https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN09COQ0Z00C24A1000000/
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米マイクロソフトは量子力学に関するデータを学習した人工知能(AI)を使い、次世代電池として期待がかかる全固体電池向けの新素材を発見した。高性能コンピューターを組み合わせることで計算精度を補い、従来は2年かかっていた研究を2週間に短縮した。材料科学の進歩を加速させる成果だとしている。
米エネルギー省傘下のパシフィック・ノースウエスト国立研究所(PNNL)との共同研究結果をこのほど発表した。マイクロソフトはAIを使った模擬実験(シミュレーション)などを通じて、3200万種類の無機材料の候補の中から全固体電池の固体電解質に適した18種類の新素材を特定した。
全固体電池は液体電解質を使う従来のリチウムイオン電池に比べ破裂や発火のリスクが低い。電気自動車(EV)向けの次世代電池の本命の一つとみられている。マイクロソフトは今回発見した18種類の候補のうちの1つについて、すでに材料の合成にも成功した。実際に全固体電池の試作品を作り、各種の性能評価試験を予定している。
リチウム使用量を7割減
合成に成功した素材は電荷を運ぶ媒体の一部にナトリウムを使うことで、リチウムの使用量を従来に比べ70%削減した。EVの普及に伴う需要増でリチウムの価格が大きく変動するなか、食塩などにも含まれるナトリウムを使うことで製造コストも抑えられる。
物質が持つ化学的な性質をコンピューター上のシミュレーションで確かめるには、量子力学の基本法則などに基づく計算が必要となる。現在の最先端のスーパーコンピューターを使っても、多数の候補の中から固体電解質に適した素材を選び抜くのは難しかった。
マイクロソフトとPNNLは膨大な計算を行う代わりに、すでに性質が知られている無機材料に関するデータを学習したAIを開発した。まだ性質がよく分かっていない物質について、固体電解質に適するかどうかをAIに推論させることで、従来なら2年かかっていた研究を2週間に短縮した。
もっとも、AIが導く結果が100%正確であるとは限らない。実際、3200万種類の中からAIが固体電解質の候補として選んだ無機材料は50万種類に上り、最適な素材をAIだけで絞り込めたわけではない。
マイクロソフトとPNNLはここからさらにクラウドサービス上の高性能コンピューターを使った厳密なシミュレーションや人手による評価などを重ね、最終的な候補を23種類に絞り込んだ。23種類の中には、すでに固体電解質の候補として知られる5つの素材も含まれていた。
これまでの研究では、全固体電池の中で電荷を運ぶ媒体に異なる物質を同時に使うのは難しいと考えられていた。マイクロソフトなどの研究ではナトリウムイオンとリチウムイオンが固体電解質の中で互いに助け合うような振る舞いをすることも明らかになり、従来の通説を覆した。
「勘と経験頼み」から脱却
デジタル技術を活用した素材開発の手法は「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」と呼ばれる。矢野経済研究所によると有機材料だけで2050年に12兆円規模の市場に成長する見込みだ。電機や製薬などの分野で、長年の経験と勘を頼りに実験を繰り返してきた手法を一変させつつある。
MIの威力を世界の研究者に印象づけたのが、韓国サムスン電子と米マサチューセッツ工科大学(MIT)が12年に発表した研究成果だ。今回のマイクロソフトと同様に、コンピューター上のシミュレーションによって約1年で固体電解質の新たな材料を発見した。それまで全固体電池の開発をリードしていたトヨタ自動車を脅かす存在に急浮上した。
AIの急速な発展によって、MIの手法はより効率的になっている。日本ではスタートアップのプリファード・ネットワークス(PFN、東京・千代田)がAIを使って物質の性質をシミュレーションする技術の開発に力を入れる。21年にはENEOSとの共同出資会社を通じて新素材を探索するクラウドサービスの提供を始めた。
マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は「我々の目標は250年分の化学と材料科学の進歩を25年に圧縮し、科学的発見を加速することだ」と説明する。より高度なシミュレーションの実現に向け、スパコンを上回る性能を持つ量子コンピューターの自社開発にも取り組む。
マイクロソフトは高性能の量子コンピューターを利用できるようになれば、化学分野におけるシミュレーションの精度を現在の100倍に高められるとみる。実用化に向けた課題となっているノイズやエラーの影響を排除する技術の開発がカギを握ることになる。
量子コンピューター、実用化には少なくとも5年
――量子コンピューターの開発状況を教えてください。
「現在、世界にある量子コンピューターはすべてエラーの多い(物理量子ビットを計算に使っており、3つの段階で最も低い)『レベル1』に分類される。実際の科学的な問題の解決に使うことはできない」
「現在の状況を過去の歴史に例えるなら、トランジスタ(の原理)は解明されていても、まだ実際にはコンピューターが造られていなかった時代のようなものだ」
――米グーグルが2029年までに実用化を目指すほか、米IBMや富士通など実機を公開する企業も出てきました。
「量子コンピューターが高度な科学的な問題を扱えるようになるには、少なくとも5年はかかるとみている」
「まず2〜3年で(多数の物理量子ビットを組み合わせることでエラーを訂正する機能を持つ)論理量子ビットの開発が進み、基本的な計算ができる『レベル2』の段階に達すると見込んでいる。29年には(『レベル3』に位置づけられる)よりスケールの大きなマシンの時代を段階的に迎えるのではないか」
――なぜ素材開発に取り組んだのでしょうか。
「化学分野が量子コンピューターの活用先として最良の候補だと考えているためだ。まず人工知能(AI)とクラウド上の高性能コンピューターを使ったシミュレーションを先行させた。量子コンピューターが実現すれば、より速く正確な開発の仕組みが整う」
「シミュレーションを使った新素材の開発手法はヘルスケアや消費財、再生可能エネルギーなど応用できる分野も広い」
(聞き手はシリコンバレー=渡辺直樹)
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