https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-03-07-001
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日本電信電話株式会社(以下 NTT、代表取締役社長:島田明、東京都千代田区)は、国立大学法人東京大学(以下 東京大学、総長:藤井輝夫、東京都文京区)、国立研究開発法人理化学研究所(以下 理化学研究所、理事長:五神真、埼玉県和光市)と共同で、5Gに代表される最先端の商用光通信テクノロジを光量子分野に適用させる新技術を開発しました。これにより、光通信用検出器を用いて世界最速の43 GHzリアルタイム量子信号測定に成功しました。
本成果は従来の量子コンピュータ開発手法を、空間的な並列化と微細加工によるチップ化を基軸とした古典コンピュータ開発の系譜から、時間と波長による並列化と高速化が可能な光通信システム開発の系譜へと一新するパラダイムシフトをもたらします。
本技術は、10 GHz超クロック周波数(※1)で動作する高速量子計算の実現に大きく寄与するだけでなく、近年の超高速光通信技術(※2)の一つである波長分割多重化技術(WDM技術)と組み合わせることで装置規模をそのままに、光量子コンピュータプロセッサのマルチコア化を可能とします。将来的には100 GHz帯域の高速性と、100コアの並列性を兼ね備えたスーパー量子コンピュータの実現をめざします。
本成果は、2023年3月6日(米国時間)に米国科学誌「Applied Physics Letters」において掲載されました。なお、本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業の助成を受けて行われました。
図1 本研究で提案する、数十GHzクロック周波数で動作可能な量子プロセッサがマルチコア化されたスーパー量子コンピュータ。5G時代の超高速光通信テクノロジ(5Gテクノロジ)と光量子コンピュータテクノロジを融合することで実現できる。
【ポイント】
◆莫大な投資と技術蓄積がなされてきた超高速光通信テクノロジ(5Gテクノロジ)と、光量子プロセッサを融合させ、光量子コンピュータを高速化する新技術を開発しました。
◆開発した光パラメトリック増幅器を用いることで、超高速光通信用ディテクタが量子測定に適用可能となり、世界最速の43 GHz帯域でリアルタイムな量子測定に成功しました。
◆これを5Gテクノロジの一つである波長分割多重化技術(WDM)と組み合わせることで、マルチコア光量子コンピュータを構成することができ、スーパー量子コンピュータ実現への道を拓きました。
【研究の背景】
量子コンピュータは従来のコンピュータでは実現できない超並列計算ができることから、世界各国で盛んに研究開発が行われています。量子コンピュータ実現に向け様々な方式が提案されていますが、なかでも大規模化と高速化を実現できる時間領域多重化技術(※3)を用いた測定誘起型(※4)の光量子コンピュータが注目されています(参考文献1)。本方式では、超伝導量子ビットに代表される“定在波”量子ビットではなく、光子が高速で飛来する“進行波”量子ビット、いわゆる“フライングキュービット”を用います。この進行波量子ビットを時間軸上に並べることにより、装置の大型化や素子の集積化をすることなく、大規模化することができます。
さらに本方式には光通信テクノロジとの親和性が高く、これまで莫大な投資がなされ発展してきた光通信の高信頼かつ高性能なテクノロジを活用できるという利点があります。特に5Gやビヨンド5G通信のバックボーンネットワークに用いられる高速通信テクノロジを活用することで、高速なクロック周波数での量子計算が期待されます。しかしながら、古典力学の範疇で発展してきた高速光通信デバイスのすべてを、そのまま光量子コンピュータに使うことはできません。例えば光量子状態の測定に光通信用の100 GHz超の高速なディテクタを用いることはできませんでした。なぜなら高速な光通信用ディテクタは光損失が大きく、この損失で光量子状態が崩壊してしまうからです。そのため従来は、光損失が少ない特別に設計された低速なディテクタを用いて測定を行う必要がありました。これは測定誘起型量子操作においてはクロック周波数を制限する要因となります。2021年に我々はTHz帯域の量子光生成に成功しましたが(参考文献2、3)、測定器の制限により、その帯域を十分に生かすことができませんでした。
【研究の成果】
