https://www.nikkei.com/prime/tech-foresight/article/DGXZQOUC10A5T0Q4A110C2000000
早稲田大学発の量子スタートアップである米Nanofiber Quantum Technologies(ナノファイバー・クアンタム・テクノロジーズ、NanoQT)は、新方式の量子コンピューターの開発に取り組む。光ファイバー共振器を量子計算に応用する独自の技術で、様々な用途に利用できる大規模量子コンピューターの実現を目指す。米国に本社機能を移し、人材採用や資金調達を加速させる。
NanoQTが開発する量子コンピューターは「ナノファイバー共振器QED(量子電気力学)」と呼ぶ技術を応用したものだ。一部の波長の光だけを閉じ込める光ファイバーの表面近くに原子を並べて、光子と原子を相互作用させることで量子計算に利用できるようにする。早稲田大学理工学術院教授の青木隆朗氏が開発した基礎技術を基に、NanoQTは同方式で世界初となる量子コンピューターの実機や関連サービスの開発に取り組んでいる。
原子を計算に利用
NanoQTが開発するナノファイバー共振器QED方式の量子コンピューターは、そのハードウエアの仕組み上、量子情報を担う「物理量子ビット」を増やすのに有利な特徴を持つ。同方式で物理量子ビットを構成するのはファイバー内の光子と周囲に配置した原子であり、原子を増やせば容易に均一な物理量子ビットを増やせる。光子と原子を高精度に相互作用させれば、単一のユニットだけで「1万物理量子ビットを実現できる」(同社)という。
量子ビットの操作や制御には、レーザーや光ファイバー内の光子を利用する。光の波長よりも短い直径を持つ光ファイバー(ナノファイバー)を、特定の波長の光だけを閉じ込める共振器として用いる。この径を小さくした部分に原子を近づけると光子と相互作用することで、量子情報を記憶したり、通信したりできるようになる。
光ファイバーの近くにある原子同士は量子的に接続された状態なので、計算のために原子の配置を変える必要がなく、制御しやすい。複数のユニットをファイバーでネットワーク化することで、量子コンピューターの規模を容易に拡大できる。市販の光ファイバーを加工して利用するので製造コストも安価だ。
NanoQTは、量子ビットの原子としてイッテルビウム(Yb)を利用する。Yb原子は取り扱いが難しい半面、忠実度(量子もつれの程度)が高く、量子性を保つ「コヒーレンス時間」が長いという長所を持つ。Yb原子の知見を持つ研究者は世界でも限られており、量子分野での活用は進んでいないが、同分野に詳しい京都大学出身の研究者を採用することで研究を優位に進めている。
他方式と比べた優位性
現在、量子コンピューターの開発で先行する米IBMや米Google(グーグル)は「超電導方式」を採用している。超電導回路を物理量子ビットとして使うもので、最も研究が進んでいる。ただし、超電導の実現に大型の冷却装置が必要で、ビット数の増加に合わせてシステム全体が大きくなるという課題がある。ビット間のばらつきも、計算精度が悪化する要因になる。
現在、超電導方式の量子コンピューターで実装できている物理量子ビット数は、数十〜1000程度にとどまる。一方、NanoQTの量子コンピューターはレーザーで捕捉する原子の数を増やせば量子ビットの数を増やせるので、規模を拡大しやすい。システムは室温下で制御できるので、大規模な冷却装置も不要だ。
ただし、NanoQTの方式にも解決すべき課題は多い。例えば、光ファイバー中の光子の損失を減らすことや、光子検出の効率を高めることなどだ。将来、計算エラーを克服した量子コンピューターを実現するには、この損失や検出エラーを0.01%以下と極限まで低減しなければならない。サプライヤーと協力して損失の少ないファイバーを開発したり、エラー訂正の技術を研究開発したりする必要がある。
内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」で、青木氏はナノファイバー共振器QEDを用いた大規模量子コンピューターを開発するプロジェクトを主導している。2030年までに同方式の量子コンピューターを大規模化・分散化し、誤り訂正も実証する計画だ。この技術を発展させていくことで、2050年ごろには誤り耐性型の汎用量子コンピューター(FTQC)を実現していく。青木氏はNanoQTの共同創業者兼最高科学責任者(CSO)も務めている。
米国で経営戦略を加速
NanoQTは2022年4月に設立したばかりのスタートアップだが、2023年8月に米国子会社に本社機能を移し、活動を本格化させた。現地企業との協業や優秀な海外人材の採用がしやすくなる。海外の有力投資家から出資を受けやすくなる利点もある。
NanoQT共同創業者兼最高経営責任者(CEO)の廣瀬雅氏は「グローバルでのビジネス展開を優位に進められる」と語り、研究開発拠点も米国に移す方針を示した。実際にNanoQTは創業以来、資金調達を順調に進めている。2022年8月に早稲田大学ベンチャーズ(WUV)から2億円、2023年9月に米国や日本のベンチャーキャピタルから850万米ドル(約12億3000万円)を調達した。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援事業にも採択され、補助金を受ける予定だ。
NanoQTは、海外の大学や地方政府が実施する様々なスタートアップ支援プログラムにも参加する。例えば、米メリーランド州商務省の支援を受けて、米University of Maryland(メリーランド大学)構内に理論研究拠点を開設する予定だ。米国で6件の単願特許を出願済みで、さらに2件を追加申請中だ。
人材採用も積極的に進める。2023年までに米California Institute of Technology(カリフォルニア工科大学)や、英University of Oxford(オックスフォード大学)、Swiss Federal Institue of Technology in Zurich(スイス連邦工科大学チューリヒ校、ETH)、京都大学などで学位や博士号を取得した科学者及びエンジニアを10人採用した。今後も人材獲得を続け、2024年中に20人体制にする予定という。
キーワード
(NIKKEI Tech Foresight/日経クロステック 佐藤雅哉)
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