https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4461
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○発表のポイント:
◆電池材料や超電導体に使用されている層間化合物の探索では安定なイオンと層状物質の組み合わせを発見することが重要ですが、これまでは簡易に安定性を予測する手法がなく、探索に時間や労力がかかることが課題となっていました。
◆数千種類の層間化合物に対して科学計算を行って構築したデータベースについて検証することで、層間化合物の安定性を簡易に予測可能な数式を発見しました。
◆この新しい数式を活用することで、競争が激化している電池材料や超電導体開発の劇的なスピードアップに繋がります。
本研究のイメージ図。元素と層状物質が反応して生成される層間化合物の反応エネルギーを、イオンの2つの物性値のみから予測が可能な新たな線形回帰式の開発に成功。
○概要:
東京大学 生産技術研究所 溝口 照康 教授、柴田 基洋 助教、同大学 大学院工学系研究科 川口 直登 大学院生の研究グループは、層間化合物(注1)の安定性を予測可能な単純な線形回帰式を開発しました。
層間化合物は、イオンを脱・挿入できるという特徴から電池材料として活用されているほか、超伝導などの特異な物性を示すことから、盛んに研究が行われています。しかし、どのようなイオンと層状物質の組み合わせが安定となるかは自明ではなく、膨大な組み合わせの中から安定な層状物質を開発することは容易ではありませんでした。
そこで、本研究グループは、独自の観点から層間化合物の構造を数千種類生成し、それらに対し密度汎関数理論に基づく第一原理計算(注2)を行うことで、データベースを構築しました。このデータベースを活用して検討を行った結果、錯体化学(注3)の知見を層間化合物に適用することで、簡単な回帰式(注4)で層間化合物の安定性を予測できることを見出しました。
本研究で開発した回帰式はデータベースにない未知の層間化合物にも汎用的に適用させることができ、新たな層間化合物の強力な設計指針になります。また、錯体化学と無機化学の融合という新たな学術的視点をもたらす画期的な発見です。この新しい法則を利用することで、競争が激化している電池材料や超電導体開発の劇的なスピードアップに繋がります。
○発表内容:
〈研究の背景〉
層間化合物は様々な物性を示すことから研究が盛んに行われています。特にイオンを脱挿入できるという性質から、図1に示すように、Liイオン二次電池において負極・正極共に層間化合物が活用されるケースが多く、高性能な電池の実現には高いエネルギー密度(注5)を有する層間化合物の開発が重要となります。しかし、様々なイオンと様々な層状物質が存在する中、膨大な数の組み合わせに対して、すべて合成を試みることは困難です。また、合成可能性≒安定性に関する法則は見つかっておらず、効率的に探索が行える物質設計指針が存在しない状況でした。
図1:(上)Liイオン二次電池における層間化合物の活用例。(下)イオンと層状物質の組み合わせによる層間化合物。
〈研究の内容〉
本研究では、層間化合物の安定性を決定する因子を特定するため、48種のイオンと188種の母物質となる層間化合物構造を組み合わせて作られる数千種類の層間化合物について第一原理計算を行ってデータベースを構築しました。安定性の指標として、イオンとなる元素と層状物質の反応エネルギーをインターカレーション(注6)エネルギーEintを定義して計算しました。そして、層間化合物におけるイオンと層状物質の関係が、金属錯体におけるイオンと配位子(注7)の関係に似ていることに着目し、錯体化学において安定な錯体形成の基本原則であるHSAB則(注8)の考え方が層間化合物にも適用できるのではないか、と着想し検討を行いました。その結果、イオンの2つの物性値のみを用いた線形多項式をもちいることで、Eintが表されることを発見しました。
図2に結果を示します。すでに知られているイオンに関る2つの物性値(標準生成ギブスエネルギーとイオン半径)のみから、7000種類以上の層間化合物に対し、精度良く安定性の指標であるEintが予測できることが分かります。さらに、回帰によって層間化合物ごとに得られる回帰係数についても、機械学習を用いて層状物質の情報から予測することに成功しており、層間化合物の設計に重要な安定性に関与する因子を抽出することに成功しました。
図2:(上)HSAB則を基に開発した回帰式と(下)回帰式によりエネルギーを予測した結果。
〈今後の展望〉
本研究で開発した回帰式は層間化合物の安定性を高速に予測するのみならず、無機化学と錯体化学の両分野のエネルギー論について新たな視点をもたらすものであると言えます。本研究の回帰式の活用により、電池材料や超電導体の新規層間化合物の開発が加速されることに加え、解明されていないことの多い無機化合物のエネルギー論の発展にも大きく貢献することが期待されます。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
溝口 照康 教授
柴田 基洋 助教
大学院工学系研究科
川口 直登 博士課程
○論文情報:
〈雑誌名〉ACS Physical Chemistry Au
〈題名〉Unraveling the Stability of Layered Intercalation Compounds through First Principles Calculations: Establishing a Linear Free Energy Relationship with Aqueous Ions
〈著者名〉Naoto Kawaguchi*, Kiyou Shibata, Teruyasu Mizoguchi*
〈DOI〉10.1021/acsphyschemau.3c00063
○研究助成:
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:19H00818)」、「新学術領域研究(研究領域提案型) (課題番号:19H05787)」の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)層状物質および層間化合物
平面的な物質が層状に重なった物質を層状物質と称し、その層状物質の層と層の間に原子や分子などが挿入された化合物を層間化合物と称する。
(注2)密度汎関数理論に基づく第一原理計算
電子に由来するエネルギーなどの物性を、その物質を構成する原子の電子密度から計算する手法。
(注3)錯体化学
金属イオンとそれに配位する分子やイオンからなる錯体化合物の性質や反応を取り扱う化学の分野。
(注4)回帰式
2つ以上の変数間の関係を表す数式を示す。本研究に関しては、「層間化合物の安定性」という変数を、別の2つの変数(物性値)のみで表す回帰を提案した。
(注5)エネルギー密度
材料から単位体積あたり、または単位重量あたりで取り出すことができるエネルギー。
(注6)インターカレーション
物質中にイオンや分子などが挿入される現象。
(注7)配位子
錯体化合物において、金属イオンに配位しているイオンや分子の総称。
(注8)HSAB則
酸・塩基反応において、電荷密度により酸と塩基をそれぞれ「硬い」「柔らかい」と分類したとき、硬い酸と硬い塩基はイオン結合を作り、柔らかい酸と柔らかい塩基は共有結合を作り、それぞれ安定な塩や錯体化合物を作る、という法則。HSABはHard and Soft Acids and Basesの頭文字をとったもの。
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 溝口 照康(みぞぐち てるやす)
E-mail:teru(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
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