「世界最先端 IT 国家」の現実がこれなのか?
1つのデータだけですべてを語るのは無理がある。まだ学ぶことも多い15歳のコンピューターやインターネットの利用状況を見て、その生徒のその後の人生やその国の将来が分かるというつもりもない。しかし、12月はじめに公開されたOECDの「生徒の学習到達度調査」(PISA=Programme for International Student Assessment)の結果は、いささかショッキングな内容だった。数学・読解力・科学の成績がよいのは結構だが、600設問以上におよぶアンケート調査結果には、真摯に受け止めるべきデータが多く含まれている。
前回は、日本の生徒たちのデジタル環境が、残念なことに世界最低レベルといわざるをえないことを紹介した。今回は、そうした環境の中で子供たちが何をしているかを見る。
15歳というピンポイントとはいえ、学習関連以外の設問項目もたくさんあって、メディア接触・コンテンツ消費を追っている私には、“宝の山”に見える(全体では600以上のアンケート項目からなる)。同じように、メーカーやアプリでビジネスをする人なら見逃せないデータのはずだ。ところが、前回も触れたようにこれに詳しく触れているのは、国際大学GLOCOMの豊福晋平准教授・主幹研究員氏が運営するi-Learn.jpなどごく限られている。これは、大変に危ういし勿体ない話だと思う。
しかし、なんとも愕然としたのは日本の子供たちの置かれた学びにおけるデジタルの環境だ。加えて、今回、ショックを受けたのは、PISAが“これでもか?”と聞いている“アキバ的”(!)とでもいうべき設問に対する答えである。今回は、以下のような集計結果について紹介する。
なお、PISAは、OECD加盟国以外を含む72カ国(または地域)の約54億人の15歳生徒に対して行われた調査だが、設問項目によっては47カ国となっている。詳しくは、PISAの公式サイトをご覧いただきたい。
世界の「非常識」に付き合わされている子供たち
PISAは学習到達度の調査ということで、まずは「IC010Q09NA 学校以外でどのくらい宿題のためにコンピューターを使っていますか?」についてみてみよう(IC010Q09NAはPISAの設問IDで原典にあたりたい方の参考に付けている)。ここではあえて、「使っていない」(Never or Hardly ever)と答えた生徒の割合の多い順に並べてみた。日本は、2位、3位以下に大きく差をつけて、宿題にコンピューターを使っていない世界のダントツの第1位である。
実に、宿題のためにコンピューターを80%が使っていない。しかし、問題は、この積み上げグラフのカーブだろう。4位くらい以下、ほとんどの国の生徒が「使っている」のに対して、きわめて特殊といわざるをえない。そもそも、家でコンピューターを使っている生徒の割合が、4割以下と、最下位から2番目ではあったのだが、ここまで際立った差ではなかった(前回記事参照)。
少し似た設問なのだが「IC010Q01TA 学校以外でどのくらい宿題のためにネットを使っていますか?」では、こちらではさすがに「使っていない」は40.49%まで少なくなる。スマートフォンやタブレットからもネットが使えるからだろう。しかし、宿題のためにネットを「毎日使っている」と答えた生徒は、日本では1.2%と非常に少ない。
次に、「IC011Q08TA 学校でどのくらい宿題を学校のコンピューターを使ってやっていますか?」だ。これも、そもそも学校でコンピューターが使える状態にある生徒が少ないのでとても不利な設問といわざるをえない(前回原稿参照)。ご覧のとおり、これも最も使われていないのだが、グラフは「毎日使っている」の割合順で並べている(これ以下のグラフもこれに準ずる)。