今回、光パラメトリック増幅器(※5)により光量子情報を保持したまま光を増幅し、これまで適用できなかった超高速光通信テクノロジを光量子分野に適用する新手法を開発しました(図1)。本技術により、光通信テクノロジの高速・広帯域性を十分に活用したスーパー量子コンピュータ実現への道を拓きました。今回はその一例として、光パラメトリック増幅後に市販の高速通信用ディテクタを用いて、高速に信号を測定する手法を提案しました(図2)。この技術では、光量子状態を光損失の影響を受けない“古典的な”レベルまで増幅することで、光通信テクノロジを光量子分野に適用可能としています。本実験では、NTTで長年研究開発を進めてきた高い増幅率(約3,000倍)と小さい信号対雑音指数(約20 %)を有する、直接接合型周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路(※6)による光パラメトリック増幅器を用いました(図3)(参考文献4)。図4に光通信用43 GHzディテクタとリアルタイムオシロスコープを用いて、スクイーズド光(※7)の振幅測定をした結果を示します。電圧振幅値のヒストグラムより、量子ノイズ圧縮率は約65%であることが分かりました。この結果は光量子コンピューティングの動作に必要最低限な量子ノイズ圧縮(60%)を超えており、従来技術と比べて1,000倍以上のクロック周波数で動作可能な高速な量子演算が実現できることを意味しています。
図2 (a)従来の光通信用高速ディテクタを用いた低効率・高速な検出系、 (b)従来の光量子用に設計された高効率・低速なディテクタを用いた検出系、 (c)本技術で提案し実証した光パラメトリック増幅と光通信用高速ディテクタを用いる高効率・高速な検出系。
図3 直接接合型周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路を用いた、ファイバ結合型光パラメトリック増幅器。本研究において、“量子”光増幅器として用いた。
図4 (a)43 GHz帯域の光通信用高速ディテクタとリアルタイムオシロスコープを用いた測定結果、(b)電圧値のヒストグラム
【今後の展開】
今回の結果は、超高速光通信技術(5Gテクノロジ)と光量子コンピュータ技術の融合により100 GHz超の帯域での高速な光量子演算が可能になることを示しています。また、莫大な投資と技術蓄積がなされてきた超高速光通信技術と、光量子プロセッサを融合させることが可能になり、光量子コンピュータ開発を大きく加速させます。たとえば将来的には、光通信テクノロジの一つである波長分割多重化技術(WDM)を用いることで、量子プロセッサのマルチコア化が可能です。今後これらの技術により、従来のノイマン型コンピュータを動作速度においても凌駕する、THzオーダーの帯域を最大限に活用した100 GHz帯域100マルチコアのスーパー量子コンピュータを実現します(図5)。
図5 将来展望として掲げる100 GHz検出技術と、波長分割多重化技術による100マルチコア化による、スクイーズド光の10 THz帯域を利用可能なスーパー量子コンピュータの提案構成図
【本研究への支援】
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」 (プログラムディレクター:北川 勝浩 大阪大学 大学院基礎工学研究科 教授) 研究開発プロジェクト「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発」(プロジェクトマネージャー(PM):古澤 明 東京大学 大学院工学系研究科 教授)による支援を受けて行われました。
【PMコメント】
本方式の光量子コンピュータでは、高効率で高速な振幅測定が必要である。従来の方法では、高効率にするため高速性を犠牲にしていた。今回の方法では、光パラメトリックアンプを用いることにより、光信号として増幅しているため、高速性を犠牲にすることなく高効率を達成することができるようになった。これにより、43GHzクロック光量子コンピュータ実現のための基礎技術を確立することができた。さらに、光通信の波長多重と組み合わせれば、100コアも実現可能である。したがって、100GHzクロック/100コアのスーパー量子コンピュータ実現も視野に入ってきた。このように、極めて画期的な成果である。
【用語解説】
※1 クロック周波数
プロセッサの性能を表すための指標値の一つであり、プロセッサが処理をする際に発する信号を、一秒間に何回扱えるかを示す値。クロック周波数が高いと、同じ時間内に多くの処理を行うことができる。現在のノイマン型コンピュータのクロック周波数は、数GHzが主流となっている。
※2 超高速光通信技術
NTTをはじめとする通信キャリアのバックボーンネットワークで用いられる、デジタルコヒーレント技術や大規模波長多重などを用いた光通信技術。5GやBeyond 5G通信におけるバックボーンネットワークに必要不可欠な技術。
※3 時間領域多重化技術
連続的に量子光源から出射される光を時間的に区切り、区切った量子波束(パルス)を光学遅延干渉系により干渉させることで、限られた台数の量子光源から大規模にもつれた状態を生成する手法。
※4 測定誘起型
