2016年12月16日金曜日

眠れる夜を返して 広がる低周波音被害(下) 消費者事故調


隣家のエコウィルが左手の窓の外にあり、「洗面所に来ると頭が痛くなる」と男性は話す=愛知県で

 「以前は、低周波音の被害を訴えても相手にされなかったが、風向きが変わりつつある」

 六年前から家庭用電気給湯機「エコキュート」の運転音が原因の訴訟や調停に関わってきた群馬県高崎市の井坂和広弁護士は、こう感じている。

 きっかけは国の消費者安全調査委員会(消費者事故調)が二〇一四年十二月に発表した調査結果。エコキュートの運転音による被害を訴えていた群馬県の夫妻の自宅の調査で、「低周波音が健康症状の発生に関与している可能性がある」としたのだ。

 低周波音の測定に関して、環境省は自治体向けに測定マニュアルを定めている。測定で一定以上の数値が出た場合、「苦情の原因である可能性が高い」としており、これを「参照値」として示している。

 群馬県の夫妻の自宅では、測定結果が参照値を下回っていた。にもかかわらず「国の第三者機関が健康被害の可能性に言及したのは意義がある」。井坂弁護士は強調する。

 井坂弁護士によると、消費者事故調の調査結果発表後は、隣家と交渉した結果、エコキュートを移設した例が増え、稼働前に電気温水器に変更した例もあるという。また、ウェブサイトや広報誌で、低周波音が発生する機器の設置場所に注意するよう呼び掛ける自治体も出てきた。

 参照値はこれまで、被害を訴える際の壁となってきた。メーカーや設置者に苦情を訴えても「参照値に達していない」と切り捨てられる場合が多かったのだ。

 愛知県の男性(71)は四年ほど前、隣家の敷地内に家庭用のガス発電・給湯機「エコウィル」などの設備が設置されたのをきっかけに不眠や頭痛に悩み始めた。少し前から妻(68)にも同じ症状が出ていた。

 夫妻は、機器から発生する低周波音が原因ではないかと考え、一四年夏に市役所に相談した。市職員が専用の機械を持って低周波音の測定に来たのは一五年一月。だが、測定値を見た市職員の回答は「参照値以下だから問題なし」「民事不介入で対応できない」だった。

 参照値について、環境省は「低周波音を不快と感じるかどうかは個人差があり、一律に基準を求めるべきではない。あくまで目安」と説明。ただ、「下回っていても影響が全くないわけではない」と含みを持たせる。

 消費者事故調は現在、エコウィルやガスを使った家庭用燃料電池「エネファーム」についても、苦情が寄せられているとして運転音と健康被害の関連を調べている。愛知県の男性は「消費者事故調の調査結果を、行政やメーカーはきちんと受け止めてほしい」と訴える。 (寺西雅広)

◆「メーカーには製造責任ある」

 <消費者事故調のエコキュート低周波音問題担当専門委員だった清水亮・東京大准教授(社会学)の話> 高速道路の振動音や風車の音など低周波音の被害は以前からあるが、いずれも付近の住民が影響を受けて顕在化しやすかった。エコキュートで影響を受けるのは隣家だけ。原因が特定しにくく、埋もれている事例は多いと思う。被害者の多くは周囲の理解を得られず、精神的な二次被害を受けやすい。メーカーには製品の製造責任があり、個々の苦情に対して寄り添った対応をするべきだ。行政も民民の問題として放置せず、メーカーの窓口を紹介するなど問題解決への姿勢が求められる。

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