学校でのコンピューター利用の質も見てみたいとういことで、「IC011Q09TA 学校でどのくらいグループワーク等を学校のコンピューターでやっていますか?」だが、次のような結果となった。つまり、最下位である。
学校や宿題関連では、日本はかなり厳しい数字となったといわざるをえない。もっとも、これに関しては日本の学校の設備や教師の質が相対的に高いからだという見方もできる。デジタルは弱者の味方としても機能するものなので、設備や教師の不足分をコンピューターで補うために使われるということだ。ただし、デジタルは弱者の味方であると同時に、先端的な道具としても機能する2面性がある点は忘れてはならない。学びのデジタル環境については、この2つのファクターが国ごとに色分けされて混じり合っている。そして、それは学校と一般家庭との間で鏡のように影響し合っているわけなのだ。
日本の生徒は“チャット”と“ゲーム”の比率が高い
メディア接触やコンテンツ消費についても、ごく一部だが見てみよう。まずは、「IC008Q04TA 学校以外でチャットをしますか?」だ。これは、みごと第2位に食い込んだ。トップはオーストリア、3位以下は英国、アイルランド、フィンランドと続く。ネットを使っていないわけではないということだ。
次に、「IC008Q11TA 学校以外で音楽やゲームなどをダウンロードしていますか?」だ。こちらはまったく逆に最下位となった。意外な気もするが「使っていない」の割合もトップだ。いまの日本の若者たちは昔ほど音楽を多様には楽しんでいないといわれるのを表しているとも思える。コンテンツの消費文化の違いも考慮して見るべき部分ではある。
次に、「IC008Q08TA 学校以外でネット動画を見ますか?」だ。Youtubeやニコニコ動画などだが、これは順位的には最下位から5番目という結果となった。ただし、半数以上がほぼ毎日、8割以上が毎週1、2回は見ているというわけなので、多くの国や地域と大きな乖離があるわけではない。
個人的にとても気になっていた「IC008Q12TA 学校以外で自分で作ったコンテンツをネットで共有していますか?」だが、47カ国中最下位という結果となった。日本にはコミケがあり、ピクシブがあり、ニコニコ動画がある。深夜放送にはじまるはがき職人の時代からUGCコンテンツの天国のはずだと思っていたからだ。しかし、これを見るとどの国も半数程度かそれ以下ではあるが、ネットで自分の作ったコンテンツを発信することが定着している。
ゲームについても見ておこう。まず、「IC008Q01TA 学校以外で1人プレイのゲームをやりますか?」は、「毎日やっている」人の割合の高い順で日本がダントツでトップとなった。もちろん、日本では据え置き型やポータブル型のゲーム機の比重が高く、国によってはゲームといえばコンピューターゲームというところもある。つまり、このデータだけではプラットフォームまでは読みとれないわけだが、スマートフォンアプリが伸ばしてきているのも間違いないだろう。ちなみに、世界のアプリダウンロード統計を提供するAppannie社によると、日本は他ジャンルとの比較においてゲームの比重が非常に高いそうだ。
「IC008Q02TA 学校以外でオンラインゲームをやりますか?」は、日本は最下位から9番目。「毎日やっている」の割合の高いのは、スウェーデン、チェコ、ブルガリア、エストニア、フランス、ロシアの順だ。あれだけ、オンラインゲームが盛んな韓国が最下位から2番目。これは、サインアップ時に、住民登録番号が必要などの制限が厳しいからだろう。
「IC008Q07NA 学校以外でSNSゲームをしますか?」では、日本はめずらしく中盤くらいの順位となった。
日本の中学3年生はガジェットが嫌い?
