素子の有用性を示したのは佐賀大学教授の嘉数誠氏の研究グループである。DC-DCコンバーターなどの電力変換器への適用を見据えて、「パワー回路」を構築した。同グループによれば、ダイヤモンド素子をパワー回路で動作させた場合、素子劣化が早く、長時間動作に向かないとの声があったという。今回の成果は、それを覆すものだと位置付ける。
具体的には、パワー回路を190時間連続で動作させてもダイヤモンド素子の特性は劣化しなかったという。オンからオフ、あるいはオフからオンにかかる時間はいずれも10ns(ナノ秒)未満と短かった。
こうした成果につながった一因は、独自の配線技術にある。ダイヤモンド素子の電極とプリント配線基板を金線でワイヤボンディング接続する。従来技術では電極の金属が金線で引っ張られて剥離する課題があった。これを解決した。
嘉数氏のグループは、ダイヤモンドの高周波素子も研究開発中である。高周波素子では宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究を始める。宇宙での通信に向けたマイクロ波電力増幅素子の開発に今後5年間で取り組む。ダイヤモンドはシリコン(Si)やSiC、GaNに比べて放射線に対する耐性が高い。こうした特徴から、宇宙での通信に適するとされる。
6インチウエハーも視野
ダイヤモンド素子の製造に不可欠なダイヤモンドウエハーの研究開発も進む。生産性を高めてコストを削減するには、大口径化が必須である。ここにきて口径拡大に向けた成果が出てきている。
例えば、Orbray(オーブレー、東京・足立)は口径50mm(2インチ)のダイヤモンドウエハーを製品化済みである。ダイヤモンドウエハーとしては大きい口径だが、ダイヤモンド素子のコスト削減には一層の拡大が求められる。そこで、口径100mm(4インチ)品と口径150mm(6インチ)品を開発中である。4インチ品を2024年、6インチ品を2027年ごろにサンプル出荷することを目指している。
Orbrayは、トヨタ自動車とデンソーが共同出資するミライズテクノロジーズ(愛知県日進市)と共に、ダイヤモンドパワー素子の研究開発に取り組んでいる。ミライズは電気自動車(EV)などに向けて、今後10年以内にダイヤモンドパワー素子を実用化することを目標に掲げる。
キーワード
(NIKKEI Tech Foresight/日経クロステック 根津禎)
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