世界各国で研究されているゲート型量子操作と等価な操作ができる手法。一つ一つの量子ビットをゲート操作によりもつれさせる従来のゲート型量子コンピューティングと異なり、あらかじめ大規模な量子もつれを準備し、一部の量子ビットを観測することにより、残りの量子ビットに操作を施していく手法。
※5 光パラメトリック増幅器
物質中で生じる非線形光学効果を利用して、異なる波長の光同士を相互作用させることで、特定の波長の光を増幅する技術。原理的には量子情報の劣化なしに増幅することができる。非線形媒質として、高非線形ファイバやニオブ酸リチウムが知られている。
※6 直接接合型周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)導波路
非線形媒質であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)において、自発分極と呼ばれる結晶内の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶で構成される光導波路。周期的分極反転ニオブ酸リチウムは、元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的に高い非線形光学効果を得ることができる。
※7 スクイーズド光
非可換な物理量対の量子ゆらぎのうち、片方の量子ゆらぎ(量子ノイズ)が圧縮された状態の光。一般的に非線形光学現象を用いて生成される。
【参考文献】
(参考文献1)
Shuntaro Takeda, and Akira Furusawa, “Toward large-scale fault-tolerant universal photonic quantum computing”, APL Photonics 4, 6, 060902 (2019)
(参考文献2)
世界初、ラックサイズで大規模光量子コンピュータを実現する基幹技術開発に成功
~光ファイバ結合型量子光源を開発~
NTTニュースリリース、2021年12月22日
https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/12/22/211222a.html
(参考文献3)
Takahiro Kashiwazaki, Taichi Yamashima, Naoto Takanashi, Asuka Inoue, Takeshi Umeki, and Akira Furusawa, "Fabrication of low-loss quasi-single-mode PPLN waveguide and its application to a modularized broadband high-level squeezer", Applied Physics Letters 119, 251104 (2021)
(参考文献4)
Takushi Kazama, Takeshi Umeki, Shimpei Shimizu, Takahiro Kashiwazaki, Koji Enbutsu, Ryoichi Kasahara, Yutaka Miyamoto, and Kei Watanabe, “Over-30-dB gain and 1-dB noise figure phase-sensitive amplification using a pump-combiner-integrated fiber I/O PPLN module”, Optics Express 29, 18, 28824 (2021)
【掲載論文】
Asuka Inoue, Takahiro Kashiwazaki, Taichi Yamashima, Naoto Takanashi, Takushi Kazama, Koji Enbutsu, Kei Watanabe, Takeshi Umeki, Mamoru Endo, and Akira Furusawa
“Towards a multi-core ultra-fast optical quantum processor:43-GHz bandwidth real-time amplitude measurement of 5-dB squeezed light using modularized optical parametric amplifier with 5G technology”
Applied Physics Letters
プレスリリース本文:PDFファイル
Applied Physics Letters:https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0137641
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