最後に、今回、私がいちばんショックを受けた“世界の15歳のアキバ度”ともいえる設問群の結果だ。まず、「IC013Q01NA デジタル機器を使っていると時間のたつのを忘れてしまう」の結果は、次のとおりだ(グラフの積み上げの右側が「当てはまる」「まったく当てはまる」なので注意)。日本は、ことさらデジタルにはまっている生徒が多いわけではなく、中盤という結果となった。
「IC013Q12NA ネットが使えないと気分が落ち込む」でも、日本は平均的な順位である。
「IC013Q11NA 新しいデジタル機器やアプリを発見するととても興奮する」については、「まったく当てはまる」が1割以下と最も少ない結果となった。「まったく当てはまらない」が3割近くもいて、日本の15歳は、新しいデジタル機器やアプリを見つけても「いちばん興奮していない」。
最後は、「IC015Q07NA デジタル機器で問題が生じたとき自分で直しはじめる」である。これに「まったく当てはまる」と答えた生徒の割り合いは、日本は最下位から3番目だった。逆に、「まったく当てはまらない」の割合の高い順では、日本はトップとなる。自分で直すでトップのオーストリアは4割以上、26位の香港まで2割以上の生徒が、デジタル機器で問題が生じたときに「自分で直しはじめる」のが当然と答えている。ところが、日本は、逆に20%が「まったくあてはまらない」(自分で直そうとは考えもしない)と答えている!
デジタル機器に関しては日本は恵まれた環境にあるから、単純に比較できないとはいえ、客観的にはこのような結果となった。これが、そのまま問題解決能力という話になるわけではないのではあるが。
ネットの世界はもはや“現実”なのではないか?
「日本と世界を比較するのにどれだけ意味があるのだ?」という意見もあるかもしれない。前回の記事に対しては、「なんとなくそう(デジタル活用が世界最低レベル)とは思っていた」という意味の反応もあった。個人的に予想できなかったのは、文中でも触れた「自作コンテンツのシェア」や「デジタル機器との親密度」だ。デジタル機器が家にあるのと、それを活用できているかは別問題ではある。しかし、日本では家でコンピューターを使う15歳はあまりに少ない(最下位から2番目の36.16%)。それが、思いのほか足を引っ張っているというのはありそうではある。
いまのところクリエイティブな作業には、コンピューターのほうが向いているし、コンピューターのほうがデジタル機器のより本質的なところに近づくからだ(もちろん、これは年齢や対象となる領域にもよるが)。
今回の結果で、生徒のデジタル環境が最も整備されているように感じられた国の1つは、英国である。BBCのネット・デジタル情報番組で、第二次世界大戦時の暗号解読拠点であるブレッチリー・パークで開催された、12歳~18歳を対象とした暗号解読のコンテストが紹介されたことがあった。これは、特殊な子供たちだけに関係のある話ではなくて、英国のGCSE(5~16歳の義務教育の終了試験)では、“コンピューティング”とともに“サイバーセキュリティ”も重要な分野となっている。ネットは、家を一歩出たら必然的に接しなければならない社会常識や交通事情などと同じ“現実”だということだ。
そうしたことを、どのように学校の教育の中に落とし込んでいくかという難しいテーマに世界中で取り組みはじめているということなのだろう。それが、PISAの設問にネットやデジタルに関係する設問が60以上もあった理由といえる。それは、企業活動やコミュニケーションの領域で、この20年ほどの間に起きたものと同質の変化である。たとえば、学びにおけるグーグルやアマゾンやフェイスブックやウーバーはまだ登場していないが、アップルはずっと興味を持っている。
ところで、PISA 2015で、とても意外に感じたのは「プログラミング教育」に関する設問が、ほとんど設定されていなかったことだ(ごく一部関係しそうなものはあったが)。それは、まだ15歳が、コンピューターやタブレットでネットを活用するようには“世界の常識”になっていないということなのだろう。学校と一般家庭が影響しあっていると書いたとおり、日本の社会が活性化する材料の1つが“世界最先端のIT”なのだとするならば、最初のきっかけはプログラミング教育かもしれない。まだ、世界で当たり前でないなら、逆にいえばチャンスではないかと私は思う。
p.s.
今回のデータは、Anacondaというパッケージをインストールして、“openpyxl”というPythonからExcelを操作するライブラリを使ってグラフを大量に自動作成したものの一部だ。なぜ、それを使いどのようなコードを書いたのかは、ここで改めてお伝えするつもりだ。
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