宇部興産は、航空機エンジンへの採用に向け、量産と同じプロセスで高耐熱繊維「チラノ繊維」を生産する設備を整えた。高温領域のタービンで、ニッケル合金を代替して軽量化できる唯一の素材だ。この数年、世の中のニーズと同繊維を使いこなす技術がそろってきた。世界で2社しか作れない特殊な繊維の正体をひもとく。
化学カンパニー機能品事業部機能品営業部の中安哲夫部長は、「タービンを軽量化できるネタは、チラノ繊維のほかにはない」と話す。同繊維は炭化ケイ素(SiC)でできた繊維で、耐熱温度は1800度C以上、重さは金属の3分の1。
エンジン部材となる同繊維を骨組みにしたセラミック複合材料(CMC)は、耐熱温度は1400度C程度で、ニッケル合金より約300度C高い。軽量化や高温エンジンへの対応により、燃費を改善できる航空機エンジンの“ゲームチェンジャー”と目される。
現在、同社のチラノ繊維は顧客による認定作業が進む。また、この次のステップである、部材メーカーが生産するチラノ繊維CMCの認定を見据え、繊維生産設備を整えた。量産時は増設する。同社にとって航空機への採用は、1980年代に初めてチラノ繊維を世に出した時からの夢。生産のあまりの難しさに、工業化に成功したのは宇部興産と日本カーボンの2社だけだった。
繊維を作る流れはこうだ。まず炭素とケイ素、水素で構成するポリマー「ポリカルボシラン」を引っ張って、糸にする。同部チラノ繊維グループの松永格主席部員は「糸の段階がもろい」と話す。松永主席部員が新入社員の時に自分の手で作ってみると数メートルで切れてしまったという。中安部長は「“繊維屋”だったら糸と思える素材ではない。当時の研究者が何としてもモノにしたかったからできた」と話す。この糸を熱処理して無機化すると、チラノ繊維となる。
またチラノ繊維CMC部材の取り扱いも特殊だ。同じ繊維複合材の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に力をかけると繊維が先に切れるが、チラノ繊維CMCは繊維が後に残る。「陶器とプラスチックとの違いと同じくらい違う。部材の設計思想も変わる」(中安部長)という。
足元では米ボーイング「737MAX」の事故で、航空機業界全体に開発を遅らせるなどの影響も懸念される。中安部長は「顧客によるCMCの生産などに協力し、前進したい」と話す。30年以上をへて、羽ばたく時が少しずつ近づいている。
(取材・梶原洵子)【関連記事】 あのスターバックスが認めた石川県の実力繊維メーカー
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